Dreaming

これが私の生きる道 イタチ編

がサソリと出会ったのは2歳の時だった。
母親が医療忍術つながりでサソリと縁があり、風の国に母と訪れていた時に鉢合わせたのが始まりだ。
子供は嫌いだと公言するサソリにどうかと思ったが、豪快な性格で定評のある母は、これ幸いと小1時間程サソリにを預けて風の国での用事を済ませに行ってしまった。


「・・・・お前の母親、相変わらず図太いヤツだな・・・。」
「えぇ、ほんとうに。」


返ってきた予想外の言葉にサソリは片眉をあげて傍の少女を見下ろした。


「大体なんでわざわざ娘なんざ連れてきてんだ。」
「保育施設に手続きするのが面倒だったみたいで、これも経験になるからと連れてこられました。ちなみに父は来週まで任務でいません。」


一応敬語で話すと、ますますサソリは面白そうにを見た。


「お前、本当にあいつの娘か?・・・まぁ良い。俺もここで放り出す程鬼じゃねぇ。付いてこい。」


深く深くため息をついたサソリは仕方なしに踵を返した。


「サソリさんって、赤砂のサソリ、ですよね。」


歩きながら確かめるように尋ねると、サソリはなんだ今更、と頷いた。
赤砂のサソリといえば傀儡師として有名だ。本でしか見たことのない傀儡。興味がある。
はさて、どうやって見せてもらおうかと考えを巡らせた。
このタイプは変におだててもダメそうだ。もう少しサソリの嗜好について情報があれば良いのだが。


「お前いくつだ。」


幸いにも少しは興味を持ってくれているようで、はすぐに「2歳です」と答えた。もはや見た目と中身があっていないことなど全く隠すつもりはない。一度試したが我慢ならずに堂々とすることにしたのだ。幸い適応力の高い両親は事情を打ち明けたところ笑って受け入れてくれたのだから恐れ入る。


「・・・変なヤツだな、お前。調子狂う。」


がしがしと頭をかきながらサソリは家の扉を開いた。


「なんだサソリ、隠し子か?ギャハ、ギャハ」
「うるせぇババア。預かりモンだ。」


入った途端開けた土間。その奥にある一段上。板張りになっているそこでは老婆が一人がちゃがちゃと器具を弄っていた。老婆の背後には廊下が続いている。
おそらくその廊下に向かうのであろうサソリは靴を脱いで上がっていく。


「・・・お邪魔します。」


視線でついてくるように促されては式台の上で靴を脱ぐとサソリの後をついていった。じろじろと面白そうな視線が老婆から纏わりつくが、は笑顔で会釈をしつつ老婆の手元をちらりと見た。


(この人も傀儡師みたいね・・・)


すると老婆は感心したように何度か頷いた。


「まさかサソリの知り合いにこうも出来た子供がおるとはのう・・どこから攫ってきた。」
「殺すぞ、ババア。」


サソリは舌打ちをするとそのままさっさと奥にいってしまったのでそれを慌てて追いかける。
そうして大きく蠍と書かれた扉の前で印を組んで中に入る。
続いて中に入ると、左右の壁一面に本棚そして右奥には大きな作業台の上に傀儡の部品であろうものと工具がちらばっていた。


「そっちには行くなよ。」


の視線が作業台で止まったのに気づいたのか、サソリはそう言いながら作業台の横にある小さな冷蔵庫に向かうとがらりと開けた。


「水か炭酸水、どっちがいい。」
「炭酸水で。」


2歳児に勧めるものでは無い気がしたが、生憎と子供受けしそうな飲み物なんてあるはずが無い。冷蔵庫には酒と今しがた選択肢に出したものしか無いのだ。
サソリは炭酸水をグラスに注いでやりながら、自分の部屋に幼児がいるという奇妙な現実に微妙な表情をした。



























カヤは1時間どころか2時間と少しかけて用事を終えて、サソリの家へと向かった。砂への滞在期間はちゃんと決めていなかった為、宿は取っていない。この前泊まった宿は空いているだろうかと思いながら、チヨに案内されるままサソリの部屋に辿りついて、ドアを叩く。


「うわっ」


ドアが開いたと思ったら立っていたのは傀儡で思わず声が出る。
ついでその傀儡越しに見えるのはサソリの背中。そしてその左手にある大きなベッドの上では我が子がごろりと横になって本を読んでいるではないか。


「あらまぁ・・」


流石にサソリに子守(とに言ったら怒られるだろうが)をお願いしたのは不味かったかと少し思っていただけに、これには驚いた。


「カヤさん。おかえりなさい。」


本から顔を上げたはにこりと笑っていう。


「あぁ?もうそんな時間か?」


サソリも動かしていた手を止めて時計を見上げた。
そしてを見る。


「おい、もう読み終わったのか、それ。」


これでも読んでおけと貸した本は医術書の入門に当たる本だが、2冊目に突入しているのを見て驚いたように言った。てっきり訳がわからないと騒ぐと思いきや静かにしているので寝てしまったのかと思ったのだ。


「はい。」


事もなさげに頷くに唖然とするサソリ。それを見たカヤは誇らしげに笑って胸を張った。


「どう、サソリ。うちの子天才なの。そのレベルの本ならすでに絵本代わりに読んでるわよ!」
「・・・天才ってレベルじゃねーだろ。初心者向けとは言え、医術書だぞ、それ。」


1冊目は生物学、2冊目は薬理学について書かれてあるそれは、確かに家で読んでいた内容と被るところがそこそこあった為、難なく読み進める事ができている。とはいえ、は見た目年齢2歳だ。


