高宮 鈴は、高校1年の時から立海テニス部を支えるマネージャーの1人だ。
テニス部のファンをのらりくらりと躱しながら高校2年にあがった今でも特段苛められることも無く上手くやっている。
かりかりと部活後の部誌を書いている彼女から一つ椅子を開けて座っている赤也は、携帯をいじりながら今日も真田からもらったゲンコツの産物であるたんこぶをさすった。
「英語の授業で居眠りなんてするからだよ、赤也君。」
困ったように話を聞いていた鈴はシャーペンを動かす手を止めて眉尻を下げた。
何度見ても、鉄拳制裁には慣れない。素直に痛そうだなぁと思って思わず自分の頭(赤也がさすっている場所と同じ場所)を撫でた。
「雲雀もなーぁんかとっつきにくい奴だし。答え見せてくれたから良いけどよー。」
初めて聞く名前に鈴はちいさく「え?」と聞き返す。
「今日来た転校生。そいつも居眠りしてて、罰として俺に英語教えるってことになってさー。なんかやる気ねぇしそっけねぇ奴。」
でも、字は綺麗だったな、と思い出していると鈴がおずおずと口を開いた。
「ひばりって、苗字、だよね?クモにスズメって書く・・・」
聞き覚えでもあるのだろうか。こういう風に鈴が人の名前を確認してきた事など無い。
が、赤也は別に疑問も抱かずにうなずいた。
「おう。変わった苗字だよな。」
「・・そっか。」
鈴は複雑な表情で視線を手元に戻すと、少し悩んで、また部誌に書き込むのを再開した。
いくら珍しい雲雀という苗字だからといって、本当に自分が考えている雲雀かどうかは分からない。
ただ、会えば分かる気がした。
マンモス校である立海で、しかも鈴との教室は離れていた。
見に行こうと思いつつも休み時間では少し時間が足りないし、お昼休みや移動教室で通りかかる時に教室を覗いてみても彼女らしき姿は見つからなかった。
落胆しながらも一週間が終わり、土曜の練習試合の日。
全く予期しないタイミングで鈴はを見つける事になる。
「げ、なんであいつ、こんなとこ居んだよ。」
練習試合開始に向けてボールやタオルの準備をしていると一緒にドリンクを運んでいた赤也が嫌そうに声をあげた。
視線の先にはすでに到着している青学の面々とその中に混じって立海の制服を着ている少女がいる。
「知り合い?」
「ちょっと前に言っただろ。転校生。」
え、と鈴は驚いて持っていたタオルの入ったカゴを落とした。
それに赤也が驚いて眉を寄せて「なんだよ、いきなり」と声をかけるが鈴はを凝視している。
一方、手塚と話をしていた幸村も青学が到着してから少しして、青学が荷物を置いているところに紛れ込んで彼らと話をしている立海の少女に少し驚いたような顔をした。
数日前、が転校した初日に珍しくミスショットをした真田がボールをぶつけかけた相手だ。
生憎と、その場にいたのは幸村と仁王、そして張本人である真田だけで誰も彼女に見覚えがなかった上に、呼び止めたのにも関わらず彼女はさっさとその場を去ってしまった。
「じゃぁ、30分後、ウォーミングアップが終わったところで試合開始。先シングルスで良いよね?」
「あぁ、問題ない。」
頷いてみせた手塚は踵を返そうとしたが、幸村がそれを止める。
「ところで、他の部員と話してる立海の生徒って誰?」
問われて手塚は幸村の視線の先を見た。
「・・あぁ、雲雀か。」
「雲雀?」
名前を繰り返す。手塚の性格から言って、きっと苗字なのだろう。
「彼女は青学の中等部出身だ。家庭の事情で2年の終わりにイタリアに渡ったようだが、急遽今月戻ってきたらしい。」
「へぇ・・・」
興味深そうにを見つめる横で柳が今の話をノートに書き落としている。
彼としてはがどうというよりは、に興味を持った幸村に興味を持ったのだろう。
「今週の頭、赤也のクラスに転校してきた雲雀か。接点でもあったか?」
「へぇ、赤也のクラスなんだ。いや、この前真田のミスショットを彼女、素手で掴んだんだよ。そのまま投げ返していなくなっちゃったから探してたんだ。」
「ほぅ・・・弦一郎の。詫びを入れないといけないな。」
自分の記憶が確かであれば、人に構われるのを嫌う性格だったはずだ。手塚は目の前の一癖も二癖もある二人の視線を受ける彼女を少し不憫に感じた。
暇だし手伝う、と言いだしたは越前の柔軟に付き合っている。
前まではそう変わらなかった身長も、今では少し負ける。
「なんか、大きくなったね。」
「まだまだ伸びるッス」
にやりと笑って言う越前の背中をぐいぐいと押していると隣の桃城がからかうように「毎日牛乳飲んでんもんな」と告げる。
「あと、朝はヨーグルトだっけか。」
「・・・ぜってぇいつか抜かす・・・」
笑っている桃城はまだまだ越前よりも背が高い。
じろりと睨む越前に面白そうに笑う桃城。この二人も相変わらずのようだ。
「ほら、二人とも。そろそろ軽く打ち合っといてね。」
徐々にぱこん、ぱこんと軽くボールを打ち合う音が周囲からしてきた頃、マネージャーの原口が声をかける。
頷いた二人には立ち上がると邪魔にならない場所はどこだろうかとあたりを見回した。
「ちゃんはそっちのベンチで座ってて。暑いから、はい、これ。」
原口に手渡されたのは日除けのためのタオルと凍ったペットボトル。
「ありがとう。何か手伝うことあったらやるから、声かけて。」
「うん。わかった。休憩の前にちょっと手伝ってもらおうかな。」
ぱたぱたと慌ただしくかけて行く原口の背中を見送ってベンチに腰掛ける。
ちょうど日陰になっているそこで皆んなが軽く打ち合っている姿を見ているとしばらくして試合が始まった。
彼らのテニスの試合をちゃんと見るのはこれで数回目だ。そして立海のテニス部の試合を見るのは初めて。
選手が集まっているエリアを見ていると見覚えのあるクラスメートの姿が見えた。
まだクラスメートの多くを覚えているわけでは無いが、彼には見覚えがある。
数日間文句を言いながらも教科書を見せてくれたが、性格に難のある、やけに突っかかってくる男の子だ。
(なんか、テニス部に妙な縁があるなぁ・・・)
もしかして呪われているのだろうか。
ぽつりと心の中でつぶやいて試合に視線を戻した。
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