Dreaming

時を超えて #6

一日の終わりを告げる鐘の音が響く。
今日一日そわそわしていた佐為はいよいよかと目を輝かせてを見た。
はというと、その視線にはいはいと頷いて、帰り支度をさっさと済ませる。


『今日、塔矢がいると良いのですが・・・』

(誰がいてもいなくても、制限時間2時間だからね。)

『十分です。ありがとうございます。』


水曜日。唯一補講のないこの日は、いつもよりこの時間に下校する生徒が多い。
時々通りかかるクラスメートと挨拶を交わしながら、校門へと向かう。


『そういえば、さんは部活には入らないんですか?』


今日、クラスメートがどこの部活に入るという話を聞いていたからだろう。
はううん、と考えて、首を横に振った。


(部活は、定期的にちゃんと出なきゃ行けないし、余り拘束されるのは嫌だからね。)


校門を出たところで、佐為はふと気づいた。


『昨日は気づきませんでしたけど、海王高等学校ってもしや塔矢の通っていた・・・』

(あぁ、そうそう、うち、中高一貫で中等部の時は塔矢さんいたよ。とは言っても一つ上の学年だし、塔矢さん自体あまり人付き合いが無いみたいだったから話した事は無いけど。)

『そうだったんですね。』


もう良いだろう、と校門に背を向けて、先週訪れた碁会所へと向かった。






















「はーい、いらっしゃ・・・・ちゃん!」


ちりん、という音に、営業スマイルで振り向いた晴美は、だと気づいて驚いて彼女の名前を大きく呼んだ。
やっぱり日曜のアレがいけなかっただろうか、と佐為と目を見合わせる。その間にも晴美はわざわざカウンターの中から出てきて心配そうにを見た。


「もう大丈夫なの?」

「はい、ちょっと食べ過ぎたのがいけなかったんだと思うんですよ。翌日はもうすっかり元気で。」


そう言いながらいつも通り紙に記入して、に気づいて手をふっている深山の所へと向かった。
ざっと見たところ、今日はアキラはいないようだ。


「もう大丈夫なのかい?」

「すっかり。お騒がせしました。」


答えながら、隣の椅子に荷物を置く。


「今日は指導碁を頼むよ。日曜の若先生との対局を見たが、あれには恐れ入った。」

「ホント。ちゃんがまさかアキラくんと競るくらいの打ち手だなんて、知らなかったわ。」


晴美はそう言いながらお茶を出してくれる。


「そういえば、ちゃんって海王高校だったのね。今日制服見て驚いちゃった。」


言われては自分の制服を見た。
まだ着慣れていない制服だが、中学と似たようなデザインの制服に矢張り愛着は少なからずある。


「若先生も海王だったが・・・」

「中学の時、塔矢さんは一つ上の学年でしたよ。話した事は無かったんですけど。」


数十分前にも、同じような話をしたなぁ、と少しおかしく感じながらも同じ説明を繰り返す。
佐為は皆考える事は同じですねと笑った。


「そうなのね。あ、帰る時は声かけてね。もう5時半でしょ?帰る頃には暗くなってるわ。」

「え?そんな、土曜も日曜も送ってもらったのに・・・」

「いーのいーの!」


断ろうにも、晴美はもう向こうに行ってしまった。


『お言葉に甘えましょうよ。』

(・・・佐為は早く打ちたいだけでしょ。)


指摘すると、佐為はごまかすように笑っていて、は座り直した。


「晴美ちゃんも、同性のお客さんが来てくれて嬉しいんだろうね。」

「確かに、ここで他の女性のお客さんって見た事無いですね。」


そう言いながら、佐為の指す方へと石を打つ。


「此処だけの話、一時期、若先生目当ての女性客が増えたんだが、そいういう人は晴美ちゃんが追い払っちゃってねぇ・・・。」


それはもうすごい剣幕だったよと笑いながら、深山も石を打つ。


(なるほどね)

『前から彼女は塔矢贔屓のようですからね』

(あ、そっか。佐為は前、何度か来た事あるのか。)


その時はきっと前憑いていた、ヒカルという少年と来たのだろう。
そう考えると、縁の深い碁会所なのかもしれない。


「それにしてもちゃん、最初に比べて打ち方が様になったね。」

「あぁ・・・これは、その、知人が余りにも打ち方が情けないんで特訓されて・・・。」

『良かったですね、さん。』


やっぱり特訓して良かったですね。という言葉には余り頷きたくはなかったが、矢張りほめられるのは嬉しいということで、小さく頷く。
が、その時の1手がちょっときつかった様で。


「おっと・・・そう来ますか・・・。」


深山は唸りながら考え込んだ。











結局、あの後4名と打った頃には8時前になり、は慌てて席を立った。
家に門限というものは無いし、今朝、遅くなるということは伝えてあるが、8時を超えるのはちょっとまずい。


