「箒?」


明日箒に乗るということを幸村がリドルに話すと、彼はようやく本から顔を上げて聞き返した。


「然様。りどる殿は、どういう意味か分かるでござろうか。某、箒に乗るというのが今一分からぬのだが・・・」
「魔法族は箒に乗って空を飛ぶんだよ。」


疑問に答えたのは猫のリドルの方で、幸村はソファに丸くなっている彼を見た。


「猫殿も乗れるのか?」
「この姿じゃ無理だよ。そっちの”僕”は乗れるけどね。」


ほぉ、と感心したように、幸村は視線を再びリドルに戻した。


「まぁ、の飛行術の成績は悪くは無いし、大丈夫だろう。」


箒で空を飛ぶ。何とも想像しがたいその様子を頭に浮かべて、幸村は楽しそうに笑った。
しかし、同時にこうも思う。

こんな大事な時に自分ばかりがこうも楽しんでいて良いのだろうか、と。













Magic! #17


















翌日、約束どおり箒を持って現れたは幸村を連れてグラウンドへと出た。
リドル達は忙しいらしく、グラウンドには2人しか居ない。


「よし。じゃぁ幸村さん、私の後ろに跨って。」
「う、うむ。」


空を飛ぶというのは楽しみだが、如何せん、幸村は有り得ない程の純情さを持つ青年だ。女性と密着することに抵抗を隠し切れず、から少し離れて箒に跨るが、がそれに眉を寄せた。


「そんなに離れてちゃ落ちちゃうよ。お腹に手を回して・・・」


そう言いながら幸村の手を取って自分の腹へと回させるものだから、幸村はぎょっとしたものの、何とか叫ぶのを堪えた。
何か他の事を考えねば、と考えを巡らせるが、伝わる体温にどうにもうまくいかない。



「じゃ、ちゃんと捕まっててね。」
「わ、分かり申した・・・。」


ええい、と半ば自棄になりつつの腹にまわした手にぐっと力を篭めると、は足で地面を蹴った。
既に足は地面についていない。ぐん、と後ろに引っ張られるような感覚に幸村は慌ててしがみついた。


「む?おお!浮いておる!!」


視線を下に向けると、少し先に地面が見える。


「もっと上まで行くから、手、離さないでね。」


その言葉通り、上に向かって飛び上がる。重力に引っ張られるような感覚に楽しさを覚えながらも、視える景色に幸村は目を瞬かせた。


「本当に飛んでおるぞ!殿!」


思わず身を乗り出すと、ぐらりと揺れてにたしなめられた。


「あ、あそこ、いつも幸村さんが修行しているところだね。」


指差す先にはここ最近すっかり見慣れた森の入り口が見える。
この城のような学校一帯を初めて空から見渡して、なんと大きな処だったのか、と幸村は感嘆のため息をついた。


「一度見てもらいたかったんだ。だって、私も最初見た時、感動したから。」


にっこりと笑って言うを直視できなくて、幸村は再びきょろきょろと辺りに視線を彷徨わせた。


(甲斐の地を、このように空から見渡せたら、どんなに気持ち良いだろうか)


「幸村さん、一度、あの丘に降りるね。」
「う、うむ。」


頷くと、は徐々に高度を落とし始めた。
目を凝らすと、その丘にある低い数本の木の根元を中心に赤い花がいくつも咲いている。
椿でも彼岸花でも、幸村が知るどの花にも該当しないようなそれは、おおきな花びらを風に揺らしていて、この距離では香るはずも無いのに、甘い香りが既に鼻をつく気がした。


「あ、もう分かる?あれ、凄く匂いが強い花なんだけど・・・」
「綺麗でござるな。」


もう箒と地面とはそんなに離れていない。
幸村は箒から飛び降りると、その花に近づいた。


「この花はね、すっごく良い薬になるんだよ。大漁大漁!」


嬉しそうに言うの言葉に、少し幸村は拍子抜けしながらも、どこからとも無く取り出した袋に意気揚々と花をつんで詰め始めるの後姿を眺めた。


「某も手伝おう。」
「え?いいの?じゃぁ、これ使って。」


もう一つ袋を渡して、二人は地面にしゃがみ込んだ。


「ねぇねぇ、幸村さん。」


花を摘みながら声をかけてくるはその手を動かしながら幸村を見た。


「何て言うか、私の時はリドルがいたから、愚痴とか、言う相手いたんだけど、幸村さんは1人で来ちゃったじゃない。」


ぷつり、と花を摘む音が止まる。


「幸村さんは、元の世界では愚痴を簡単に零せるような立場にいなかったかもしれないけど、ほら、ここって違う世界でしょ?そんな名高い武将で、百戦錬磨の幸村さんでも流石にキャパシティーオーバーだと思うんですよ。」


