研究室に入ると、クラッカーがはじける音と共に、頭の上にそこから出てきたであろう飾りが乗っかって、は目を瞬かせた。
この時間、教授に絶対来いよ、と念を押されていた為、碁会所に行きたがる佐為を黙らせてきたのだが、これは、何だろうか。
隣の佐為も同様に驚いた顔で固まっている。
「よぉ、タイトル取ったらしいじゃねぇか」
「先生がお祝いしてやろうぜって言い出したんですよ、先輩。」
教授の他に同じゼミにいる先輩、同期、後輩の姿もあり、一同笑顔でを見ている。
「おいおい、そういう事言うなって。」
ばらされて、少しバツが悪そうに教授は頬を掻いた。
「まぁ、何だ。今日は俺の研究室で飲み会だ。秘蔵の酒も持ってきたしな。」
そう言って掲げる一升瓶のラベルには「魔王」と描かれてある。
「あ、ありがとうございます?」
「先輩!これ、どうぞ!」
後輩の女の子が前に出てきて、小さな花束を渡す。
はくすぐったそうに顔を綻ばせてそれを受け取った。
『良かったですね!さん!』
(本来なら佐為に渡すべきなんだけどね)
苦笑しながらも、すっかり出来上がっている宴会の席に促されるまま腰を下ろして、「乾杯」という元気の良い声が研究室に響いた。
時を越えて 番外編
アキラは不満そうに携帯を開いた。
彼女が棋士と大学生という二束の草鞋を履いていて忙しい事は理解している。
しかし、彼女と会ったのはもう一週間も前のことだ。
2日に一回は電話をしているものの、今日は中々出てくれない。
「・・・はぁ・・・。」
彼女がこういう方面に疎いのは理解しているが、これはこれでどうなのかと思う。
もう一度、かけてみようか。
そう思った時、携帯が震えた。
「さん?」
彼女からだ、と慌てて出ると、何やら後ろが騒がしい。
『アキラくん、電話出れなくてごめんねー。』
間延びした声。いつもと様子が可笑しい彼女に、まさか、と思う。
「・・飲んでるんですか?」
時刻は22時。1人で外を歩くには少し危ない。
『んー、そうだね。ちょっと飲みすぎちゃったかなぁー。』
『加賀、彼氏か?』
近くから年上の男の声が聞こえて、アキラは眉を寄せた。
が、すぐに、大学の飲み会であれば、男がいても不思議ではない、と平静を保とうとする。
『そうですよ。先生、うらやましいでしょー。先生彼女に振られたばっかですもんねー。』
『あー、うるせぇうるせぇ!人の生傷を抉るなって!』
『あ!』
彼女の抗議するような声が聞こえたと同時に、がさがさと携帯が動く音が聞こえてくる。
『あー、加賀の彼氏だな?すまん、ちっと飲ませすぎたみてぇで引き取りに来てやってくれないか?こいつの家、誰もしらねぇんだよな。』
先生、と呼ばれていた割に、若く感じる。
「分かりました。大学に行けば良いですか?」
『あぁ、人文学部の玄関前に来てくれ。』
『先生!私を差し置いてアキラ君と話すなんて!男の嫉妬は見苦しいぞ!!』
『あぁ!?馬鹿言ってんじゃねぇーって、こら、そいつに酒渡すなって!水渡せ!水!!』
『でも先生。今日は先輩のお祝いでしょ?さぁさぁ、どうぞ主賓なんですから思う存分・・・』
ぷつりと携帯が途切れる。
状況は大体把握できた。
彼女が先週末獲ったタイトルのお祝いに飲んでいた、というところだろう。
アキラはため息を付いて立ち上がった。
大学までは車で20分程度。晩酌をしなくて良かったと思いながら車のキーを手に取った。
大学の校門の傍に車を停め、アキラは携帯でに連絡をしながら車を出た。
何度か此処には彼女を迎えに来た事があるため、人文学部棟の場所は知っている。
「あ、アキラです。着きました。」
