Dreaming

これが私の生きる道 #28

サソリの元から跳んだ後の事はあまり覚えていない。取り敢えず1番近い位置にあった目印まで跳んだまま、茫然自失としていたのだが。


(どこ、ここ)


目を開くと見覚えのない天井。むくりと起き上がり確認すると、外套だけ脱いだ姿に拘束具は無い上に忍ばせてある暗器もしっかりある為、敵の元に落ちた訳では無さそうだ。
左手には木の格子状の窓。しとしとと雨の音と匂いがした。


「起きたか」


どれくらいぼうっとしていたのか分からないが、すらりと開いた襖の奥から聞こえてきた声は耳に馴染む低い声だった。


「・・イタチ」


相変わらず黒ずくめの彼は手に盆を持ったまま傍に膝をついた。


「取り敢えず飲め。」


盆の上には水差しと湯のみ。イタチはそれを置くと水差しの中の水を湯のみに注いでやった。


「何か食べれそうか?」
「・・いや、食欲はあんまり・・」


そう呟きながら湯のみを受け取って口に運んだ。カラカラに乾いていた喉が潤ってほ、と息を吐き出す。
もう一度口に運んで飲み干すと盆の上に置いてイタチを見上げた。


「粥なら食えるだろう。後で用意する。」
「いや、いい。それより」
「いいから、後でちゃんと食べるんだぞ。」


有無を言わせない声色ながら、心配している様子が見えては仕方なく頷いた。
じ、と見つめて来るイタチに具合が悪くなって、視線を背けて窓の外を見上げる。


「デイダラは?」
「トビと合流した。」


そこまで彼の心配をしていた訳では無いが無事逃げられたのだと少し安心した。それなのに何だろうか。この、すっかり何かが抜け落ちてしまったような、空虚感は。


「・・使え。」


そう言って頬に押し当てられた布の感触に、は驚いて窓からイタチへと顔を向けた。視界の端に押し当てられている手ぬぐいが見える。なぜ、こんなものを、と考えているのが表情でばれたらしい。イタチは眉尻を下げて困ったように口を開いた。


「泣いている」


雨音が激しくなってきた。





















日が暮れる頃には雨は上がっていて、イタチがまだ帰ってきていないのをいいことに、は黙って隠れ家を出た。
聞くに、火の国と風の国の外れにある隠れ家らしい。あの洞窟まで走って2時間程の位置だ。


「神威」
「お前、まだ休んでたほうが良いんじゃねぇのか?」


出てくるなり珍しく気遣うような言葉には黙って神威の背に跨った。
言われなくても行きたい場所はわかる。神威はため息をついて地を蹴った。


予想通り、神威の足だと2時間もかからずにサクラ達と対峙していた洞窟へと辿り着いた。
そこは酷い有様で、未だ回収し切れていない壊れた傀儡が幾つも転がっているのに、肝心のサソリの本体はいなかった。
分かっていた。近くに辿り着いてから"円"でここら一帯を探っていたのに、サソリにプレゼントしたピアスは引っかからなかったのだから。


「行くのか、取り戻しに。」
「取り戻す訳じゃ無いけど」


は神威の顎をくるくると撫でた。


「最後の挨拶ぐらいしなきゃね。」
「そうだな。」
「砂隠れに、多分いると思うわ。今回の事で人手不足だろうし、きっと何とかなるでしょ。」


珍しく楽観的な物言いに神威は低く唸った。


「まさかお前・・」
「別に積極的に死のうだなんて思ってないわよ。ただ、」


走り出した神威の背に顔を埋める。


「会いたいだけよ。」


くぐもってはいたが確かに聞こえたその言葉に、そうか、とだけ返して神威は黙って走り続けた。
途中、砂隠れの手前にあるオアシスの木の枝に腕につけていた赤い紐を括り付けて"跳ぶ"為の印をつけて。そこからはが1人"絶"をして里に忍び込んだ。
予想通り警備の手は薄く、前にサソリに教わった侵入経路とは言え、すんなり入れた。ここまでくれば簡単で、"円"を広げてサソリのピアスを辿る。