幸村も手を止めて、視線を上げた。
は手元の花に視線を落としたままである為、視線がかち合う事は無いが、その表情は少し言葉をつむぐのを躊躇っているようなものだった。


「リドルはとっつきにくいし、ダンブルドア先生はちょっと、年上過ぎて言いにくいかもしれないけど。」


言葉を選びながら話しているのがありありと伝わってくる。
どうすれば、自分が言いたい事を誤解無く伝えられるか。それを真剣に考えながら話している表情だったが、次第にそれは茶化すように、笑顔が広がっていく。


「なんか、愚痴言いたくなったら私に言ってよ。歳近いし、私そんなに口軽くないしって自分で言うのも変だけどさ。」


あはは、と笑いながら再び手を動かし始めるの姿をぼんやりと眺めていた幸村は、涙腺が緩むのを感じて、ぐ、と唸った。
男子たるもの、弱音を吐かず、涙を見せず。それを心情に物心ついた時から信玄に仕えてきた。

そりゃぁ、今までだって弱音の一つや二つ零したい時なんて幾度と無くあった。それでも状況は他の武将も同じであったし、支えてくれる人たちも何人もいて、自分がしっかりしなくてどうすると、何度も自分を奮い立たせて駆け抜けてきた。
それがどうだろうか。
摩訶不思議な世界に飛び込んでしまい、魔法だなんてものを駆使する人の中、帰る方法を自分で見つけることも叶わず、只管世話を見てもらうばかり。

こんな情けない思いと孤独感に苛まれることなんて、未だかつてあっただろうか。


「某は、何も出来ぬ自分が口惜しいのだ。」


ぽつり、と呟いたら、もう、口は止まらなかった。


「いつだって、某はこの手で先を切り開いてきた。それがどうだ。こちらに勝手についてきた挙句、殿やだんぶるどあ殿、りどる殿の世話になるしかなく、帰る方法も然り。甲斐の虎若子が聞いて呆れる。」


何も出来ないのが歯がゆいのか、とは納得したように其の目を幸村に向けた。
自分だったら、何もしなくて良いなら好きなだけ自分の研究をしたり遊びまわったりするだろう。
この人は、本当に戦国時代を駆けている人なのだ、と今更再認識をしてきゅ、と口を引き締めた。


「幸村さんって、物心ついた時から国の為を思って働いてたんでしょ?なら、そのご褒美って思えば良いんじゃないかな。」
「褒美?」
「そうだよ。大好きなお菓子を食べて、気が済むまで鍛錬して、偶にホグズミードとかに出かけたり箒で空を飛んだり。自分の為に時間を使うのって、きっと凄く大事だよ。」


ね、と笑うと、ようやく難しい顔をしていた幸村は口を開いた。


「・・・某だけ、良いのでござろうか・・・。」
「凄く日本人的な考えだけど、良いんだよ。きっと人それぞれ頑張った分ご褒美がもらえて、幸村さんの場合は、この小旅行だったってこと。」


よし、と意気込んでは立ち上がった。


「っていうことだから、私は幸村さんを楽しませる役目を全うしたいと思います!」


手早く掴んでいた花を袋に仕舞って、は幸村に手を差し出した。


「ほらほら、早く行こう。色々楽しまなきゃ損だよ!」


逆光でよくは見えなかったが、幸村にはが満面の笑みを浮かべていることが分かった。





















そのまま、言いつけを破って禁断の森を散歩したり、凄い勢いで箒で空を飛び回ったり、気付いたら日が大分低い場所に居た2人は予想以上に遅く帰ってきたことをリドルに窘められ、夕食の席に居た。

たっぷりと動き回ったからか、2人の食欲はいつも以上で、その目の前で食事をしていたリドルは、何度か「行儀が悪い」と2人に向かってフォークを投げつけるだなんて、荒業をやってのけるのだが、それが一番行儀が悪い事に何故かホグワーツ一の秀才と言われる彼は気付かない。


「そんなこと言ったって、今日はおなかが空いてて、あ、これ、もーらい!」


はリドルが自分の為によそっていたグラタンの乗った皿を取って再び口に運んだ。


「美味そうな食い物でござる・・・某も!」


勢いよくグラタンを取り分ける為に置かれていた大き目のスプーンを手に取ったとき、それに付着していたホワイトソースが飛んだ。


「あ」


そして、それはリドルの頬にはた、と付着した瞬間、笑顔でリドルが切れたのは言うまでもない。








小旅行



2013.6.19 執筆