はもしかして、攫われたという状況下にあるのだろうか、とようやく自覚したようだった。
リドルに散々この魔法を利用したがる存在について気をつけるように言われていた為、ここにいては不味いのだということだけは分かる。
(でも、逃げるって言っても・・・)
ちらり、とすぐ傍にいる佐助を見た。
彼はすぐにの視線に気がつくと、にこりと笑う。
「どうかした?」
「い、いえ・・・。」
逃げられそうに無い、とは俯いた。
(こんなことなら、杖が無くても魔法使えるようにちゃんと勉強しとくんだった!)
頭の中のリドルが怖い笑顔で怒り始めて、はうんうんと唸った。
Magic! #14
呼び寄せ呪文なら杖が無くても使えるが、あまり距離があると呼び出せない。
ここからが住んでいた場所まで結構な距離があり、杖を呼び寄せるという案は即刻却下された。
「あのー、私、いつまで此処にいるんでしょうか。」
近くにいる佐助に問いかけると、彼はにっこりと笑うものだから、すぐに帰して貰えるのかと思ったが、その思惑は外れた。
「ずっと、って言ったら怒る?」
「へー、ずっと・・・ずっと!?」
びっくりして立ち上がるが、彼は笑顔を崩さない。
「だって、ちゃんったら凄い薬作っちゃうからさ。豊臣に渡るのは勘弁してほしいんだよね。一番良いのは殺しちゃうことなんだけど、そうすると旦那が怒り狂っちゃうでしょ?だから、軟禁で手を打とうかなって思ってるんだけど。」
「な、ななな、軟禁・・・!!」
はがっくりと項垂れた。
まさかこんな事態になるとは予想していなかった。
「な、なな、軟禁とは、破廉恥な!!!!」
同様の反応をする声に、は顔をあげた。
いつのまに来たのか、開け放たれた障子の向こうに見覚えのある赤い男性が、顔まで真っ赤にして突っ立っているものだから、は眼を丸くする。
「旦那・・・。」
「佐助ェ!そこに直れェ!!」
あー、もう面倒臭い。と呟いて佐助は自分の主を見る。
「このようなか弱き女子を拉致して軟禁など、武田軍の名が廃るわァァ!お主はいつから、斯様な破廉恥な忍になったのだ!!!」
「だーかーらー、何回も言ってるけど、ちゃんが豊臣側に行っちゃうとまずいの!」
「しかし、殿は、場所だけ借りて薬師をしていると・・・」
言いかけて、幸村は佐助の鬼のような表情にひるんだ。
「だーかーらー!そんな人の言うことをほいほい鵜呑みにしないの!!」
いつもなら、ここで、すまぬと謝るところだが、今日の幸村は少し違った。
小動物のごとくびくびくしているを放っておけないのだ。
「殿は甲斐の国の民を救ってくださった謂わば恩人。そのような方を軟禁など、この幸村、許さぬぞ!」
「あーぁ、また始まったよ。旦那の悪い癖。」
「よくあるんですか?こういうこと。」
それに、佐助はため息混じりに答える。
「旦那ったら人が良すぎる上に人情に厚いもんだからさー、こういう風に良い話に弱い訳よ。言い出したら聞かないし・・・・。」
「はぁ・・・まぁ、幸村さん、有名な武将さんですから、確かに、人を疑うという事を少しは覚えた方が良いかもしれませんね。」
そう言って、どこかで聞いた台詞だな、と思った。
「・・・・ちゃんも、それ、言われない?」
「あぁ、はい。何で分かったんですか?」
そうだ。自分がよくリドルや半兵衛から言われる言葉だ。
しかしながら、何故佐助はそれを言い当ててしまったのだろうか。
「・・・俺様、一応ちゃんを軟禁しようとしている人なんだけど。」
「そうだった!」
は、薬師として名が知れているのだから、頭は良いのだろう。
だが、どこか抜けている。
(旦那も、武将としては有名なんだけどねぇー、どっか抜けちゃってんだよなー)
