名前の売れている3人が出場するからか、会場には観客も多く訪れていた。
いつもとは違う緊張感。それほど大きな棋戦ではないのに、は固く口を結ぶ。
(先ずは1戦目)
そう思いながら、対局相手を見た後、少し離れた場所にいるヒカルとアキラを見た。
(勝たなきゃね、佐為。)
『えぇ。』
力強く佐為は頷いて、座布団の横に座った。
「「よろしくお願いします」」
対局相手との声が重なり、1戦目が始まる。
ヒカルとアキラも別の場所で対局をそろそろ始めるらしい。
もう、2人の姿は無かった。
時を越えて #30
順当に勝ち上がったは、ヒカルとアキラの様子をモニターで眺めた。
次、アキラが勝てば、と当たる。そして、その後、ヒカルが勝ち上がれば、ヒカルと対局することになる。
だが、自分も少し時間がかかったのだが、彼らも同様に時間が掛かっているようだった。
ヒカルと当たるのは明日になるかもしれない。
(次の対局まで時間あるし、ちょっと外に行こうか。)
佐為はまだ2人の様子を見たいようだったが、頷いての後ろに続いた。
(2人と当たるのが待ち遠しい?)
『はい。』
佐為はすぐに頷いた。
『まずは、アキラ君を下さねば。彼も目を見張るほどの成長を続けています。』
(ライバルが多くて大変だね、佐為)
『私は大歓迎です。』
本当に、いつまでたっても碁にかける思いは熱い。
それが、少しだけうらやましく感じた。
1時間後、会場に戻ると、アキラとヒカルは予想通り勝っていた。
これで次はアキラと対局することになる。
次の対局まで10分とちょっと。
はまっすぐに対局を行う部屋へ向かった。
「さん」
部屋につくと、アキラが声をかけてくる。少し気まずい。
「次はアキラ君とだね。」
「負けませんよ。」
先に宣戦布告をされてしまった。
『私とて、負けるつもりはありません。』
「・・・私も、負けるつもりは無いよ。」
アキラはすぐにその言葉が佐為のものだと気づいたのだろう。
ちらり、との横を見た。
記者が面白そうにノートを取っている。
今回の棋戦、若手の三つ巴と書かれそうな気がしてならない。
「対局者は席に。」
声が掛かって、とアキラは碁盤の前に正座した。
その横に佐為も腰を下ろす。
『さん、いきましょう。』
(うん)
空気が変わる。
刺す様に張り詰めたものに。
は目を閉じて息を吸い込んだ。
結果は、佐為の勝利だった。
もう日が暮れてしまっていることにようやく気がついて、は痺れた足を少し崩した。
何時間打っていたのか。
「・・・次は、勝ちます。」
まっすぐに向けられた言葉と目。
碁のことについて碌に知らない自分がこのような場に居ても良いのか、とたまに思う。
『次の対局を楽しみにしていますよ。』
それでも、佐為の代弁者であろうと決断したのは自分だ。
それに、悔いは無い。
「次の対局を楽しみにしています。」
検討に入る。ちらり、と観覧席を見ると、ヒカルの姿が見えた。
あの表情からすると勝ったのだろう。
もう日も暮れている時分。予想通りヒカルとの対局は明日になった。
検討も終わり、そろそろ夕食を取ろうと思うが、今日は1人で取りたい気分だった。
それを察したのだろう。アキラとヒカルは夕食を誘うことはしなかった。
とういうよりも、彼らも1人で夕食を食べたい気分だったのかもしれない。
「明日は、いよいよヒカル君とだね。」
一日2局打っただけなのに、この疲労感は何だろうか。
急遽取れたホテルの一室。はごろんとベッドに横になった。
『全力で行きます。』
明日、ヒカルと対局すれば終わりだが、今後はもっと時間がかかるものが増えていくだろう。。
体力も付けないと、もたないかもしれない。
「・・・佐為、少し散歩しようか。」
『そうですね。』
いつもなら、こんな時間に危ない、というのに、佐為は同意した。
彼も、少し息抜きがしたいのだろう。
決戦前夜
2013.5.6 執筆