付き合って変わったことと言えば、取りとめもないメールをするようになったのと、偶に佐為抜きで会うようになった事。
が少し柔らかい笑みをアキラに向けるようになった事。
後は、鉄男が何やら追求するように食い下がってくるようになった事だろうか。
「おい、。お前、何か変わったよな。」
夕食前、携帯を見ていたはそう言われて顔を上げた。
視線の先には、頬杖を付いて不機嫌そうに自分を見る鉄男の姿がある。
「・・・・・・変な虫でも付いたか。」
「はぁ?」
良く分からないことを言う鉄男に首を傾げた。
時を越えて #26
いつの間にか高校3年にあがり、進路希望調査なんてものが来ている。
は、さて、どうしようかと考えながらもその紙をかばんにしまった。
「ねーねー、ちゃん、あっちゃん、進路希望どーする?」
見るからに、何も考えてないのに!という表情の友人には笑った。
「東京の国立かな。私立に比べればお金かからないし、家からも通えるし。」
「あー、そうだよねぇ。ちゃん頭良いもの。あっちゃんは?」
問われた友人も笑っている。
「あたしは工学部。もちろん東京ね。」
「えぇー。私、どーしよ!」
唸りながら彼女は自分の席に戻っていった。
(碁のことも考えなきゃ・・・。)
ため息をついて、は立ち上がる。
放課後、受験生は自席に残って勉強している人が多い。
「あれ、。帰るの?」
「うん。また明日ね。」
気をつけてね。と背中に言葉を受けつつ、教室を出た。
(大学、というものに行きながら、プロになるのは可能なんでしょうか・・・)
(さぁ、どうだろう。アキラ君に少し聞いてみないことには分からないかな。)
とは言っても、少し前に相談したことはある。
の予想では、プロ棋戦の時期だけ学校を休めれば何とかなると思っている。
佐為には申し訳ないが、恐らく大学にいる期間は余りプロ棋戦に参加することは出来ないかもしれないが、プロになればおのずとプロ棋士の知り合いの輪は広がるだろう。
暫くはその輪の中での対局と少しのプロ棋戦で我慢して貰うしかない。
そしてとしては、碁についてだけではなく、大学についても考えなければいけないのだ。
将来的には棋士になる為、別段職に直結しなくても問題ない。つまり、純粋に趣味で選べば良いのだ。
(明後日、アキラ君もお休みって言ってたから、相談しに行こうか。行洋さんもいるって言ってたよ。)
(本当ですか!?)
行洋は本拠地を中国としているため、中々会う機会が無い。
佐為は嬉しそうに目を輝かせた。
アキラの家に着くと、挨拶もそこそこに、佐為と行洋は対局を始めた。
は佐為と手をつなげる距離に座りその隣にアキラもいる。
「進路希望、ですか。」
この2人の緊迫する対局を目の前に会話が出来る人なんて、とアキラくらいだろう。
「前言った通り、大学行きながらプロ棋士になろうと思ってるんだよね。まぁ、周りから叩かれるだろうけど、そこは佐為が頑張って勝ちまくれば良い訳だし。」
彼女らしい言い方にアキラは笑った。
「だったら、外来のプロ試験を受けて、授業を開けられる時期にプロ棋戦に参加するというのが良いでしょうね。」
「そうね。何せ、大学は一年の半分が休みだし。」
そう言いながらはお茶を口に運んだ。
「さんがプロになれば、他の棋士の方にも紹介し易くなります。プライベートで打つ機会も作れるかもしれません。」
「それ、いいね。」
少し会話が途切れて、アキラは碁盤を見つめ、は大学紹介の冊子を取り出した。
もう入りたい分野は決まっている。そして、東京で国立という条件も入れば、選択肢はそう多く無い。
「心理学、ですか?」
「うん。社会心理学か心理学で行こうと思ってる。滑り止めに私立は2校受けるけど、本命は国立かな。」
願書の提出までまだ時間はある。
「勉強、しなきゃな・・・。」
ぽつりと呟いた。
「佐為さんから成績は良いと聞いてますよ?」
「まぁ、そこそこ、かな。」
いつのまに2人は話をしていたのだろう。
2年前のあのが家出をした一件以来、佐為とアキラは偶に筆談でがいない時にも話をしているらしい。
「それにしても、さんがプロ入りするのが楽しみです。きっと注目されますよ。saiとの関係性とか、誰の弟子か、とか。」
「えぇ・・・。余り目立ちたく無いんだけどなぁ・・・。あ、そうだ。行洋さんの弟子とか言うことにすれば良いかもね。」
自分の名前が出てきて、行洋がぴくりと表情を動かした。
「それだと、saiの打ち筋に瓜二つのさんが弟子にいるのに、ネット碁でsaiと父さんが対決することになった事に違和感を感じる人がいると思います。」
「え、そんなに有名なの?」
「知る人ぞ、知る対局です。」
予想以上に面倒だと嘆息した。
「素直に昔からネット碁やってました。saiという名前で。ってことにしようかな。師は本因坊秀作の棋譜ですって。」
「意外と、それが一番しっくり来るかもしれませんね。」
丁度、対局が終わったようだ。
悔しがる佐為の姿に、は珍しい、と呟いた。
(私のことは、余り気にしなくて良いんですよ、さん。)
帰り道、突然そう言われては佐為を見上げた。
(いいの。佐為が私の所に来た時からこうしようと思ってたし。佐為はいや?)
(まさか!・・・ですが、今でも十分時間を割いてくれているのに、これ以上迷惑をかける訳にも・・・)
何だ、そんなことを気にしているのか、とは大きくため息をついた。
(私の将来計画、佐為の碁で稼いでいくようになってるんだけど、今から考え直すもの大変だなぁー。)
(えっ!)
(まぁ、佐為がどうしても嫌っていうなら、考え直すけどね。)
佐為は慌てての前に回りこみながら、ぴょんぴょんと跳ねる。
(さん!いえ、考え直さなくて大丈夫です!私に任せてください!!)
佐為の慌てように、くすくすとは笑った。
(じゃぁ、よろしくね)
そう言うと、佐為は感極まったように目を潤ませた。
あ、やばい。こんなこと前もあった。と思うのが早いか、佐為が飛び込んでくるのが早いか。
(さんーーー!ありがとうございます!!)
飛び込んでくる佐為の体重を支えきれず、は道の真ん中で盛大にこけた。
進路希望
2013.4.26 執筆