Dreaming
時を超えて #4
きつい。結構きついよ、晴美さん。
はコーヒーを飲みながら心の中で呟いた。
アキラから向けられるのは不審気な視線で、は目が合うととりあえず笑っておいた。
しかも、佐為が興奮しているせいか、自分も落ち着かない。
くそう、昼食くらいゆっくり取らせてよ!と思うのも無理は無いだろう。
「こちら、さん。昨日と今日と来てくれてるんだけど、凄ごいの!手つきはちょっと危なっかしいんだけど、とっても上手いのよ!」
「あ、ありがとうございます?」
ほめられてるんだか、そうじゃないんだか。いやきっと褒めてくれているんだろう。
『手つきは危なっかしいらしいですよ。練習ですね!』
(はいはい)
佐為がなぜか嬉々としていうものだから、ちょっと引きながらもおざなりな返事を返しておいた。
「今のところ、うちの碁会所で負けなしよね。ちゃん。」
「あぁ・・・はぁ、まぁ・・・。」
『当然です!ねぇ、さん!』
実際に自分の力では無いのだから、おおっぴろげに言うのは憚られる、とは謙遜するように苦笑いをするが、アキラはそれに興味を持ったように、を見た。あの碁会所の常連にはそこそこ強い人もいる。みたところ自分とあまり変わらない歳なのに純粋に驚いた。
「それは凄いですね。」
「なんでもずっとネット碁だったらしくて、対面で対局するのはうちが初めてらしいの!」
「へぇ・・!」
益々興味を持った様子の彼にはげんなりするが、佐為としては、それほど彼と打てる可能性が高くなるのだから、上機嫌だ。
(ちょ、ちょっと、佐為、気持ち落ち着かせて!引きずられるでしょ!!)
佐為は、以前、ヒカルの時も、憑いて暫くは体調を崩していたことを思い出して慌てた。
『はっ、はい!すみません!』
とは言ったものの、そわそわしているのが分かって、は結局ゆっくり美味しく昼食を頂くことが出来ない。もちろん佐為のせいだけではないのだが。
「ネット碁、ですか?」
アキラからそう問われて、もぐもぐとスパゲティを食べていたは慌てて口の中のものを飲み込んだ。
「はい。ちょっと前から。」
「最初は進藤くんみたいだったって深山さん言ってたわよ。あのたどたどしい手つきの割に、凄い碁を打つって!」
アキラはそれにさらに目を光らせた。
「進藤みたい?」
『そうでしょうとも!あの時も私でしたから!』
(・・・話が見えないんだけど、佐為。)
佐為が当時のことを話すのを聞きながら、スパゲティを食べていると、再び声をかけられる。
ゆっくり食べさせてくれとは言えず、晴美に顔を向けた。
「そういえば、ちゃんていくつなの?」
「私ですか?今年で16になりますけど・・・。」
「あら、アキラくんの方が一つ上なのね。てっきり・・・。」
言葉の先は聞かなくても分かっている。
転生してからというもの、幾度となく言われたものだ。
「良く言われるんですよ。まぁ、そのうち年相応になるとは思うんですけどね。」
「凄くしっかりしてて、顔つきも大人びてるものだから・・・あ、てことは高校1年生?」
頷く頃には、私はようやくスパゲッティを食べ終えていた。
二人はあれだけ話していたというのに(とは言っても主に話していたのは晴美だが)、私よりも少し早く食べ終わっていた。
お昼代を出そうとすれば、二人に「学生なんだから」と押し切らてしまう。
年上の晴美は良いが、アキラは年齢で言えば自分よりも一つ下。
少し情けないなぁ、とぼんやり思いながらも、そのまま碁会所へ向かう。
(佐為、お願いだから落ち着いて、ね?)
