碁以外の事で、自分からメールをするのは初めてかもしれない。
今更だが、緊張する、と固い手でメールを打つ。


”お返事がしたいので、空いている日を教えてください”


普段はタメ口なのに、メールとなると丁寧語になってしまうから不思議なものだ。
佐為は新しい棋譜に夢中でこちらに見向きもしない。暢気な奴め、と心の中で悪態をつく。


「・・・はぁ。」


気持ちは決まったと言っても、緊張する。
とりあえず忘れてしまおうと携帯をベッドの上に放ったものの、すぐにメール着信の知らせが耳に入って、携帯を手に取った。











時を越えて #25














アキラは、急いでいた。
彼女からメールが来たのは一昨日のこと。
運悪く地方に出向いていたため、すぐに返事を聞きたいのを我慢して、東京に戻る今日までなんとか堪えた。


新幹線から降りて、荷物を引きずったまま、まっすぐ公園へ向かう。


(いた・・)


見知った制服姿の彼女を見つけて、アキラは足を止めると深呼吸をした。
彼女とは良好な関係を築いているつもりだったが、彼女にとって自分が付き合う対象として見られているかはかなり微妙だった。
返事は早く聞きたいが、矢張り怖い。


意を決して足を進めると、が気づいて立ち上がった。


「すみません、お待たせしてしまって。」
「あ、いや、そんなに待ってないから大丈夫。」


いつもどおり笑う彼女に少し安心する。


「それにしても、凄い荷物だね。」


指摘されて、アキラは苦笑した。


「・・・実は、早く返事が聞きたくて、東京に戻ってきてすぐ来たんですよ。」


そう、ばつが悪そうに言うと、は笑った。
せっかちになる彼もまた珍しいものだ。


「えぇっと、なんていうか、時間を置いて返事するっていうのが初めてだから、どう切り出せば良いか分からないんだけど・・・。」


困ったように笑ってはベンチに座ったので、アキラもスーツケースを置いて、横に腰掛ける。
こくり、と思わず喉が鳴った。


「・・・・・・・喜んで、っていうのが返事になるのかな。」


返事は決まっていたものの、具体的に何と言うかは決めていなかったので、少し言葉に詰まった末にそう言うと、アキラは目を瞬かせた。


「本当ですか!?」
「・・・こういうことで嘘はつかないよ。」


照れ隠しにそう言って、はうつむいた。
耳が少し赤い。
自然とアキラの顔がほころんだ。


「あらかじめ言っておくけど、付き合ったからってこれからどう変わるのか良く分からないんだけど・・・。」
「僕もですよ。」


え、てっきりモテるもんだと、とがアキラの顔を見ると、彼は手を伸ばした。
いきなりのことに、硬直する。


「好きです。」


ぎゅう、と抱きしめられるものの、どうして良いか分からない。
は、あー、うー、と唸った後、そっと彼の背に手をやった。


「・・私も、だと思う。」


いつもは大人びている彼女も恋愛面となると、年相応になる。
アキラは楽しそうに笑った。



『おめでとうございます!さん!!!』


そんな2人の空気を壊したのは佐為だった。
は慌ててアキラから離れる。


「さ、佐為!いつから・・・!」
『さっきです。』


にこにこと笑う佐為は本当に喜んでいるようだ。
アキラはの目線の先を辿った。


『アキラくんも、おめでとうございます!』


アキラは握られる手の感触に目を瞬かせた。
ぶんぶんと自分の手は上下に動くが、いかんせん、今のアキラには佐為は見えない。


「あぁ、そっか。私が触ったものには触れるっていうのは人にも該当するのね。」


へぇ、といつもの調子で観察するにアキラは苦笑する。


「佐為さん、ありがとうございます。」


彼が喜びをあらわにしているのを感じ取ったのだろう。アキラは素直に礼を言った。






















『これで、晴れて恋愛結婚ってやつですね!』


は思わずお茶を零しかけたが、なんとか堪える。
先ほどアキラと別れたは佐為と共に部屋にいるのだが、当人よりも佐為の興奮が収まらない。


「け、結婚ってそんな気が早い・・・。」


ティッシュで口元を拭きながら、じろりと佐為を見た。


『アキラくんでしたら私は賛成ですよ!』
「・・・・・聞いてる?佐為。」
『勿論!!』


あぁ、これは暫く話にならないな、と判断したは立ち上がった。


『どこに行くんですか?』


ごそごそとパジャマを引っ張り出す。


「お風呂。その間に佐為が落ち着いてくれると嬉しいんだけど。」
『失礼な、私はいつだって落ち着いています。』


はいはい、と生返事をして部屋を出る。
確かに恋愛結婚がしたいとは前、ぽつりと零したが、まだ自分は学生の身だ。アキラだって結婚には早いだろう。


「・・・・」


ふと、公園で抱きしめられたことを思い出して、顔が熱を持つ。


「・・・なーに一人で百面相してんだ。」
「うわっ!な、何でもない。」


鉄男がいることに気づかなかったは驚いて声をあげると、ふい、と顔を背けて歩き出した。
彼にばれると色々と面倒だ。


「・・・・何か隠してやがるな・・・。」


鉄男はじっとの後姿を見つめた。
少し前まで悩んでいたように見えたが、今は随分と元気が良いように見える。


「・・・まさか!」


浮かび上がってきた一つの推測に鉄男は顔を顰めた。







付き合い始めました



2013.4.23 執筆