Dreaming

君を照らす光 #32

鈴は母親とともに夕食を取った後、だらだらとリビングでテレビを見ていた。
テレビは近々やってくる台風のニュースで、もしかしたら来週はどっかで学校が休みになるかもな、なんて事を考えながらオレンジジュースを一口口に含む。


「そろそろお風呂入りなさいよ。」


洗濯物を畳み終えた母親が鈴と父親の分の畳まれた服を持ってリビングのカーペットの上に置きながら言った。
ちらりとテレビの上にある時計を見ると21時前。もうすぐ見たいドラマが始まってしまう。


「ドラマ見終わってからじゃだめ?」
「もう・・・録画すれば良いじゃない。」
「えー。」


父親は今日飲み会らしいからきっと日をまたいで返ってくるのだろう。ならばお風呂の後でもチャンネル争いにはならないからまぁいっか。と鈴は「わかったよー」と不満たらたらに告げて録画するために番組表を開いたとき、玄関の方から声がした。


「あら、珍しい。今日は飲み会って言ってたのに。」


父親の「帰ったぞ」という声が聞こえてきたらしい母親は少し嬉しそうだ。


「亜紀、なんか飯食わせて。」
「あら、全然食べてないの?飲み会は?」
「あー、ちょっと相手に急用ができてすぐお開きになったんだよ。」


そう言いながら父親の直衛はダイニングテーブルの椅子を引くとどかりと腰を下ろした。
亜紀は相槌をうつと残り物でもと台所に引っ込む。
鈴はやりかけていた録画の予約を終わらせると立ち上がった。


「なぁ、鈴。」


いつもなら別段呼び止める事もないのに、珍しく呼び止められて鈴は首をかしげた。


「お前の学校にさ、雲雀って女の子いるか?」


さ、とその問いに顔を曇らせる。なぜ、一体何のためにこのタイミングで未夜の事を聞いてくるのか鈴には皆目検討もつかなかったが、あまり良い事ではないのだけはわかる。
知らないと答えてしまおうと、そう思うのに、直衛は鈴の表情で察したようだった。


「そっか。やっぱいんのか。へぇー。」


母親はまだ戻ってこない。直衛は何かを考えるようににやりと笑いながら顎のヒゲを指でなぞった。
鈴は正直、この父があまり得意ではなかった。そこそこ遊んでもらった記憶はあるが、昔からこの悪巧みをするような表情を年甲斐もみせずにする父がどうしても好きになれなかったのだ。もちろん、肉親としての愛情はありはするものの、好き好んで一緒に時間を過ごしたいとは思った事はなかった。


「なぁ、鈴・・」
「あ、お風呂入ってこなきゃ。」


鈴は聞こえなかったふりをして畳まれた自分の洋服を手に取ると急いでリビングを出て自分の部屋に向かった。

























いつものように早朝のランニングを済ませてシャワーを浴びるて出てくると、テーブルに朝食が用意されていて、さらにはお弁当箱の入ったバッグまで置かれていた。


「コーヒーと紅茶、どちらになさいますか?」
「んん・・・じゃぁコーヒー、いただきます。」


跡部の家から来ている料理人は笑顔で頷くとコーヒー豆を挽き始めた。途端、コーヒーの良い香りが鼻をつく中椅子に座って箸を手に取った。
栗ご飯に焼きサンマ、三つ葉と豆腐のお吸い物とほうれん草の胡麻和え。昨晩肉だっただけに魚が嬉しい。


「今晩のお食事もご用意してよろしいですか?」
「はい、お願いします。」


かちゃり、とミルクの少し入ったコーヒーがテーブルに置かれる。


「何かご希望はございますか?」
「・・お魚が良いです。あとこの栗ご飯、また食べたいな。」


笑顔で頷く彼を尻目に未夜は最後のお吸い物を飲み終わると立ち上がった。
最近学校で絡まれるため億劫ではあるが、そうは言っても根は真面目な性分をしている。学校には行かなくてはいけない。


「最近お疲れですね。」
「ちょっと面倒な事になってて・・・あ、景吾には何も言わないで下さいね。」


この前問い詰められてばれてはいるのだが釘をさすと、彼は苦笑して「わかりました」と答えてくれた。
歯を磨いて身だしなみを整え、家を出る。
未だ汗ばむ季節だが台風が近づいているせいか風は生ぬるく、空はどんよりと曇っている。一応折りたたみ傘を持ってきたが降られないと良いな、という希望は学校に着いた途端消える。
さぁぁと音を立てて落ちる雨粒に、部活をしていた生徒が慌てて屋根の下に避難してくる。未夜がいる靴箱も例に漏れず、何人かユニフォームを着たままの生徒が走って来た。
少し早い時間だからか朝練等の無い生徒はまばらなおかげでごった返す事は無いが、その中に銀色の目立つ髪の色が目に入った。
すぐに視線を背けて脱いだ靴を拾い上げるが相手は見逃してくれ無いらしい。


