日課のジョギングの際、偶然にもクラスメートが絡まれている現場に出くわしたはどうしようか迷って暫く様子を見ることにした。
できれば関わり合いにはなりたくない。どうにか穏便に終わってくれないか、と思うのに、男の一人が切原の腕を掴んだ所で諦めては駆け出した。
さっと三人を地面に沈めて、切原の様子も見ずにジョギングを再開した。そのままその場に残って話しかけられても面倒だし、「大丈夫か」と尋ねるのも恩着せがましい気がしたのだ。
「・・・・そこ、私の席なんですけど。」
「今朝の、何だったんだよ。」
そうして家へ一旦戻ってシャワーを浴びて、いつものように跡部の家から派遣されてきた料理人の作った朝食を取って(ちなみに今朝はふわとろのフレンチトーストとビシソワーズ、フルーツヨーグルトだった)登校してみると、出迎えたのは何故かの席に座っていた切原だった。
「偶然切原さんが絡まれている所に出くわしたので、まぁ、あのまま何かあってテニスできなくなるのも困るかな、と。」
「そりゃぁ困るけど・・・ってそうじゃなくって、」
「なんでも良いですけど、座って良いですか?」
「ん?あぁ、、」
切原は今気づいたかのように椅子から立ち上がった。先日席替えをして、切原との席は少し離れているためそのままの横に立ったままだ。
「あ、それで部長たちが礼を言いたいから今日の昼」
「お断りします。」
みなまで言う前にはきっぱりと断った。
そして嫌そうな顔をして切原を見上げる。
「もしかして切原さん、一部始終をあの人たちに話したんじゃぁ・・・」
「仕方ないだろ。」
ばつが悪そうに言った言葉には肩を落とした。
「ほんとうに、私はテニス部と相性が悪いんだか良いんだか・・・」
大きくため息をついて、はとにかく昼食は一緒に取らない、と再度断った。
前回と同様、何としても連れて行こうと切原は休み時間のたびにを追い回すが、隣の席ではなくなったのが幸いしたのか、は逃げ切ることに成功し、家庭科室(鍵についてはピッキングで開けさせてもらった)で一人昼食をとりながらため息をついた。
今日の昼食は鯛のポワレに夏野菜のカポナータ、ほうれん草のキッシュ。デザートにはブルーベリーのタルトがついている。
毎日のことながら立派な弁当の中身に関心しながらも手を合わせて食事を始めて数分。家庭科室の扉が開いた。
は食べる手を止めずに扉の方を見ると、驚いた顔をした仁王と目が合った。
「・・・驚いた。珍しく開いてると思ったら・・・。」
仁王の右手にはピンが握られている。なんと、彼もピッキングの常習犯らしい。
ごくん、と口の中のものを飲み込んでは口を開いた。
「これ食べたらすぐ出て行きますので。」
「いや、気にせんでえぇ。」
そう言って仁王は扉を閉めるとから一席空けて椅子に腰掛けた。
「お前さん、今日昼屋上に誘われたんじゃなかったんか。」
「えぇ、ですが行く必要性も感じませんでしたし。それにもう一回顔は出しました。もう良いでしょう。」
あっさりと言ってはキッシュを箸で切り分けて口に運ぶ。
「相変わらずすごい弁当じゃな。」
仁王は手にぶら下げていたビニール袋からパンを取り出して頬張った。
「ブンちゃんが楽しみにしとった。」
「・・・・あぁ、このお弁当とデザートを、ですか。あの赤い髪の人ですよね。」
言葉が足りない仁王の話から予測して言うと、仁王は頷いた。
「ですが、どうも大人数で食事を取るのは苦手で・・・あとお宅の部長さんも少し苦手です。」
「幸村が?そりゃ珍しいのぅ。」
「そうですか?まぁ大衆受けしそうな顔はしていますが、あの笑顔でごり押ししてくるあたりが苦手です。」
そう答えながらは探るような仁王の目を見た。表情は友好的なものを装っているがその目は鋭く、誤魔化せていない。なら話しかけなければ良いのに、と思いながらは言おうかどうしようか迷って、続けて口を開いた。
「・・・・貴方も、その探るような目は苦手です。」
