リドルはさらさらと羽ペンを動かしていた手を止めた。
「言い忘れていたけど、あの部屋を見つけたんだ」
猫はむくりと起き上がって、リドルの傍に行く。
「へぇ、で、どうするつもりだい?」
その問いに、リドルは羽ペンを置いて、猫を見た。
「全てが片付くまで、彼女は、幸村のところに預ける。」
其の言葉に猫は真っ赤な目を細めて、自分の本体を見つめた。
考え方も、性格も全く同じである相手なのに、まさか、そんなことを言い出すとは思いもしなかったのだ。
「へぇ・・・てっきり、卒業後日本に帰らせるものと思ってたよ。その為に僕を作ったんだろう?」
「彼女は僕の弱みだ。どこからか情報が漏れて、万一にでも巻き込むことになるかもしれない。その点、幸村の居る所なら誰も手を出せない。」
確かにそれは一理あるが、良いのだろうか。
「・・・迷うから手放す?」
静かに自分の思いを言い当てられて、リドルはじっと、自分と同じ赤い瞳を見つめ返した。
Magic! #18
は談話室で大量の宿題を、ひぃひぃ言いながら必死にこなしていた。
隣にはお目付け役よろしくリドルが座っている。
「そこ、間違ってる。」
「あ、ほんとだ。」
レポートを鬼気迫る勢いで書いていると、スペルミスを指摘されて、は手を止めた。
そして、じ、とリドルを見る。これは、ミスしている部分を消してくれ、と言っているのだろう。
「・・・君だってその魔法は使えるだろう。」
「だって、この前やったら全部消しちゃったんだもん。」
ため息をついて、リドルは杖をミスしている部分に押し付けた。
すると、其の部分だけ、綺麗にインクが無くなる。
「ありがと!」
そしてまたレポートに取り掛かるを見下ろして、リドルはため息をついた。
らしくもなく、感傷的になっている、と。
猫の姿をしているリドルが幸村に事情を説明する為、自分はこうしてを宿題という名の口実で連れ出したのは良いが、もう直ぐ彼女を送り出すのかと思うと、感慨深くなってしまう。
「本当に、君は手のかかる妹だよ。」
「えー、リドルがお兄ちゃんって、怖っ!」
こっちはセンチメンタルな気持ちで呟いたというのに。むかついたので、其の頬を思い切り引き伸ばしてやった。
神妙な顔をして、幸村は目の前のテーブルの上にちょこんと座って自分を見上げてくる猫の話を聞いていた。
少し前に、宿題をやるから行くぞ、とリドルに引きずられて出て行くを見送った後、さて、何をしようかと振り返った所に猫のリドルが居て、話を始めたのは少し前のこと。
「この世界は君が思ってる以上に危険なんだよ。特に僕の本体はこれからちょっと面倒なことに巻き込まれる。」
というか、引き起こすんだけどね。とは心の中で付け足す。
「僕の本体とがどういう関係かは分かるだろう?自分で言うのも何だけど、まぁ、唯一の肉親と言って差し支えない程、彼女に心を砕いている訳だ。すると、当然彼女も巻き込まれることになる。だから、を君と一緒に、あの世界へ連れて行って欲しい。」
リドル本体は、幸村に任せると言っていた。自身としては半兵衛に頼りたいところだが、自分自身だからこそ分かる。
リドルという人間は、自分で見聞きしたものしか信じない。
運悪くくっついてきてしまった幸村をここ数週間観察した結果、信用に足ると判断したのは自分の本体。
ならば、自分は本体に従うより無い。
「だが、りどる殿と殿は、猫殿が話した通り、ご兄妹のように仲睦まじいとお見受けした。ほんに、其れはりどる殿の本意でござろうか。」
「・・・この話を持ち出したのは”りどる殿”だ。」
ふ、と息を吐き出して、リドルは視線を下げた。
「兎に角、すぐに君達を戦国時代に送り出す。ダンブルドアには内密に、だ。彼には”僕”が上手く言うだろうさ。」
「だんぶるどあ殿には内密で、でござるか・・・。」
幸村はそれには納得できないように表情を曇らせた。
「しかし、世話になった上黙って出て行くのは・・・」