ある意味、この2人は似ているのかもしれない。
「で、旦那は何か用があったんじゃないの?」
幸村は其の言葉にはっとして、手を叩いた。
「そうであった。殿を城下町に、と思うてな。初めてでござろう?」
「あ、はい。行った事はない、ですけど・・・」
ちらり、と視線を佐助に向けた。
其の視線は良いのか、と彼に問いかけるもので、佐助はため息をついて頷く。
「一応1人つけさせてもらうけどね。じゃ、俺様はお仕事あるから。」
佐助は飛び上がると屋根裏に消えていってしまった。
魔法のような所業に、呆気に取られていると、幸村に手を引かれる。
「何せ殿はあの村の恩人。つまりは甲斐の国の恩人でござる。この幸村、確りと案内役を勤めましょうぞ!」
走っている様子は無いのに、手を引っ張られるは何故か小走り。
それを影から見守っていた佐助はやれやれと、また、一つため息をついた。
半兵衛の放った忍の報告によると、やはりは武田の屋敷にいるらしい。
「僕が行く。に会ったら直ぐに人の形になって、姿現しをするのが一番手っ取り早い。」
「武田の屋敷までは?」
「それは、君の力を借りるよ、半兵衛。」
確かに、聞く限りは城下町までリドルを送り届け、あとはリドルに任せるのが良さそうだ。
半兵衛はすぐに忍を1人呼び、リドルについて人に化けられる獣、とだけ伝えた。他言無用と念を押して。
杖を銜えたリドルはひらりと忍の肩に飛び乗った。
「その棒を持ってやれ。壊したり無くすなよ。」
「・・・御意。」
忍は動揺しながらも、平静を努めて、リドルから杖を取ると、懐に仕舞った。
「じゃぁ行って来るよ。君の足なら甲斐の国までどれくらいなんだい?」
「・・・・!」
今まで黙っていた猫であるリドルが喋り始めて、忍は眼を見開いた。
半兵衛から説明は先ほどされたが、半信半疑だったのだから。
「・・・君、口はきけるでしょ。」
「は、はい、1日と少し、でしょうか。」
リドルはそれに心の中で時間がかかりすぎる、と悪態をついた。
「ログハウスまでポートキーを使って移動する。そこからだったら半日くらいで行けるはずだからね。君は、僕を城下町に下ろしたらすぐに帰って良い。分かったね。」
忍は、主からではなく、猫から出された指示に、どうしたものかと半兵衛を見た。
「リドルの言う通りにしろ。」
「御意。」
そして、2人はポートキーを使ってログハウスに移動した。
適当な場所で調達した馬を駆りながら、商人のような格好に扮した右近は風呂敷で腹の辺りにくくりつけているリドルをちらりと見た。
それに合わせて赤い目が自分を見上げる。
「そんなに珍しいかい?」
「え、えぇ。」
そう言ったっきり、右近は黙った。
気にはなるが、余計な詮索はすべきではない。自分の任務は彼を城下町に下ろすことだ。
遠くに見えた町に、右近は馬から下りた。
「馬で行くと目立ちます。ここからは歩きますよ。」
「分かった。」
人の声が大きくなっていく。
随分と活気のある町のようだ。とリドルは辺りを見回した。
「正面に進めば、入り口があるでしょう。お気をつけて。」
右近はリドルを見る事無く、小さい声で呟くと、リドルは彼の方から飛び降りた。
其の口にはしっかりと杖が銜えられている。
猫は返事をせずに、駆け出した。
(さて、私は先に戻れ、ということだったが・・・。)
つい最近、屋敷にやってきた少女は、お目付け役に自分が見守っているとは知らず屋敷内を走り回っていた。
彼女の救出にやってきた、という話だったが、本当にあの猫一匹に任せて大丈夫なのか。
(・・・半兵衛様のお言葉に間違いはあるまい。)
右近はかぶりを振ると、店を見るふりをしながら道を引き返していった。
救出作戦 1
2013.5.30 執筆