「じゃ、行こうか。」


察した晴美が車のキーを持って出て来た。
車だと20分程度で着く(電車だと乗り換えやら何やらで結局40分くらいかかってしまう)。
は有り難く送って頂くことにした。


「それにしても、残念だったわね。今日アキラくんがいなくて。」


車に乗り込みながら言われて、が頷く前に佐為が勢い良く頷く。


「今地方対局に出てるから、今週の土曜も来れないらしいのよ。」

『そうなんですか・・・。』


後ろで落ち込む佐為の声を聞きながら、も残念そうに相づちを打つ。


「アキラくんもちゃんと打ちたがってたから、今度アキラくんがいるときに来れれば良いんだけど・・・あ、そうだわ!」


そう言って、晴美は車を止めると、メモ帳にさらさらと自分の電話番号とアドレスを書いた。


「私の連絡先。もし良かったらちゃんのももらって良い?アキラくんがいる時に連絡するわ。」

「良いですよ。」


そう言って、受け取ったメモに自分の電話番号とアドレスを書いた。


「アキラくんが連絡先知りたがってたから、もしかしたら教えちゃうかもしれないけど、大丈夫?」

「え?あ、はい。大丈夫ですけど・・・。」


そう言いながら、数時間前、深山に聞いた話を思い出す。
余りアキラに近づきすぎない方が良さそうだと思った矢先のこの話に、違和感を感じて首を傾げた。


「ふふ、もしかして、深山さんの話、気にしてるの?」

「あれ、聞こえてたんですか?あの話。」

「聞こえてたわよー!」


あははと豪快に笑って、晴美はちらりとを見た。


「ほら、アキラくんって奇麗な顔してるでしょ?」

「はぁ・・」


確かに、奇麗な顔をしてはいるが、と、晴美のうっとりするような表情に軽く引く。


「真剣に碁をしているところに、ミーハーな子達が押し掛けて来るのには我慢できなくて、ちょっと、ね。」

『まぁ、確かにさんの場合はミーハーでは無いですよね。あぁ、それ以前に、塔矢なんて眼中に無いんですからね。』


後半は、晴美に抗議するように言っているが、当然ながら聞こえていない。
は苦笑しながら晴美を見た。


「塔矢さんも、晴美さんみたいな人が近くにいてくれて心強いでしょうね。」

「あ、そう思う?やっぱり?」


もう、ちゃんたら上手なんだから!と言いながらいつの間にか家の目の前に到着していて、車が止まる。


「到着ー♪」

「ありがとうございます。」


時計を見ると、8時10分。
ぎりぎりセーフ、かな、と思いながら車を出る。


「本当にありがとうございました。」

「いいのよ。次はいつ来れるの?」


間髪入れずに佐為が『土曜です』と答えるので、そう伝えると晴美は嬉しそうに笑った。

















家に入ると、鉄男が立っていて、佐為と共にぎょっとする。


「あ、ただいま。」

「おう、遅ぇじゃねぇか。」


低い声に、少し機嫌が悪いな、と感じる。
それにしても、家に入った途端、待ち構えられるというのは・・・


(びっくりしたー)

『びっくりしましたね』


苛々とした様子の鉄男に、はため息をついた。
両親はが早熟だったこともあってか、遅くなるとき、事前に話していればそう目くじらを立てる事は無いが、鉄男はちょっと違う。


「・・・今日はお兄ちゃんは早いね。」

「バイトが無かったからな。」


週の8割、鉄男は家に帰って来るのが遅い。
バイトだったり、飲み会だったり、友達と遊んでいたり。
よりによって今日早く帰って来ているとは運が悪い。


「何してたんだ?」

「うーん、ちょっと碁を。」

「碁だぁ?」


何で今更、と鉄男が問いつめるのを背に受けながらダイニングに入った。


「あら、お帰り。ご飯にする?」

「うん。お願い。」


テレビを見ていた母親は立ち上がって夕食の準備をする。
はそのまま冷蔵庫へと向かった。


「おい、」

「最近、ちょっと興味を持って、碁会所の人に教えてもらってるの。水曜と土曜にね。」


それを耳聡く聞きつけたのは父だった。


、碁を始めたのか?」

「うん。あ、お父さんとは打たないけどね。」


父はそう言われて、肩を落とした。
碁の好きな父な事だ、娘が始めたならば打ちたいに決まっている。
しかし、は全く碁が打てない。
佐為が代わりに打ったとしたら、プロになれと五月蝿くなるかもしれない。
悪いが、今プロになる気はさらさら無かった。


「ほら、鉄男。とご飯食べるんでしょ?」

「ん?あぁ。食う。」


すぐに配膳される夕食に、と鉄男はテーブルについた。