「君を出立の時まで閉じ込めておくのは僕にとっては造作ないことだ。君がダンブルドアに一言言うのをどうしても、と言うなら、僕は君に金縛りの魔法をかけるしかないね。」
む、と幸村は口を噤んだ。
「・・・ダンブルドアにばれる訳にはいかないんだよ。」
珍しく嘆願するような響きを持つ言葉に、頷くより他無かった。
「そうと決まれば、さっさと準備をするから、手伝って。」
リドルはとん、とテーブルから降りると、幸村についてくるように促した。
どこに行くのだろうか、とその背中をついて行くと、彼が足の踏み入れたことの無い図書室へと辿りついた。
生徒は居ないものの、司書は1人、カウンターに腰掛けている。
幸村については教師間で一応話は通っているため、彼女は見慣れない服装の幸村に少し驚きはしたものの、すぐに手元の書類に目を落とした。
「僕がいくつか本を取るから、それをあの司書・・・女の所に持って行ってくれ。」
「分かり申した。」
小さく言葉を交わして、圧倒されるほどの本が収められている書庫をリドルについて歩き回る。
「しかし、凄い量でござるな。」
「ここには何万冊もの本が置いてある。6年間此処に通ったとしても全ての本を読むのは不可能と言われてる。」
そう言いながらも、リドルはちらりと本棚を見上げて、魔法で本を取り出す。
「む、ふゆうまほう、という奴でござるな。」
いくつか魔法についてはダンブルドアやリドル、に見せてもらっていて、良く使われる魔法に幸村は嬉しそうに呟いた。
本は幸村の手元でその動きを止めた為、幸村はそれを手に取る。
「そうだよ。次はこれ。」
あっという間に自分の手の上に本が積み重なっていく。
「・・・一応聞くけど、大丈夫?」
「うむ、これしきの重さ、何とも無い・・・が、」
数十冊詰まれた本は、重さだけでもとんでもないのに、加えてぐらぐらと不安定だ。
「猫殿、某、落としてしまいそうでござる・・・。」
困ったように言う幸村に、リドルは仕方なく本を積み上げるのをやめた。
リドルに頼まれて本を借りたいと申し出ると、司書は何の疑いも無く貸し出し処理をしてくれた。
其の後は、リドルが本を魔法で浮かして戻った為、落としそうになるという事も無く無事に部屋にたどり着いた。
出立は明日未明というより、今日の深夜。
急すぎるが、元より荷物などこの世界で貰った物以外無い。
自分の荷物を整理する必要がある訳もなく、リドルが指示するまま手を動かすくらい。
それも、リドルがほとんど魔法でやってしまうのだが。
すっかりと纏められて荷物を見下ろし、何ともいえない表情で猫のリドルを見ていると、背後のドアが開いてリドルの本体が入ってきた。
其の腕にはすっかり寝入ってるの姿がある。
リドルはソファにを下ろすと、幸村とその横に居る猫に目をやった。
「落ち着いたら、僕も一度そちらへ行く。」
「・・・承知致した。それまで、この真田幸村、殿を守り抜いてみせましょうぞ。」
落ち着く日なんて、いつ来るのだろうか。
猫はひらりと幸村の肩に飛び乗った。元は同じ人間なのに、彼が何をして落ち着いたと判断するのか、分かりかねて、自分の本体をじっと見つめる。
「・・・・は怒るだろうね。」
「”僕”なら、宥めるのは得意だろう?」
肩を竦めながら返されて、リドルはため息をついた。
元を正せば同じ人間である相手と言葉遊びだなんて酔狂にも程がある。
言葉を返すのを諦めたリドルはすたりと幸村の肩から降りた。
「悪いけど、を持ってくれる?」
其の言葉と共に差し出されたのは先ほどまでソファに横たえられていたの身体。
酷く狼狽しながらも、何とか彼女の身体を受け取って抱えなおす。
「りどる殿、世話になり申した。」
「あぁ、気にしないで。あと、コレは餞別。」
バスケットをどこからともなく取り出して地面に描かれた陣の中に置く。
「じゃぁ、頼んだよ、”僕”。」
其の言葉を最後に、視界は黒く染まった。
お別れ
2013.6.25