『あぁ、はい、すみません。気をつけます。』
と言いながらも、佐為の目は既に碁盤へ向かっていて、厳しい空気が漂う。
「置き石は3つで良いですか?」
『不要です!』
いつぞやと同じようにそう言い張る声にはどうしたものかと頭をひねる。
話を聞く限り、プロである彼に互戦を申し込むのは気が引けるが。
『さん、』
気は引けるが、仕方が無い、と重い口を開いた。
「塔矢さん、本当にすみません。気を悪くしないで欲しいんですけど、互戦で、お願いできないでしょうか?」
言いたくないなぁ、と思いながら言っているのが分かるの言葉にアキラはきょとんとした後、小さく笑った。
いつかの彼・・・進藤のようだ。態度は随分違うが。
「良いですよ。あ、じゃぁ先手でどうぞ。」
『ありがとうございます!さん!』
(お礼は塔矢さんに言ってよ。)
そう言いながら、佐為の指す方へ石を打つ。
いつもにも増して厳しい目をするものだ、と佐為の表情を盗み見て、何故か自分の身も引き締まる。
同時に押し寄せる佐為の熱には思わず眉を寄せた。
昨日、今日と打っていても、そんなに影響を受けることが無かった佐為の思い。
それに、初めて影響されている。
(それほどまでに、彼との対戦を心待ちにしてたってことね。)
だとしたら、運が良い。
何せ、彼が再び蘇って2日後にそれが叶ったのだから。
「これは・・・」
アキラは、侮っていた、と後悔していた。
これは、はじめから全力で当たらなければならなかった相手だ。
さらに、彼の打ち筋と錯覚してしまう程の腕。
この時、アキラは無意識のうちに、が女性であったからかその可能性を切り捨てていた。
彼女がsaiであるということの、可能性を。
(信じられない・・・まさか、アマで、しかもこの歳でこれほど打てる人がいるとは・・・!)
数名の野次馬も、その光景に口数がだんだんと少なくなった。
とは言っても、アキラはプロ。まさか負けるはずが無い、という思いと、もしかしたら、という思い。
様々な思いの中、誰もがこの対局の行方を気にしていた。
しかし、中盤にさしかかりそうな時、がたりと音が鳴った。
アキラは最初何の音か分からなかったが、視線を上げると、真っ青な顔で口元を抑えているの姿があった。
『さん!すみません!!』
佐為も遅れて気づいておろおろとの周りをうろうろとする。
「大丈夫!?」
「あ、はい、ちょっと気持ち悪くて・・・・」
きつい、と思わず溢れた涙に、アキラもぎょっとして立ち上がった。
「・・・あの、すみません、今日はちょっと、帰ります。」
「だ、大丈夫ですか?」
アキラは気遣うように声をかけながら、彼女の体を支えた。
吐き気が酷い。取りあえず、座って、というアキラに支えられて、少し広めのソファに腰掛けた。
「市河さん、お願いできますか?」
「あ、あぁ!勿論!」
車、回して来るわ!と晴美が出て行って、申し訳ない、と思うと再び涙が出て来そうだった。
『さん!さん!大丈夫ですか!?』
佐為まで泣き出しそうな声で言うので、少しおかしくて、小さく笑うと、アキラの不思議そうな顔と目が合う。
(ちょっとすれば治るよ。きっと。)
そう、心の中で佐為に声をかけると、ようやく佐為は落ち着いたようだった。
「すみません。具合が悪いのに気づかなくて・・・。」
「・・・いえ、こちらこそ、途中で、ごめんなさい。」
対局中の彼の目を思い出す。
彼も佐為との対局を楽しんでいた。彼にも佐為にも悪い事をしたな、と瞳をつむると、再び涙が溢れた。
生理的なもので、余り意味は無いのに、慌てるアキラが少し面白い。
「今、言うのは不謹慎かもしれませんが、今度、また打って下さい。」
「・・・え?」
ぼそぼそと小さく言ったので少し聞き取り辛い。
は再び目を開いてアキラを見た。
「次は、最初から全力でかかります。」
対戦者として見る目に、は少しびっくりした後、笑った。
「そうだね。」
『また打ってくれるんですか?』
おずおずと言い辛そうな声に、ちらりと佐為を見ると、責任を感じているのか、落ち込んでいるのが分かる。
(今日はまだ、憑いて2日目。不安定だったんでしょ?時間を置いてなら問題無いよ。)
少し嘔吐感も落ち着いて来たところに、晴美が降りて来て、家まで送ってくれた。
本当に悪い事をした、と謝ると、快活に笑われて、また来てねと言うので頷くしかない。
その日、は死んだように眠った。