いつものように放課後の浮ついた空気の中靴を履き替えて外に出る。
放課後練習のある運動部も未だ準備をし始めた時分の頃だ。終業の金が鳴るとすぐに飛び出していったうるさいクラスメートは明日英語の小テストがあるのを覚えているのだろうか。
十中八九酷い点数を取るに決まっているので、明日の英語の授業は寝無いように気をつけなければ前回の二の舞に成ってしまう。
そんな本当にどうでも良いことをぼんやり考えながら校門に向かうと、そこには2人の男が立っていた。見た感じ30代後半と20代後半。若く見える方は金髪に革ジャンという出で立ちで酷く目立っている。
その髪の色が目を引いただけでさして興味は無い。
はそのまま校門を通り過ぎようとしたが、金髪の男が「ヒバリちゃん?」と何とも耳慣れ無い呼び方で己の苗字を呼んだものだから足を止めてしまった。
「お、やっぱり。ちょっと自信無かったんだけどなァ。」
軽薄そうな笑みを浮かべた奥に隠された怒りを読み取っては首をかしげた。
「失礼ですが、どちら様ですか?」
「ハァ?覚えてねーのかよ、お前にこのま」
金髪の男がしゃべっているともう一人のスーツを着た男がその男の肩を叩いて後ろに追いやった。
ぶつぶつ文句が聴こえてくるがの目の前にはスーツの男が立ちはだかっている。
「・・・・何か?」
「余り似てないな。さつきに似たのか。」
それを聞いては目を細めた。いきなり出てきてこの不躾な態度の上、己の母親の名前を口にした男は十中八九己にとって不利とはなっても利となる相手ではないだろう。
雲雀の家に絡んでくる連中はいつだってそうなのだ。いつもであれば、隣に景吾か恭弥がいて適当ににあしらってくれるのだが今はいない。
「急いでいるので失礼します。」
「まぁまぁ、ちょっとお茶でもどうかな。おごるよ。」
益々怪しい男には眉を寄せた。
「いえ、結構です。」
「さつきと君の父親の話をしてあげよう。興味あるだろう?恭弥くんはきっと、さつきや父親のことなど君に教えてはいないのだろうから。」
笑顔を浮かべたまま言う男には誰かを見た。完全一致ではないが、誰かに似ている気がしたのだ。
「おいおい、直衛。なんなんだよお前さっきからよ。」
「へのお礼参りは諦めてくれよ。俺に免じて、な?」
直衛、というらしい。この男は。苗字なのか名前なのか分からないが全く聞き覚えが無い。それなのに親しげに己の名前を呼ぶ男に嫌悪感を抱く。
なんだなんだと周りに生徒が集まり始めて、直衛は困ったように頬をかいた。
「参ったな。大事にはしたくないんだ。」
「さっきからお前、誘拐犯みたいな事言ってるぞ、直衛。」
微妙な表情をして金髪の男がそう言うと、本気で心外だとでも言わんばかりの表情をして見せた。
「そうか・・・そうだな。こんなところで打ち明ける気は無かったんだが、仕方ない。」
ゆっくりと、嫌な笑みを浮かべながら言う男から顔が反らせない。
「俺はね、。」
嫌な予感しかしなくてはぎゅ、と手を握りしめた。
「お、お父さん!!」
しかし、続きを聞く前に、大きな女子生徒の声が響く。を見下ろしていた直衛も驚いて声の方を振り返った。
そこには、高宮鈴が立っていた。
嫌な予感がする。高宮鈴は浮かない顔で部室へと向かっていた。
昨日の悪巧みをするような父親の顔が脳裏に浮かぶ。アレは絶対嬉しくない事を仕出かす顔だ。しかも絡みで。
(絶対、ばれたよね・・・)
が立海にいるのかと聞かれた時ごまかしたつもりだったが、自分は顔に出るという事は自他共に認めている。
何が目的なのかは分からないが、きっとにコンタクトを取ろうとするのは目に見えている。
きっとは直衛の事など知らないはずだ。手紙にはそう書いてあった。まぁ何年も前の手紙だから今もそうとは限らないが。
と父が接触する時のことを思い浮かべて、鈴はため息をついた。
「高宮」
そうこうしているうちに部室まで着いていたらしい。ちょうど部室から出てきた柳がいて、鈴は顔を上げた。
「ポカリの粉があと一袋しかなかったんだ。悪いがコンビニで買ってきてくれないか?」
「あ、はい!わかりました!」
女子マネの更衣室兼備品室へ急いで引っ込むとジャージに着替えて、財布をひっつかんだ。
「レシートを貰ってくるのを忘れるなよ。」
買い出しを頼んだからか、準備を手伝い始めてくれている柳にそう声をかけられて、鈴は大きく頷いてみせた。
「わかってますよ!じゃぁ行ってきますね!」
「あぁ、気をつけてな。」
「あれ、鈴どっか行くのか?」
ちょうど着替え終わって出てきた赤也が不思議そうに尋ねるのを背に足早にコートを突っ切ってフェンスの外へ出て行った。
これからどこに行こうか、と話しながら歩いている女子生徒に、円になって遊びでバレーボールをしている生徒。
自分も中学時代はそうだったが、高校に入ってまるっきり別の生活を送っている。それもこれも幼馴染みの赤也が立海に入ったなら是非マネージャーを!と誘ってきてくれたからだった。
(忙しいけど、楽しい。こんなんなら中学の時も部活しとけばよかった。)
ふふ、と一人で笑いながら校門まで差し掛かったところで、鈴は遠巻きに生徒がじろじろ視線を送っているのを見つけた。
何だろう、と皆の視線の先を追って、固まる。
じっとりと変な汗が吹き出るのを感じた。
「お、お父さん!!」
なんで、いや、に会いに来たんだろうけど、こんなに早く行動に起こすなんて!
