(やばい!時間がない!)
キングス・クロス駅の中、込み合う人を避けて走りながらは時計を見た。
時計の時刻は10:58。
そして、ホグワーツ特急の発車は11:00。
がらがらと引くスーツケースは見た目に反して軽く、走るのには支障がないのがせめての救いだが、いかんせん時間が無さ過ぎる。
肩にかけているバッグからひょこんと顔を出した黒猫は人間のように溜め息をついて必死に走るを見上げた。
もちらりとその紅い目を見る。
「だから煙突で行けばって言ったじゃないか。」
「だってー」
黒猫の言う事はもっともだから強く言えない。
たまには飛行機で行こうと黒猫の言うことを無視して乗ったのが十数時間前。
乗ってしまった以上、まさか飛行機の中からイギリスまで姿現しをする訳にもいかず、悪天候の為に1時間も遅れてしまった飛行機に悪態をつく。
ようやく見えて来た9番線に、ぎりぎり間に合いそうだと希望の光を見いだした時、はぽんと誰かに押された。
それは急いでいた人かもしれないし、押されたのではなく、何かにぶつかってしまったかもしれない。
だが、自分の体が酷く不安定な状態になったのは事実で、気づけば体は線路へと飛び出していた。
そして、その目に映るのはこちらへと走って来る列車。
「う、うそ!!」
はぎゅっと瞳を瞑った。
しかし、訪れるであろう衝撃は一切訪れない。
(あれ?)
はそろりと目を開けた。
「も、森!?」
うそ!信じられない!と悲鳴をあげた。
見渡す限りは森、森、森。
鼻をつくのは、草を焼いたような懐かしい匂い。
本当に、どういうことなんだろうか。
「ね、ねぇ、リドル。何でか知らないけど、森にいるんだけど!!」
猫はするりと鞄から出ると、その地に足をつけた。
「ここ、どこー!!!」
叫ぶに、黒猫は再び大きく溜め息をついた。
Magic! #1
「すみませーん!野菜わけてもらえませんか?」
あの事故によって意味不明のトリップを果たしたは、偶然見つけた村はずれのあばら屋をちょこちょこっと直してそこに住むことにした。
決して治安が良いとは言えない場所だが、右も左も分からない場所で贅沢は言ってられないのだ。
近くで野菜を育てている農家の人に野菜を少し分けてもらおうかと、声をかけると、どうぞそこにあるやつから持ってってくれと言ってくれるものだから、は並ぶ白菜を見下ろした。
「せんせ!」
白菜に手をのばしかけて、おととい怪我を治した男性の奥さんが持って来てくれた気がする、と手をひっこめた。
取りあえず、大根を買って、煮物でも作るか。
あぁ、でもそろそろお肉も食べたいなぁ・・・と思いながらため息をついた。
(食べたいけど、自分で捌くなんて無理!)
少し前、お肉はどうやって買えば良いのか聞くと、その人に連れて来られた所は本当に豚がいるところだった。
いつも世話になってるし、一匹やるよ、ちっこいのだけどな。と言われたものの、数十秒後、意味を理解したは慌てて首を横に振った。
「せんせ、先生ったら!」
肩をとんとんと叩かれては振り返った。
(あ・・・そうだった)
この村に辿り着いて10日程、未だその呼び名には慣れない。
つい最近まで自分が先生先生と言っていたのに、妙な感じだ。
「昨日はありがとうございました。うちの子、すっかり熱も下がっちゃって!」
「それは良かったです。」
ほんと、先生の薬って凄いねぇ、と言われては照れたように頬をかいた。
ここに来て数日後、町で倒れている少年を介抱したのが始まり。
南蛮のお人かい。という村の人の言葉に、イエスと答えたお陰で服装や言葉遣いについて言及される事は余り無い。
勘違いしてくれた村人に万歳だ。
そしてリドルが考えた境遇を話すと、村人はそれを信じてくれて、随分と良くしてもらっている。
