テニス部との昼食会は本当に雑談で終わった。としては面白くもなんともない、むしろ食事の邪魔ばかりされた会だったが、同席したテニス部の何名かは違ったようでまた是非食事に、と誘われてしまった。もちろん速攻断ったが聞いてくれるかどうかは微妙だ。
(・・・・高宮鈴、だっけ)
そして昼食会から時々感じる彼女から向けられる視線。一週間がようやく終わったが、毎日のように視線を感じたのだから決して気のせいではないだろう。悪意はないようだから放っておいているがいい加減気になる。
「どうかしたのか?」
紅茶の入ったカップを持ったまま遠くを見つめているに景吾は珍しいなと付け加えた。
「う、ん。別に大した事ないよ。」
「なんだ、気になるな。お前の場合放っておくと大した事になるんだ。言ってみろ。」
反論できなくては唸った。
「・・・ただ、最近テニス部の人がよく接触してくるから、目立つ。居心地が悪い。」
「ほぅ・・・具体的に誰だ。」
「テニス部の部長さんと、柳さん、あとは高宮さん。」
「高宮?」
聞き覚えはある苗字だが、立海テニス部関係者では思い当たる節は無い。
「テニス部のマネージャーしてる子。なんか、よく視線を感じる。」
「そうか。」
景吾はそれを聞きながらある可能性に気づいたものの、口には出さない。まさかそんな偶然は無いだろうと、即座にその可能性を否定したのだ。
「でも別に何かしてくる訳じゃないんだ。」
「そうか。・・・ちなみに、そいつの名前は?」
「高宮鈴。同級生だよ。」
そう言っては壁にかけてある時計を見上げた。時刻は夜8時。紅茶とともに出されたデザートもすっかり食べ終わっている。
「さて、と。そろそろ帰るよ。」
「泊まっていかないのか?」
うん、と頷きながら席を立つ。
「明日、佳代ちゃんがうちに来るんだ。」
「・・・ちょっと待て。」
景吾はいきなりの事に処理しきれずに額に手をやった。自分の聞き間違えでなければ、は今、友人が家に来るといい、なおかつその相手の事を名前で呼んではいなかっただろうか。
信じられない顔でを見ていると、はむすりとして見せた。
「お前・・・人を家に呼ぶなんて初めてじゃねぇか?しかもいつのまに原口の事を名前で・・」
「この前会った時いつまでも苗字で呼ばないでって怒られたんだ。家に人を呼ぶのは・・・よく景吾うちに来てたよね?」
「バカ。俺以外で、だ。そんなことよりお前ティーセットは家にあるのか?あと来客用の菓子に・・あぁ、明日は一人うちのメイドを寄越そう。それで昼食はどうするんだ?何ならシェフも一緒に・・」
「景吾、落ち着いてよ。」
柄にもなく取り乱す景吾に苦笑しながら言うと、彼は「俺は落ち着いてる」と言い放った。
「ティーセットは前もらったものがあるし、お昼は外で食べるから大丈夫。心配しないで。」
「そうか・・・。」
さて、の家のあたりにどこか良いレストランはあっただろうかと考えたが見当たらない。
「・・・レストランもちゃんと見つけてあるから大丈夫。(流石に景吾と行くような所には連れて行けないよ・・・)」
じゃぁもう帰るね。と締めくくっては景吾に背を向けた。
切原赤也はいつものように朝寝坊をして走りながら学校へと向かっていた。背に背負っているテニスラケットががちゃがちゃと音をたてているが気にせずに急ぐ。あぁ、昨日部長に怒られたばかりなのに、と。
「うわっ」
いつもは見ているカーブミラーを見ていなかったのが悪かったのだろうか。思い切りぶつかって、切原はよろよろと後ろに後退した。かろうじて転びはしなかったが、随分とガタイの良い相手だろう。と顔を上げてひきつる。
「んだ、てめぇ・・・」
金髪に派手な柄のシャツ。半袖のそれから覗く腕には刺青が手首までびっしり入っている。七分のズボンから伸びている左足にも靴で見えなくなるまで刺青があるのが目に入った。
「・・・すんませんっした。」
「立海のガキか・・随分舐めた謝り方するなァ。」
しかも相手は3人だ。じゃらじゃらとピアスを揺らす緑色に髪を染めた男はズボンに手を突っ込んだままじろじろと切原を見ながら、そのラケットバックに目を留めた。