鈴は慌てて駆け寄るとの横に並んだ。
「高宮さんのお父さん?」
「そう。それで、君のお父さんでもあるんだよ、。」
その言葉には疑うように直衛を見たが、隣で顔を真っ青にする鈴に目を見張った。
なんだその反応は、まるで、本当の事をこの男が言っているようではないか、と。
「お父さん、今日は帰ってよ。先生が、雲雀さんの事呼んでて。すぐ、連れて行かないと・・。」
「へぇ?どの先生?」
「あ、英語の、先生。雲雀さん、英語の成績が凄く良いから、何か相談したい事があるって!」
そう言い終わるやいなや、鈴はの腕を掴んで走って学校へと引き返し始めた。
は混乱しながらも自分の肩越しに直衛を見ると、彼は笑っていた。
あれが父親だと?母も自分をも捨てて、母の葬式の時にすら自分の前に現れなかった父親だというのだろうか。
いろんな感情が渦巻きすぎて、何も言葉は浮かんでこなかった。
鈴に引っ張られるがまま、テニスコートの横を素通りして、下駄箱の入り口を素通りして校舎の裏へと向かう。
そうして鈴は何度も後ろを確認しながら父親が追ってきていない事を確認すると、ゆるゆると走る足をゆるめてようやく立ち止まった。
鈴の荒い息と遠くから生徒の声が聞こえてくる。
「あ、あの、雲雀さん」
「あの人、本当に私の父親なんですか。」
気まずそうにを振り返った鈴の言葉を遮って静かに尋ねると、彼女はう、と顔を強張らせて少し唸ったあと、こくりと頷いた。
は息を吐き出すと、壁に背を預けた。自分一人の力で立っていられる自信が無い。
記憶の中には父親の姿なんて一つもなかったが思ったのは、父親はあんな顔をしていたのか、という事だった。
次に、思ったのはなぜ、今更会いに来たのか、という事だ。そこまで行くと芋ずる式に憎しみと怒りがふつふつと湧いてくる。身を焦がしかねない勢いで燃え盛る炎のように一瞬のように燃え上がったそれに気がつく事なく、鈴は黙って考え込んでいるように見えるに話しかけた。
「大丈夫・・じゃないよね。私が言うのも、なんだけど・・。」
視線を地面に落としていたは億劫そうに鈴を見た。
となると、この少女は自分の腹違いの姉妹になる訳だ。それも同い年の。とまで考えては信じられないと眉を寄せた。
同い年の腹違いの姉妹、なのだ。高宮鈴は。
「貴女が私を、見ていたのは、近づいたのは・・。」
「・・・うん。前、お父さん宛の古い手紙を見つけたの。差出人は、雲雀厳。きっと雲雀さんの、お祖父さんだよね。」
確かに数年前に亡くなった祖父の名前だ。は頷いてみせた。
「そこに雲雀さんの名前があったの。」
鈴は視線をうろうろとさせて、息をついた。
「・・・びっくりした。手紙には、お父さんが資金調達目的で雲雀さんのお母さんに近づいた事とか、雲雀さんのお母さんが勘当された後の話とかが書いてあって、あぁ、お父さんは、こんな事をする人なんだって。」
全て初耳だった。本当に、恭弥は何もに話さなかった。父母を知る手がかりは、勘当されて出て行く前の部屋のものだけだったが、そこには父と母の関係を表すようなものは何一つなかった。
は自身の家の事を他人(半分血は繋がっているらしいが)から聞くという気持ちの悪さを抑えて、鈴の話を黙って聞いていた。
「金輪際、雲雀の家に関わるなって最後に書かれてあって。あぁ、お父さんはこういう人なんだって愕然とした。元々夜は飲みに出かけたり土日も、ちょっと派手な人たちと遊びに出かけたりしてて、ちょっとだけ苦手だったんだけどね。」
あはは、と気まずそうに笑った鈴は俯いた。
「別に、雲雀さんに近づいて何かしようって気は無かったの。ただ、私一人っ子だし、たった一人の姉妹が近くにいるのに気づいて、いてもたってもいられなくて・・・。」
はふらりと壁から離れた。
「すみません。ちょっと混乱していて・・。今日は、帰ります。」
鈴は驚いて顔を上げると何か声をかけようとしたが、結局言葉が見つからず彼女の背中を見送った。
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