(見つけた)


"跳んだ"先に何があるのか、誰がいるのかは分からないが、ここで行かないという選択肢は無かった。




















カンクロウは大袈裟に巻かれた包帯にギプスに動きにくさを感じながらも、サソリが横たわる部屋にいた。
己の扱う、カラス、クロアリ、サンショウウオを当時10代という若さで作り上げたサソリは、抜け忍ながらも尊敬していた。
もっと違う形で会えていたのならば、と思ってしまうのも無理は無い。


近くの椅子を引き寄せて腰掛ようとした時、サソリの頭の横辺りの空間がねじ曲がったかのように見えてカンクロウは自分の疲労の具合に笑ってしまった。しかし、その次の瞬間そこから1人の女がクナイを構えた状態で飛び出してきたものだから声を上げようと息を吸い込んだが、すぐさまクナイを喉元に突きつけられる。


「静かに。別に危害を加えたい訳じゃないわ。」


はそう静かに告げて背後のサソリを見下ろした。


「お前、一体どうやって・・」
「煩いわね。殺されたく無かったら黙ってて。」


苛々したように言うとは自分の影をつま先でたたいた。


「騒いだら殺していいから。」


神威が咥えていた縄でカンクロウの手足を縛り、地面に座らせると神威はその目の前に座った。


「生憎俺ぁ腹減ってないんでな。ちっとの間静かにしてろよ。」


呑気に喋りかけてくる大きな狼に、カンクロウはひやりと汗を流した。どう考えても満身創痍の自分が不利だ。助けを呼ぼうにもその前に殺されるだろうし、上忍は対応に追われていてこの近くにはいない。
幸いにも、本当に殺す気も情報を引き出そうとする気も見られない相手に、訳が分からずただただの背中を見つめた。




核と頬の傷が目立つその体を見下ろして、はそっと傷のある頬を撫でた。
痛みは無かったのだろう。そして、きっと未練も無念も無かったのだろう。サソリはそんな男だ。


「馬鹿・・まだ、教わることあったのに。」


ぽたりと雫が頬を滑り落ち、サソリの頬に落ちた。
そのままずるずるとサソリの胸に頭を落とし静かに肩を震わせるに、カンクロウはギョッとして神威を見た。


「も、もしかしてサソリの・・」
「そういうんじゃねぇ、弟子だ。あ、いや、でももしかして俺の知らないところで・・」


小声で交わす会話だがこの静かな空間では勿論の耳に入ってくる。感傷に浸らせることもさせてくれないのかとは顔を上げると涙を拭った。そしてじろりと背後の2人を見る。


「あ、悪りぃ、。・・あ。」


間抜けにも名前を呼んだ神威にはもう脱力するやら呆れるやらでため息をついた。


「いいわよ、もう別に。」


特段これから何かをする訳でもない。しばらくはひっそりと暮らすつもりだ。サソリと共にいた所はサクラ達も知るところにあるし、知られたからといって困る事はない。


「核だけ貰ってくわよ。」


そうカンクロウに告げるとはサソリの体から核を取り出し、腰につけたポーチに入れた。そして、最後にもう一度サソリの顔を見おろす。


?お前、っていうのか?」
「だったら何よ。」


悉く邪魔をしてくれる奴らだ。は我慢できずに舌打ちをした。


「や、報告書に名前がでてただけじゃん・・。」
「そう。」
「お前、ナルト達と同じ班だったんだろ?中忍試験の時見かけなかったけど。」


普通に会話を始めたカンクロウには呆れたように彼を見た。


「だから何なのよ。もう、行くわよ。」


後半は神威に向けていうと、彼はりょーかい、と低く答えての影に潜り込んだ。


「あ、おい待てって!」


カンクロウの制止の声を無視しては最後に掠めるようにサソリの唇に口付けると”跳んだ"。


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2016.12.5