リドルは必要の部屋に居た。
積み上げられた本は、空間移動に関する本ばかり。中には図書館から持ち出した、禁書まである。


「”僕”がついているから、大丈夫だとは思うけど、全く、手が掛かる・・・。」


そう言いながら陣をくみ上げていく。
理論は完成できても、この魔法には膨大な魔力が必要になる。
暫くは魔力が空になることも考えて、リドルは実行するのを夏休みに入るまで待っていたのだ。


「さて、と。後は網に引っかかるのを待つだけだけど・・・。」


どれだけ方法を探しても、リドルが向こうへ渡って連れ帰るというのは無理だった。
だから、姿現しをする時に入る空間魔法を使った時に、少しだけこちらの世界が一瞬入り混じるということを利用することにしたのだ。
幸いにも、彼女のところには自分である”リドル”がいる。
あれは今、の魔力で動いているものの、核はリドル。

姿現しをする時に入る、異次元に網をはり、自分の魔力を感知したときにこちらへ引っ張り込むような魔法を作り上げた彼は伊達に首位の名を欲しいままにしていない。


「早く帰っておいで。」


まだ見えぬ彼女と猫の姿を思い浮かべて、リドルは陣を見下ろした。













Magic! #15















屋敷に入ったリドルはを探していた。
猫の姿というのはこういう時便利なものだ。歩き回っていても誰も文句を言わないのだから。


「あー、猫だー!」


小さい子どもに見つかり、リドルは内心舌打ちをすると、縁下へ逃げ込んだ。
そろりと歩みを進めながら、耳を澄ませる。


「・・・うまい甘味・・が・・・」
「え、・・・ですか!・・・しい・・す!」


遠くに聞こえる声に、リドルは走り出した。
廊下を歩く2人分の足音。だんだんと近くなる声。


(全く、暢気に何やってるんだ)


それが彼女の良いところでもあるのだが、と考えながらリドルは他に人が居ないのを確認すると廊下に飛び出した。
幸村はいきなり出てきた猫に驚き、はそれが瞬時に自分の足に擦り寄ると、急激に魔力を吸い取るのに眼を見開いた。


「リドル・・・ひどい・・・。」


そう言いながらも、は足に力が入らず、ずるりと地面に落ちそうになるので、幸村は慌てて手を伸ばした。
しかし、其の前に、猫が膨らみ、人の形を取り始めるのを見て動くのを止めた。


「やぁ、が世話になったみたいだね。」


男は、線の細い少年だった。
を支えた手とは別の手に杖を持ち、リドルは目の前の幸村を睨みつける。


「お主、何者だ。殿を放せ。」


凄みながら言うと、リドルは忌々しげに舌打ちをして、杖を振り下ろした。
それと同時に、幸村はの方へ飛び込む。
何故、そんな行動に出たのか、だなんて、幸村にも分からなかった。
ただ、彼らが消える、と直感的に感じたのだ。


「!」


リドルはそれに不味いと眉を寄せるが、既に姿現しの呪文は発動してしまった。
ばちん、という音。そして吸い込まれる身体。


(仕方が無い。着いたらさっさと送り返すか。)


そう思って、すぐに来るであろう光を待った。
数秒で、半兵衛の屋敷に現れるはずだったのに、その光は未だに来ない。

どういうことだろうか、と眼を開いた時、目前には暗闇の中で赤く輝く魔方陣が現れた。


(”僕”か・・?)


それは、物凄い勢いで3人を包み込んだ。
10秒にも満たない間に起こった出来事に、いつもどおり姿現し中は眼を閉じているは気付かなかったが、訳も分からず眼を開いていた幸村は全て見ていて、唖然と突っ立っていた。
それでも、の腕を放さなかったのが幸いして、無事、2人と共に浮上する勢いに乗る。


(くそっ、こいつも付いてくるなんて・・!)


待ちに待った光が3人を包む。


「・・・・何だい、その男は。」


ようやく引っかかったか、と本から視線をあげて魔方陣を見下ろしていれば、現れたのは3人だった。
1人は自分と同じ姿をしていて、1人は青い顔で眼を瞑っている少女、そして、もう1人はひたすら赤い男だった。


「な、な、何事!ここは!?」
「あれ?」


慌てて、此処はどこだと騒ぐ男に、呆けた顔で当たりを見回す。しかし、彼女はまだ力が入らないのか地面に座り込んだままだ。
リドルは額を押さえて、もう1人の自分を見た。


「説明して、もう1人の”僕”」


そう言いながら無言呪文で金縛りの術を幸村にかけると、彼はぴきりと固まった。





















話を聞き終えたリドルは”リドル”から視線を外すと、眼を白黒させている幸村に目を向けた。
幸村は身体が動かないため、動きようが無いのだが、眼だけはじっとリドルを見つめている。