『あぁ、悪ィな。今行く。』
出たのは、先ほどの男で、それを不快に感じるものの、相手は教師だと自分に言い聞かせた。
足早に人文学部棟の玄関に向かうと、丁度人が2人中から出てくるのが見えた。
長身の男とシルエットでも分かる見慣れた女性。
「さん!」
彼女は男に手を借りながらも近くの花壇に腰掛けた。
「あれ、アキラ君だ。」
「さっき電話しただろうが。ったく。酔っ払いめ。」
かちり、とライターの音がして、男がタバコを吸い始めた。
「で、噂の彼氏、アキラ君か。悪ぃな、いきなり呼びつけて。」
「いえ、こちらこそ、ご迷惑をかけたみたいで。」
へらへらと上機嫌で笑っているは笑顔でアキラを見上げるものだから、アキラは困ったように笑って男を見た。
「こいつの担当教官の黒崎だ。そんな怖い顔すんなって。」
からからと笑う黒崎も酒が入っているのだろう、少し顔が赤い。
「ほら、この前、こいつがタイトル獲っただろ?その祝いに酒盛りしてたんだがな。」
「えぇ、何となく、分かります。」
アキラはの手を引いて立たせると、彼女はふらふらとしながらも立ち上がった。
「次はお前も来いよ。連れて帰る奴がいねぇと、な。」
「・・良いんですか?」
「その代わりあいつらから色々質問されるだろうな。まぁ、にぎやかで悪くはねぇと思うぜ。」
そう笑いながら、黒崎は紫煙を吐き出した。
「では、次はご一緒させてください。」
「佐為も一緒に飲めれば良いのにね。」
「佐為?」
が口走った言葉に、黒崎は聞き返した。
「あぁ、友人ですよ。では、私はこれで。」
「おう、気をつけてな。」
ひらひらと手をふる黒崎に一礼をして、アキラはを引っ張った。
「・・飲みすぎですよ、さん。」
「えへへ、ごめんなさーい。」
全く反省していない様子にアキラは苦笑する。
ちらりと彼女の周りを見るが、佐為はこの場にいるのだろうか。
「佐為もいるよ。ね。」
そう話しかけるものの、彼の姿は見えない。
この場で佐為と話す訳にもいかず、アキラは急いで車に乗り込んだ。
助手席にこしかけたは後ろを振り向いて手を伸ばす。
『すみません、アキラくん。止めても中々飲むのを止めないものですから・・・。』
「いいですよ。」
「佐為、家に戻ったら飲みなおす?」
『私は飲めませんよ。アキラくんに付き合ってもらってください。』
の視線がアキラに向く。
「ってことで、コンビにでお酒買って行こうか。」
「駄目ですよ。明日二日酔いできつい思いをするのはさんですから。」
「あー、言ったなー。」
けらけらと笑うは負けないぞーと意気込んでいるが、すぐに眠くなったのか目を擦り始めた。
「着いたら起こします。寝てて良いですよ。」
「うん。ありがとう。」
そう呟くように言って、はすぐに寝息を立てはじめた。
アキラと佐為のため息が重なる。
『まぁ、でも、嬉しかったんでしょう。』
「みたいですね。・・・・あ、ちゃんと言ってませんでした。」
丁度信号が赤に変わり、車を止めると、アキラは振り向いた。
「タイトル、おめでとうございます。次は負けませんよ。」
それに驚いたように佐為は目を見開くとすぐに笑って扇子で口元を隠した。
『えぇ、望むところです。』
彼は今では自他称に佐為のライバルだ。
次のタイトル戦ではどうなることやら。
『・・・まぁ、暫くはさんも研究で忙しいみたいですからね。次はもう少し後だと思いますが、また打ちましょう。』
「えぇ、父も来月帰ってきます。打ちたがっていましたよ。」
こう、彼と笑って話せるのものお陰だ。
アキラはの顔を覗き込むと少し笑った。
お祝いはお酒と共に
2013.5.23 執筆