「よぉ、早いの。」
「・・・・」


自分に話しかけているとは限ら無い、と自分に言い聞かせながら靴を持ったまま自分の靴箱に向かおうとするが背後から焦ったようにさらに声をかけられる。


「無視するんじゃなか。お前さんじゃ、雲雀。」


名前を呼ばれては仕方が無い。未夜は本当に面倒くさそうに振り返った。


「昼、この前と同じとこで待っとる。」
「・・・行きませんよ。」
「大丈夫じゃ。他の奴らはおらん。二人っきりじゃ。」
「余計行きたくなくなりました。」


げんなりしたように言うと仁王はけたけたと楽しそうに笑った。


「約束じゃぞ。」


そう言って仁王は雨の中飛び出していった。言い逃げというやつだ。


「約束って・・・」


これだからテニス部の奴は。未夜は困ったようにため息をついてやっと靴箱に靴をしまった。




























昼食時に未夜は弁当の入った手さげを手に教室を出た。
無言のまま階段に差し掛かり、少し迷った様子を見せたあと未夜はため息をついて階段を上り始めた。
目的のドアにまでたどり着いて取っ手に手をかけると音を立てて扉が開く。いつもなら閉まっているはずだが、予告通り彼は既に来ているようだ。


「お、来たか。」
「・・・まぁ転校してきてからはいつもここで食べてましたし。」
「お前さん、冷たいように見えてどうも情は厚いようじゃな。」


ぐ、と未夜は黙って仁王から少し離れた席に腰を下ろした。


「勝手に待たれても気分が悪いだけです。で、何なんですか。」


やっぱり無視して別の場所に行けば良かったと早くも後悔し始める未夜とは反対に仁王はビニール袋を持って未夜の正面の席に腰掛けた。


「別に用なんてなか。後輩と親睦を深めようと思っただけじゃ。」
「・・・・全くそういうタイプに見え無いんですが。」
「見た目で損するタイプなんじゃ。」


そう言いながらパンの袋を開け始めるので、未夜も仕方なく弁当の包みを開いて蓋を開けた。
途端に、目の前の仁王が弁当を覗き込んで感嘆の声を上げる。


「ローストビーフに洒落乙なサラダ、あとはキッシュにエビの何か。なんじゃ、お前さんの親は毎日すごいの用意しとるの。」


そう言いながらエビと玉ねぎのマリネの刺さったピックを仁王は無断で手に取ると口に運んだ。


「どっかのシェフが作ったみたいじゃ。じゃが前、お前の親御さんが料理人か聞いた時、言葉を濁しておったな。『まぁそんなところです』と言っとったか。」


急に推理を始めた仁王を未夜は不思議そうに見た。


「当たらずとも遠からずということじゃろ。」
「・・・何を勿体ぶっているのか分かりませんが、作ったのは確かに料理人です。今親と一緒に住んでいないので、知り合いのお宅の料理人の方に作ってもらっています。」


さぁ問い詰めてやろうというところで思いがけぬカミングアウトにあって仁王は呆気にとられた。


「別に、隠しているわけではないんです。言うと微妙な空気になると思ったので適当にごまかしてただけですよ。」
「・・・柳の奴が、お前さんの母親は・・」
「あぁ、それもご存知でしたか。はい。母は他界していて、父はよく分かりません。父親の代わりのような人はいますけどね。」


これまたあっさり返されて仁王は反対に困ってしまった。


「そんなことを確かめたかったんですか?あまり、人の家庭環境に首をつっこむもどうかと思いますが・・・。」


さらには軽蔑するような目で見られて仁王は慌てて首を横に振る。


「違うんじゃ、あ、いや、お前さんの家庭環境に興味を持ったのは事実なんじゃが、その、お前さん、本当に他意は無いんじゃな?」
「他意?」
「ほら、あるじゃろ。興味無いふりしてテニス部に近づくとかそういうの。」


未夜は手に持っていた箸を思わず落としてしまいそうになった。


「・・・・・・・」
「・・・・・・・なんか言いんしゃい。」
「・・・・・・いえ、皆さん苦労されてるんですね。」


本当にその声には同情の色が乗っていて、なんだか仁王は泣きたくなった。


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2016.10.21