「どんな教育してんだよてめーは。」


口では悪態をつきながらも、口は楽しそうに釣りあがっている。どうやらちょっとはあったへの興味は相当なものに変換されたようだ。


「おい、いつまで砂にいるんだ。」
「明日か明後日には帰ろうかと思ってるけど。」
「1週間後にしろ。宿ならうちの空いてる部屋貸してやる。」


思ってもみない申し出にカヤはぽかんとサソリを見た。


「こいつを育てるのはなかなか面白そうだ。」


という塩梅で、サソリの目にとまったはあれよあれよと言ううちにサソリに弟子入り(流石に里が違うので正規の弟子とは言い難いが)することになった。当初1週間の予定だった滞在期間だったが、カヤだけが1週間で木の葉へと戻り、はそのまま3ヶ月もサソリのところに厄介になったというよりもサソリが中々木の葉に返さなかった。
それからアカデミーに入るまでの間はサソリの気が向いた時に火の国の外れに連れて行かれて修行をつけられたり、ある時は砂に呼び出されてそのまま連れまわされたり。母親のカヤと父親のシュウが任務で命を落とした時にはサソリがを引き取るかという話まで出てきた程だ。
しかしがアカデミーに入学した後はサソリも遠慮したのか、はたまた忙しくてそれどころか分からなかったが彼と会うことはなかった(遠慮するような性格はしていないのでおそらく後者だろう)。


「それにしてもわざわざ木の葉まで来るなんて珍しい。シュウさんとカヤさんが亡くなった時以来じゃないかしら。」


荷造りを済ませ、事情を叔父と叔母に話すと、またかという顔をされて終わった。結構なことだ。
家の屋根の上に腰を下ろしてサソリを待つの横には神威がおすわりをした状態で尻尾をゆらゆらさせている。


「あいつ木の葉絡み以外の任務ほとんど受けてねぇからなァ。愛されてんじゃねぇか。」
「ってことは私がアカデミーに入ってからの4ヶ月ほとんど仕事してないってこと?」
「あぁ。ずーっと作業台に向かってたぜ。1,2回会議に顔は出してたけどな。」


砂に長期滞在していた時は、サソリの部屋の前に代わる代わる里の上役がやってきて、やれ力を貸してくれだの会議に顔を出してくれだの嘆願していた事を思い出した。サソリは「帰れ」の一点張りだったが。
たまに頷いたかと思えばの修行代わりに任務を使う始末(サソリに回ってくる任務なだけにSクラスの任務で何度か死にかけたのは言うまでもない)。全く困った大人だ。


「上役達はお前がサソリのところにいる時の方が任務を受けてくれるって微妙な顔してたぜ。」
「そりゃそうでしょうよ。同盟国とは言え、他里の人間を任務に関わらせるなんてさせたくないでしょうし。でもサソリは里でも指折りの戦力。ランクの高い任務についてもらいたいけど本人の性格に難がありすぎてなかなか任務を受けてくれない。砂の上役達も大変ね。」
「おまけに、他の里の弟子を取るくらいなら自分の里で弟子を取ってくれって言っても、鼻で笑って終わってたしな。あいつ、ほんと良い身分だよなァ。」


それにしても何時に来るのかしら、とは時計をみやった。既に午後五時をまわっている。
夕方に迎えに来るとサソリは言っていたらしいし、そろそろ来ても良い頃なのだが、とが思案している頃、サソリは三代目火影や他上役の前でソファに腰掛け、イライラしながら同じく時計をみていた。


「いや、ですが流石に下忍にもなっていない彼女を任務につけるのは・・・」
「あァ?お前らカヤから何も聞いてねぇのか?あいつは俺の弟子だ。それに何度か砂の任務にも連れて行ってる。」


木の葉との合同任務の打ち合わせをしていたサソリ達だが、その場でサソリが信じられない事を言い出したのだ。合同任務での木の葉の人員はだけ寄越せ、と。これに打ち合わせに参加していた上役が当たり前だが猛反発し、様子をみにきた三代目が上役に縋られて打ち合わせに同席しているという始末。


「・・・サソリ殿、が砂の任務についていた、とは本当か?」
「あぁ。修行の一環で何度も連れて行ったぜ。」


それは、なんとも、とヒルゼンは顎に手をやった。まだ6歳の彼女はアカデミーでの成績も明るく、またその歳の割に医療忍術や形質変化まで扱うということで話には聞いていた。何か裏があるのではないか、身辺調査をするべきだ、と声が上がるほどに。それがまさかこんな形で事情が明らかになるとは。


「よかろう。」


しばらく考えた後ヒルゼンが頷き、同席していた上役は正気ですか、とヒルゼンに詰め寄った。それをひらひらと手ではね除けながらヒルゼンはサソリを見る。
風影にも競るとも言われている実力者。戦時中は何度も煮え湯を飲まされた相手でもある。
性格は合理主義、完璧主義で残忍。風影の命だろうが自分の興味のある事しかしない傍若無人っぷりも噂では聞いている。
そんな彼がなぜ木の葉の子供を弟子に取る気になったのか、気になりはするがここで聞く話題でもない。


「・・・ただし、一人暗部の人間をつけさせてもらう。良いな。」
「仕方ねぇな。」


話は終りだとばかりにサソリは立ち上がった。


「出立は二日後の正午だ。少しでも遅れたら置いていくからな。あぁ、あとにはそれまで修行をつけるからアカデミーは休ませる。」
「ほどほどにの。」


ふん、と鼻を鳴らしてサソリは会議室を後にした。


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2016.07.29