後期の試験も終わり、春休みが始まった。
その間にプロ棋戦にも参加し、、というか佐為の無敗記録は尚も記録更新中だ。
インタビューの仕事は数多く寄せられてくるが、基本的に棋戦の勝者に求められるインタビューと日本棋院からどうしても、と言われるインタビュー以外は断るようにしている。
「・・・これで、アキラ君と付き合ってることがバレたら、また色々書き立てられそうね。」
つい最近参加した棋戦の勝者インタビューが載っている雑誌をめくりながら苦笑交じりに言う。
「僕は別に構いませんけど。」
「えー、たぶん大変だよ。アキラ君人気あるから。」
雑誌を閉じてテーブルに置く。
『さん、次はこれに出ましょう。』
アキラと話をしていると、佐為がプロ棋戦一覧の一部を指し示す。
は一覧を受け取って日程を確認した。
「ぎりぎり大丈夫、かなぁ・・・。」
4月の頭。たいがい、授業の1回目は出欠を取ることは無い。
必須のゼミさえクできれば、出られないことも無いだろう。
『神奈川はそこまで遠く無いですし・・・。』
「明日、教授の所に相談しに行ってみる。」
2年からは実験も始まる。
幸い、実験も、必須のゼミもの担当教官が教鞭を取る。
確か、3、4年生の論文執筆組みが休み中も平日は大学に缶詰している為、教授も大学にいるだろう。
「アキラ君はこれ、出るの?」
「さんが出るなら、考えてみます。」
時を越えて #29
は佐為と共に担当教官の研究室を訪れていた。
「・・・・ということで、ゼミと実験の授業、1回目だけ休むことを許可して頂きたいんですが・・・。」
「そういや、お前、プロ棋士だったな。」
担当教官はコーヒーの入ったマグカップをの前に出した。
「ありがとうございます。」
礼を言ってマグカップに手を伸ばす。
彼の研究室はいつもコーヒーの匂いで充満している。相当のコーヒー好きのようだ。
「まぁ、1回目は概要を説明するだけだからな。説明に使うパワポは送るから、それ読んどけ。」
「あ、いいんですか?」
まさか、本当にOKが出るとは思わなかった。
後ろの佐為はぴょんぴょん跳ねながら「ありがとうございます!教授殿!」と喜んでいる。
「本当はいけないが、まぁ1回目だからな。その代わり優勝しろよ。」
にやり、と笑うこの担当教官がは嫌いではなかった。
いつもけだるげに授業をするものの、彼の授業は面白い。
『勿論です!』
「・・・善戦します。」
意気込む佐為を尻目に控えめに答えると、佐為が憤慨したようにに話しかけてくるが、それをスルーする。
「あぁ、あと、ゼミでは1コマで3人、既存の論文を読んでその概要を纏めて発表してもらう。これから自分達で論文を書いていく時の先行研究になりそうなものを見つけて行くんだが、いくつかお前もピックアップしとけよ。今回欠席を許すんだからお前はトップバッターだ。」
からからと笑いながら彼は言うものだから、は、ははは、と乾いた笑いを返した。
「心理学研究、認知心理学研究、パーソナリティ心理学研究辺りの雑誌を見りゃ、何かしらあるだろ。」
「前、お話しましたが、私は対人比較について研究しようと思ってます。」
教授はそれを聞いて、そうだったな、と呟いてパソコンに手を伸ばした。
「丁度、この前対人比較の論文を見たな・・・後で送る。」
「ありがとうございます。」
はコーヒーを飲み干すと立ち上がった。
「あ、最初の飲み会は参加必須だからな。」
「分かりました。」
苦笑して、は研究室を後にした。
『さん!やりましたね!』
(そうだね。先生にも優勝しろって言われたし、頑張らないとね、佐為。)
『勿論です!』
携帯を取り出して、アキラに、参加の許しが出たことをメールで報告する。
本当に、気の良い教授でよかった。
「・・・・あ、明後日行洋さん帰って来るって。お誘いが来てる。」
メールを送信し終えるとメールボックスに行洋からのメールが来ている事に気づいてメールを確認する。
佐為の返事は聞くまでも無い。
『さん!是非行きましょう!』
(そういうと思った。)
佐為に言葉を返すと同時に了承の旨をメールに綴って送信した。
今回のプロ棋戦には、どうやらアキラだけではなく、ヒカルも参加すると聞いている。
プロ棋戦で2人と対局するのは初めてだ。
「ちょっと緊張するね。相手があの2人だと思うと。」
そう言いながら佐為を見ると、彼は嬉しそうに笑って返した。
「たぶん、アキラ君もだけど、ヒカル君は特に果敢に来ると思うよ。なんたって、佐為はヒカル君の目標らしいからね。」
茶化すように付け加えると、佐為は「返り討ちにします」と目を光らせるものだから、怖い。
は佐為の代わりに碁を打つだけとは言え、あの独特な空間には何度打っても緊張する。
『まだ、ヒカルに私は超えさせません。』
強い意志を覗かせる目に、は荷物を手に取った。
「そろそろ行こうか。」
『はい』
対局は10時から始まる。
まだ朝の早い時間。平日だからか、通勤途中の会社員が多く駅に集まる。
人がぎゅうぎゅうに詰まった電車に辟易しながらも、会場についたのは9時過ぎだった。
出来れば対局前は2人に会いたくない。
何と声をかけて良いか分からないからだ。
幸い、控え室は別。は控え室に付くと備え付けのポットでお茶を入れた。
佐為も少し緊張しているのか、言葉を発しない。
なんとなく、は今回の棋戦が一つの区切りになるのだと感じていた。
それは、と佐為だけではなく、アキラとヒカルにとっても。
2人と公式戦で対局して、ようやくと佐為は2人と同じ土俵に立つことになるのだ、と。
「加賀さん、そろそろ時間ですよ。」
ノックをした後、入ってきたスタッフの女性にと佐為は立ち上がった。
決戦前夜
2013.5.6 執筆