「幸村、というんだね。騒いだり暴れたりしないのであれば、今から魔法を解くけど。あぁ、あと、僕達は君に危害を加える気は無いよ(今のところは)。安心すると良い。」


リドルは尋ねながら、”リドル”に目配せする。
やはり元が同じだから、言いたいことが分かったのだろう。”リドル”は杖を幸村に向けた。
騒ぎ出した際にすぐに対処するためだ。


「はっ!くちが、身体が動く!今のは何の術でござるか?」
「其の前に、君を巻き込んでしまったみたいで悪かったね。」


リドルは大して悪くも何とも思っていないくせににっこりと笑ってそう言った。


「む、そういえば、随分と変わった部屋のようだが・・・」


さて、現状とこの世界について、そして、これからどうすべきかについて話そうと思ったものの、先ほどの魔法のせいで流石のリドルも疲れている。
それ以前に、面倒臭い。


「・・・・”リドル”、説明を頼むよ。この本が良い所なんだ。」


早々に説明することを放棄したリドルは杖を振ると、紅茶を4客出した。
一緒に現れたポットがこぽこぽとカップに紅茶を注ぎだすそれに、幸村は固まった。


「な、なんと!」
「何で僕が・・・。」


いちいち驚くのも無理は無いが、紅茶に夢中になっている幸村の耳を引っ張って”リドル”はソファに放り投げた。


「さて、この僕が説明してやるんだから、一度で覚えなよ。」
「う、うむ・・。」
「ねぇ、私が説明しようか?」


”リドル”の眼が据わっているのが分かったのか、はそろりと近寄るが、リドルが代わりに返事をする。


「いいんだよ。”僕”に魔力を取られて随分と消耗しているみたいだし。紅茶でも飲んで・・・あぁ、君にはホットチョコレートが良いか。」


もう一振りすると、マグカップが現れて、それは甘ったるい匂いを放ちだしたので、話を聞いていた幸村がぴくりと顔を動かした。
そして、くんくんと鼻を鳴らしてうらやましそうにそれを見るので、”リドル”も杖を振ると、ホットチョコレートを出して幸村に渡す。


「かたじけない!良い香りでござる・・・!!!」


匂いに引き寄せられるまま、それを一口飲んで幸村は歓喜の声を上げた。


「なんと、美味な飲み物であろうか。」


ごくごくと一気に飲み干した幸村はマグカップをテーブルに置いて、もう無いのか、という眼で”リドル”を見た。
あんな甘い飲み物を一気飲みするとは思わなかったのか、リドルは少し驚いたように幸村を見たが、仕方なくもう一振りすると、ホットチョコレートの入ったポットが現れてそれがマグカップに注ぎ始める。


「・・・ねぇ、話聞く気、ある?」


それを嬉しそうに手に取ると、笑顔なのに何故か背筋が凍るような声をかけられて、幸村は今更ながら話の途中であったことに気がついた。
は疲れてしまったのか、隣のソファでまどろんでいる。そしてその傍らではスコーンをつまみながら本を悠々と読んでいる自分の本体がいるのだから、苛々するのも無理は無い。

リドルは自分を厄介ごとを押し付けるために、自分を創ったのではないか。そう疑問に思いながらも、佇まいを直した幸村に対してようやく説明を再開した。


「まず、ここは君達のいた世界とは違う世界だ。国が違うわけじゃない。海の向こうでもない。世界そのものが違うんだよ。」


予想通り、その言葉に幸村は口を大きく広げた。


「それは真でござるか!?」


その大きい声にが身じろぎした。
リドルが五月蝿い、と本を幸村に向かって投げつけると、彼はふぐ、と唸ってぶつかった本を拾い上げた。
確かに、全く分からない文字で書かれている上に、それは見たことも無いような上質な紙で出来ていた。


「外を見せるのが手っ取り早いんだろうけど、ちょっと事情があって、自由には出歩けないからね。でも、そこの飲み物を出した魔法を見れば、真実だとは思わないかい?」
「ま、ほう・・・でござるか・・。」


初めて聞いた言葉だ。
まさか、ここから説明しなきゃいけないのか、と”リドル”はうんざりしたようにリドルを見た。

彼はその視線に気付いてはいるだろうに、悲しいかな自分と同じ性格の彼はこちらを無視するのは分かっていた。
普通のマグルやあの時代のヨーロッパの人間であれば、魔法についてなんとなくイメージがあるだろうから、説明は楽と思ったが、まさか、そもそも魔法という概念が無いのであれば、一から教えなければいけない。

”リドル”はため息をついて説明するためにもう一度口を開いた。






救出作戦 2



2013.5.30 執筆