幸村はベッドに横たわる将太を見て、目を見張った。
反対方向に曲がっていた足は元通りになっており、包帯は巻かれているものの、血は少し滲んでいるだけ。
なにより、血色が悪かった顔色が頗る良くなっている。


「・・・っ殿!」


子どもたちもも大きな声にびっくりして幸村を見た。


「某、感銘を受け申した!このような素晴らしい技術を持っておられるとは!!!」


しばらく、はその言葉に固まったが慌てて「しー!!」と幸村を嗜めた。


「ま、まだ将太くん眠ってるから、もう少し小さな声で・・」
「す、すまん!」


リドルはそれをドアの隙間から眺めていて、目を細めた。
あの男、怪しい、と。


はまだここに居たいみたいだけど、移動した方が良い。あの子が完治したらしばらく半兵衛の所に世話になるかな・・・)


リドルは思い立つと同時に、ドアを閉めるとペンに魔法をかけた。
それは綺麗な日本語をつらつらと紙に書いていく。


”厄介なのが現れた。一週間後、そちらにをつれて行くから暫く面倒を見てくれない?”


最後に自分の名前を書き足すと、紙は鳥の形に折りたたまれ、飛び立った。













Magic! #11














はリドルの突然の引越し宣言に大声を上げた。


「え!なんで!?また急に!!」
「変なのに目をつけられ始めたからね。」


リドルはそう言いながら家の中のものからあちらに持って行くものを整理し始めた。


「えぇ!今持ってるお客さんは!?」
「・・・・ここに薬が必要な人は効能、量、名前、住所をノートに記載してもらうように張り紙をする。受け渡し方法は飛脚。ノートは魔法をかけて、手持ちのノートに内容がコピーされるようにする。」


ほら、と視線をやると、ノートがあって、はいつの間にこんなものを用意したのだろうかと目を見張る。


「ログハウスと薬草園は、誰も入ってこれないように結界を張る必要があるね。半兵衛みたいな力を持った者でも入ってこれないような。」


その呪文も準備済みなのか、ひらりと紙がの前に躍り出る。


「半兵衛も言っていた筈だよ。猿飛佐助には気をつけろってね。」


確かに、この前、幸村が来た時、彼を連れ戻しにやってきたのは佐助だった。


「もう半兵衛には話をつけてある。出立は明日。それまでに村の人に、暫く此処を空けるけど、薬は受け付けるって説明してくると良い。」


は不満たらたらの顔でじっとリドルを見つめたが、最後にはこくりと頷いた。
いつだって、リドルは間違えない。今は此処を去るのが一番良いのだろう。

明らかに気落ちしてとぼとぼと出て行くの背中を見つめてリドルはため息をついた。

リドルとしても、の好きにさせてやりたい。だが、それは彼女に危険が及ばない範囲で、だ。
佐助の目は捕獲者の目だった。
近いうちに行動に出るだろう。


(全く、”僕”は何をやっているんだろう。)


魔法界にいる自分の本体を思い浮かべてリドルは悪態をついた。
さっさと迎えに来れば、全ては丸く収まるのに。




















村人に説明して回ると、それはもう、皆残念そうにした後、口々に礼と共に色々なものを餞別にとくれた。
何かあったとき用に、と傷薬と元気爆発薬を手渡して家に戻る頃には両手に抱えきれないほどの野菜。

こうして、後ろ髪を引かれながらは慣れ親しんだ村を離れて半兵衛の屋敷へと姿現しをした。


「早かったね。」


姿現しをした先は半兵衛の家で、はわんわん泣きながら半兵衛に突進した。

ちらりと半兵衛はリドルを見る。


「子どもたちとの別れが辛かったみたいでね。」
「成るほど」


確かにの手には花(とは言ってもそんな立派な物ではないが)や土人形などがある。


「・・・、湯浴みをしてくると良い。その間に僕は食事を用意しよう。」


厨房に立つのは久しぶりだ。
半兵衛はリドルに口を噤むように言うのと、防音魔法を解くように言った。


「佳代、客人が来た。湯浴みを手伝ってやってくれ。」


佳代は静かに障子を開けると、半兵衛にしがみついてわんわん泣くを見て目を見張った。


「ほら、。佳代について行くんだ。」
「ううううーーー。うぐ・・・はい。」


ごしごしと涙をぬぐう。


様、こちらでございます。まぁ、そのように乱暴に拭いてしまいますと、せっかくのお顔が・・・」


佳代は手ぬぐいを出すとそれでやさしくの顔を拭いた。


「ありが・・どうございまずぅ・・・」


佳代は困ったように笑って、の手を引いて部屋を後にした。
それを見届けると、リドルは再び防音魔法をかける。


「・・・で、原因はあの猿?」
「あと、源次郎という男が来てね。猿飛佐助が迎えに来てたから恐らく彼の関係者だろう。」


半兵衛は考えるように腕を組んだ。


「矢鱈煩くて、暑苦しい、赤いヤツだよ。」
「・・あぁ、真田幸村か。」


合点がいったように頷く。


「いよいよ、を武田に引き込みそうな動きが見えたから、こうして避難してきたってことさ。一ヶ月くらい世話になるよ。」
「それは構わないが、その後はどうするんだい?」


リドルはため息をついた。
何処に行ったとしても、今の状況であれば、誰に目をつけられてもおかしくない。


「一番は、僕の本体が迎えに来ることなんだけど、中々難しそうだからね。日本を転々としようかと思っている。」


それが現実的なのかは微妙な線だ。
それをリドルの表情から感じ取って半兵衛は口を開く。


「・・・べつに帰れるまでここに居たっていい。」
「君も一大勢力の一人だ。」


半兵衛は苦笑した。


「破れぬ誓い。あれがある限り君たちを利用することは不可能だし、そうする気も無いさ。」


確かに、それはそうだ。
だからこそ、此処に暫く留まることにしたのだ。


「・・・・生活費は自分達で稼げる。郵送専門の薬屋をするつもりだからね。」
「では、僕は屋敷の部屋と食事を提供しよう。」


リドルは、半兵衛のことは信用している。
しかし、彼が自分の為にならないことで動くような人間には見えなかった。
彼は、少し自分に似ているのだ。


「なぜ、そこまでしてくれるんだい?」


その問いに半兵衛は愚問だとばかりに笑って返した。


「僕の肺の病は不治の病と言われていた。君たちの所にだって、いくらか命を延ばす方法を教えて貰いに行っただけだったんだ。」


あぁ、そういわれてみると、そうだった。
あんな病が不治の病だとは、つくづく遅れている時代だ。
すっかりそんなことは忘れていた。


「でも、今はどうだい?僕の病は完治に近づいている。君たちの薬のお陰であれから一度も発作は出ていないし体調も頗る良い。僕は、受けた恩はきっちり返す主義でね。」
「貸しがあるのは落ち着かないかい?」
「・・・それに、君たちの事は気に入っている。たまに話し相手にでもなってくれれば良いさ。」



半兵衛は肯定も否定もせずにそう言うと、立ち上がった。


「さて、僕は食事を作りに行くよ。君も食べるだろう?」







居候



2013.4.19 執筆