外来のプロ試験は案外人が多く、は驚いて回りを見回した。


「あ。」


そして目に入ったのは、見知った2人の姿。
勿論、目立たない筈が無く、周りからざわざわと声が波紋のように広がっていく。


「2人とも、どうかしたの?」
「いや、お前なら心配ないとは思うんだけどさ、一応気合入れに。」


気合を入れにだなんて、彼らしい言い訳だ。


「終わったら連絡下さい。3人でご飯食べに行きましょう。」


は頷いて、にこりと笑った。











時を越えて #27














勿論、は全勝だった。
あの2人が来たことで注目は浴びていたが、さらに全勝という事実がそれに拍車をかける。


(・・・居心地悪い・・・)


さっさと帰ってしまおう、と携帯でメールを打つと、近くのカフェに避難する。


(お疲れ様でした。さん。)
(お疲れも何も、全部佐為がやってくれたから、そんなに疲れては無いよ。)


答えながら、運ばれてきたカフェラテを喉に流し込んだ。


(それでも、長時間の対局は体力的に疲れるものです。)


確かに、あの時間正座するのは少し辛かった。
しかし、石が並んでいるのを見るのはつまらないものではないし、今後のことを考えるには、静かで良い環境だ(だなんて言ったら怒られそうだが)。


「お、いたいた。」


カフェラテが無くなる頃、入ってきた2人に、は伝票を掴んで立ち上がった。


「食事ですが、ここから少し歩きますが、大丈夫ですか?」


支払いを済ませるとアキラから声をかけられて、頷く。


「つーか、全勝だったんだろ?ったく、予想はしてたけどさ。容赦無いよなぁ。」
(全力でかかるのが誠意というものです。)


ヒカルは佐為が見えていない筈なのに、彼がいそうな場所に目をやりながら話すものだから、思わず佐為も返してしまう。


「今日は個室のお店なので、4人で話が出来ますよ。」
(本当ですか!アキラさん、ありがとうございます!!)


ぴょんぴょんと飛び跳ねながらアキラに礼を言う佐為に代わって、も「佐為が凄く喜んでる」と伝えた。
そして辿りついたお店たるや、立派な門構えなもので、は少し足を固まらせる。


「今日はお祝いですからね。奮発しちゃいました。」
「俺らの奢りだから遠慮すんなって。」


そうは言われても、ここ、いくらするんだろうと不安になる。
着物を着た仲居さんに案内されたのは、畳の部屋。まるで旅館の一室だ。


「・・・・・なるほど。確かにこれなら佐為も話せる。」


料理も最初に一気に出して貰うようにしていた為、料理が並べられた後、すぐに佐為はの肩に手をやった。


「じゃぁ、、佐為お疲れ様ってことで。」


勿論未成年なので、おのおのウーロン茶を手にしている。
かつんとグラスの音が響いた。


さん、プロ試験、全勝おめでとうございます。」
「ありがとう。まぁ、頑張ったのはほとんど佐為だけどね。」


苦笑しながら佐為を見ると、彼は充実さを滲ませるように微笑む。


『楽しかったです。将来が楽しみな者達ばかりでした。』
「次は私が頑張る番だね。」
「センター試験、か。」


呟いたアキラに、頷いた。


『でも、さん。この前の模試も上位に入っていましたし、きっと大丈夫ですよ。』


それに驚いたのはヒカルだった。


「え、ってそんな頭良かったんだ。」
「・・・・・失礼ね・・・・。」


むすりとしながら返すを佐為とアキラで宥める。


「大学行きながらプロ棋士やるってマジだったのかよ。」
「うん。だからプロの対局には長期休暇の時くらいしか最初は参加しない予定。」
「もったいねー!!」


ヒカルの口からおひたしの一部が飛び出てくる。
は思い切り顔をゆがめた。


『ヒカル!汚いですよ!!』


彼と静かに食事が出来るとは思っていなかったが、まさか、そんな醜態を見せられるとは。
ため息を付いて、は刺身に箸を伸ばした。



















家までの道をアキラと歩く。
佐為は少しだけヒカルの部屋で筆談をしてくると言って、のもっていたノートとペンを持っていってしまった。


「まずは次の秋にある新人王戦ですね。」
「秋か・・・。それには出たいね。ちょっと大学側と調整することになりそうだけど。」


夏と春が纏まって休みがある。できればその時期にある対局に出たいというのが本音だ。


「・・・やっぱり、ちょっと欲張りかな。」


自問自答するような呟きは、アキラの耳にはっきりと聞こえた。


「・・・さんなら、きっと両立できます。出来ることをやるのは、欲張りじゃない。出来ない人がやるから、後から欲張りって言われるんですよ。」


極論だ。
まさか、彼がこんなことを言うとは思わなかったが、少し前向きになる。


「うん、そうだね。佐為もいるし、きっと何とかなる。あ、勿論アキラ君とヒカル君もね。」


こういう時、真っ先に出てくる名前が佐為であることに、少しだけ胸が痛む。
四六時中一緒にいて、前世からの付き合いであれば、仕方が無い事だとは思うのだが。


「公私共に、支えになります。」


は、少しプロポーズみたいだな、と思いながらも、頷いた。






家の前にたどり着くと、そこには鉄男が不機嫌そうに立っていた。


「あれ、お兄ちゃん。何してるの、そんな所で。」
「おい、進藤は何で一緒じゃねぇんだよ。」


問いには答えず、鉄男はじろりとアキラを睨みつけながら言った。


「進藤は、家が別方向だったので・・・。」
「進藤の野郎・・・送るとか言っておきながら・・・って、塔矢か?お前。」


明かりが照らすその顔には見覚えがある。
鉄男はアキラとを交互に見た。


「えぇ、そうですが。」
「・・・・まぁ良い。ほら、。さっさと家に入れ。そしてお前も帰れ。」


しっしっと手で払うような仕草に、アキラも少し眉を寄せるが、頭を下げて家へと向かった。


「ちょっと。何あれ。」
「ったく、あれがお前の彼氏か?碁を始めたのもあいつの影響って訳かよ。」


気に食わねぇ、と呟きながら乱暴に靴を脱ぎ捨てる兄を目で咎めるが、彼は全く堪えた様子も見せずに自分の部屋へと向かっていってしまった。








プロ試験



2013.4.29 執筆