(どんな境遇かというと、商人の両親と最近まで海外で暮らしていたが、最近こちらへ移り住んだものの、両親は病気で亡くなり・・・という、考える限りではありきたりな話だ。)
しかし、1年の時から魔法薬学は結構成績が良かったが、まさか、本当に人の役に立つ日が来るとは、と自然と笑みが浮かぶ。
「ちょうどお礼に行こうと思って、ほら、これ」
そういって女性は風呂敷をに渡した。
ずっしりとくる重さには何だろうかと女性を見た。
「うちで取れた大根と人参と、あと今日ついたお餅!」
先生、もっと太らなきゃだめだよ。とついでに釘を刺されて、あははと笑って礼を言った。
「あ!先生!ここにいた!!」
小さい子達がわらわらと走って来てはうん?と振り向いた。
女性も同様に少年達を見る。
「はやく!先生!!健介が崖から落ちちゃったんだよ!!」
「え、マジで!」
それは大変だとは風呂敷を女性に渡した。
「すみません、後で取りに行きます!」
「あ、先生の家の前に置いておくよ!」
受け取った女性は既に走り出したの背中に向けて言った。
「でね、先生ったら凄いんだよ!崖をひょいひょいと降りて行ったかと思うと、なぁ兄ちゃん!」
「僕の足を一瞬で治してくれて!」
の家に迎えに来た両親に子供達はまくしたてるように言う。
そんな事をしていたのか、と黒猫はをじとりと見つめた後、ぷいと顔を背けて奥の部屋に引っ込んだ。
あぁ、後から絶対怒られるとの心中は穏やかではない。
「先生に感謝しなきゃいけないねぇ。本当に、ありがとうございます」
「い、いえ!まだ応急処置をしただけで、薬はこれから作るので明日、届けに行きますね。」
健介の足には包帯が巻かれていて、木が添えられている。
あの時、崖の下でした処理は魔法で応急処置をしただけ。
今は痛みが無いかもしれないが、そう長くは保たない。今日中に薬を作ってしまわなければ。
(ニガヨモギかぁ、ちょっと遠いなぁ)
前探しに行った場所は箒で飛んで1時間程の場所だ。
姿くらましで行っても良いが、リスクが大きすぎる。余り多用するものではない。
「えー!先生のくすり、苦いからやだよ」
「これ!黙って先生のいうことをきかんか!」
父親が一括してに頭を下げた。
「悪いな、先生。いっつもよ。」
「この前も風邪を引いて助けてもらって、悪いねぇ。」
いえいえ、とは手を横に振った。
「きっと足が腫れて痛くなって来るから、無茶しないようにねー。」
「おう!でも、今ぜんぜん痛くないぜ?」
ほんとに腫れて痛くなんのか?と自分の足を見た健介の頭を撫でては二人の両親を見た。
「あ、もし痛くて眠れないようだったらこれ。」
そう言って包みを母親に手渡した。
「子供はこれの半分で良いので、痛がるようだったら飲ませてあげてください。」
「前、痛み止めって言ってたやつだね。ありがとうよ、先生。」
再び頭を下げられて、いえいえとこちらも頭を下げ返して、去って行く親子4人の背中を見送った。
見送りが終わって部屋の中に入ると、其処には黒猫がちょこんと座っていた。
「あー、リドル。どうしたの、そんな恐い顔してさぁ!」
「どうしたって、君、僕が言ったこと忘れたのかい?」
猫の癖に呆れた顔が随分と上手いやつだ。
流石、中身があいつなだけある、とは大人しく椅子に腰掛けた。
リドルはしなやかな身のこなしで机に上がると、の顔をじっと見つめた。
「魔法が使えることが広まれば、力を利用しようとする奴らが集まる。本当なら魔法薬を渡すのだって好ましく無いんだ。」
まぁ、生計を立てる為に仕方無いけど。と付け加えるリドルに、は頭を下げた。
「ごめん!結構血が出てたから取りあえず止めなきゃって思って・・・もうしないから」
「・・・君のもうしないは信用出来ないんだけど。」
あー、そりゃごもっとも。と、先日までの学生時代を思い出しながらは誤摩化す様にへらりと笑った。
勿論、それで終わる筈も無く、容赦ない猫キックがの顔にめり込んだ。
事故