「テニス部、随分と強いらしいじゃん。キミ、レギュラー?」
「・・・・」
思わずまた一歩後ずさって口を横一文字に結んだ。
「レギュラーかって聞いてんだけどよォ。」
「そういやお前、高校時代立海テニス部だったな。」
ははは、と笑う声。
「あんなクソつまんねぇヤツすぐ止めてやったよ。お前も止めたら?」
「そういう絡み方やめろよなァ、ほんと柄悪ぃヤツ。」
「お前に言われたくねーよ。」
3人が話している間に逃げられないかとそろりと後退し始めるが、すぐに一人が切原の腕を掴んだ。
「なーに逃げてんの?その前にせめて財布くらい置いてけよ。」
「高校生の持ち金なんてたかがしれてんじゃねー?」
「ないよりマシだろ。」
切原は掴まれている腕の痛みに思わず振り払う。
「は、離せよッ!」
「おーおー、威勢が良いねぇ。」
男の目が三日月のように歪む。
「俺これでも空手やってんだよね。ちょっと付き合ってくーーーー」
金髪の男がそう言いながら構えようとした時、何かがものすごい勢いで飛び込んできたかと思ったら男を蹴り飛ばし、男は塀に激突した。
姿を確認すると、それは予想に反して小柄だった。白いTシャツに黒の短パン、そして黒い髪を結い上げている。
「なんだこの女ァ。」
「いい年した大人が子供によってたかって何してるんですか。」
呆れたようにいうその横顔は見覚えのある顔で、切原は思わず「雲雀!?」と大声をあげる。それに迷惑そうな一瞥をくれて、はポケットからナイフを出した男の手を蹴り上げると空いた脇腹に拳を叩き込んだ。
その細腕のどこにそんな力があるのか、と目を見張るほどの威力に食らった男は地面に倒れ、のたうちまわる。
「救急車は後で呼んであげます。」
逃げようとした最後の一人の首根っこを掴んで、ぶん、とそのまま後手に振り回して地面に叩きつける。
そして宣言通りポケットから携帯を取り出して救急車を呼ぶと、そのまま走って行ってしまった。
まさに嵐のように来て嵐のように去っていったその後ろ姿を呆然と眺めていたが、男たちのうめき声に我に返るといつの間にか落としていたテニスバックを拾って学校へと走り出した。
(何だったんだよ、アレ。しかもそのまま居なくなるとか意味わかんねぇ・・・!!!)
悶々としながら学校につくと、朝練終了20分前で、げぇ、と顔をしかめる。
一瞬このまま教室に向かってしまおうかと思ったが、それだと更に怒りを煽ることになるだろう。
(くっそー、あいつらに合わなければ10分遅れで済んだのに)
ぎりぎりと歯ぎしりしながらも急いでコートへ向かった。
「それで?チンピラに絡まれていた所を颯爽と現れた雲雀がなぎ倒して去っていった、と?」
「はい・・」
あぁ、痛い、と真田の制裁により腫れた頭を撫で付けながら頷くと、聞いていた面々は微妙な顔をした。
本当か嘘か、微妙なラインだと思っているのだろう。
「それが本当だとしても、だ。そもそも遅刻していたのだろう、赤也。」
「・・・・はい。」
柳が冷静に問い詰めると、切原は苦い顔でうなずいた。
「ますます面白いね。彼女。」
「礼を言わねばならんな。いささかやりすぎではあったようだが。」
着替え終わった幸村はロッカーの扉を閉めて荷物を肩にかけた。
「じゃぁ今日のお昼、連れてきてね。」
「えっ、またッスか!?」
「部長としてお礼しないといけないしね。」
「いやいやいや、なんで部長が・・・。」
ぶつぶつと呟いたが幸村の一睨みで口を噤んで、がくりと肩を落とした。
「なんでそんな嫌がるんだよぃ。確かに無愛想なヤツだけどいいヤツじゃねぇか。」
「そりゃブンちゃん、前回弁当とお菓子もらったからじゃろ。ほんと、ちょろいヤツじゃのぅ。」
「それだけじゃねぇよ!こう、なんつーか、雰囲気?」
そう言うと仁王はかわいそうなものを見るような目で丸井を見てため息をついた。
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