空気が冷えるのを感じながらは最後の一口を口の中に放り込み、デザートの入っている箱を開いた。
「よく気付いたの。」
「嬉しくない事に、そういう視線には慣れてるんです。」
社交の場や、跡部と一緒にいる際に向けられる視線には仁王のようなものが多い。おまけに一見友好そうに見せてくるあたりも同じだ。
「なぜ、そんな目で見られるのか心当たりは無いんですが、私のことを好ましく思っていないのなら、放っておけば良いと思うんです。私も、貴方たちと必要以上に接するつもりはありませんし。」
プラスチックのフォークをビニール袋から出して、タルトにさくりと刺した。
「・・・・お前さん、俺が言うのもなんじゃが、本当に愛想の無いやつじゃな。」
「はぁ、よく言われます。」
今更なんだ、という顔でいうと仁王は低く笑った。
高宮直衛は居酒屋に入ると目当ての人物を見つけて軽く手をあげた。すでに飲み始めている面々も手をあげてかえしたが、一人は手をあげた際にあばらが痛んだのか、顔をしかめる。
「おいおい、どうしたんだよ、腹でもいてぇのか?」
直衛は笑いながら尋ねながら、席に着くと、ちょうど通りかかった店員に「生1つ」と注文した。
尋ねられた赤井は脇腹をさすりながら吐き捨てるように「そんなんじゃねぇよ」と呟く。
「そうそう、カワイー女の子にやられたんだってよ、はは。」
笑いながら言ったのは直衛の正面に座っていた佐田だ。言われた佐田の隣に座る赤井は嫌そうにそっぽを向いた。
「なんだよ、ソレ。」
面白そうな話に身を乗り出すと佐田は吸っていた残り少ないタバコを灰皿に押し付けた。
「いやさ、この前朝早く、赤井と横田と、あと今日はいねぇけど八頭の3人で立海の近くを歩いてたんだと。で、立海生がぶつかってきたからちょっと遊んでやろうとしたら、突然女の子が飛び込んできたかと思ったら3人をばったばったなぎ倒して病院送り。赤井は全治3週間らしいぜ。」
「俺は2週間。で、八頭は1ヶ月だってよ。」
あーいてぇ、と呟いて直衛の横に座る横井はビールをあおった。
「でもよ、赤井はボクシングやってるだろ?すげーよな、その子。」
「赤井がやられたと思ったら、ナイフ出した俺にも全然怯まないで手を蹴り上げられてさー」
そう言って見せた横井の右手首には確かに包帯が巻かれてあった。それを聞いて直衛は素直に感嘆の声をあげる。
赤井はプロではないとは言え、相当の実力者だ。横井も喧嘩慣れしている。
「そらすげぇな。」
「傷が治ったらお礼しに行くんだとよ。早く会えると良いな、ヒバリちゃんに。」
そう言ってニヤニヤと赤井と横田を見た佐田の言葉に、タバコに火をつけようとしていた直衛はその手をとめた。
「・・・ひばり・・?」
「おー、なんでもその男子生徒がその子を見て叫んだんだと。”ヒバリ”って。かわいー名前だよな。」
直衛はそれに肯定もなにも返さずにタバコに火をつけた。
(ひばり・・・苗字でも名前でも珍しい名前だ。おまけに女の子っつってたよな。)
息を吸い込むと、視線の先にあるタバコの先が赤く色づいた。
(まさか立海に、いるってことか?)
そりゃぁ益々面白い、と口角が自然と上がる。ちょうどそろそろ金が必要になる時期に、これは良いニュースだ。
自身に大金がなくとも、その後ろにいる雲雀の財団にははいて捨てるほどある。
直衛はちらりと腕時計を見た。
(8時前か・・・今から帰れば鈴も起きてるな)
そうして、ぐいとビールを飲み干すと財布から千円出してテーブルに置く。
一緒に飲んでいた3人は驚いたように直衛を見た。
「悪ぃ、急用思い出した。」
そう言って立ち上がる。
「はぁ?」
「まだ来たばっかじゃねぇか。」
横井が言うのも無理はない。直衛が来てから10分も経っていないのだから。
「ほんと悪いな。また連絡する。」
しかし直衛は申し訳なさそうに眉を下げてそう言うと、足早に店を後にした。
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