深夜1時。
辺りは深い闇に包まれていて、当たり前だが終電なんて終わっている。
運よく捕まえたタクシーに乗り、駅前に向かった3人は、ホテルに宿泊することにした(当然、1つの部屋にするか2つの部屋にするのかでとアキラが揉めたのは言うまでもない)。
結局がもったいないの一言で1つの部屋を取り、入ったのは良いのだが・・・。
「はぁ・・・」
未だに土地の影響かどうか知らないが、佐為が見える(勿論、他の人には見えないようだった)アキラは、ため息をついて佐為を見た。
「一応3人ということを差し引いても、結婚前の男女が同じ部屋だなんて、さんは、全く・・・」
『ま、まぁ、さんは昔から恥じらいというものが少し欠けていましたからねぇ・・・』
陰陽師としての仕事の際に、宿が取れなかったからと言って、同僚と雑魚寝した話を昔聞いた時は時呉と共に正座して説教をしたこともあるが、あの時彼女は、自分に適う者が居るはずもないとからから笑ってかわしていた。
『でも、私は今回、3人で良かったと思いますよ。そのほうがお話できますし。』
あ、でも、と佐為は少し心配そうにアキラを見た。
『好意を抱いてる女性と同じ部屋で一夜を明かすのは少し辛いかもしれませんね。』
それにぎょっとしたのはアキラだ。
なぜ、知っているのだろうか。てっきりそういう方面は疎いと思っていたのに。
考えていることが分かったのか、佐為はセンスで口元を隠しながらにこにことした。
『見てれば分かりますよ。まぁ、おそらくヒカルは気づいていないでしょうが・・・あ、もちろんさんもです。彼女は自分に関したことはとことん疎いですからね。』
目元が楽しそうに細められている。
アキラは未だかつて無い状況にどうしたものかと、くしゃりと髪をかきあげた。
『でも、私は嬉しいんです。前、さんが結婚したときは、その、政略結婚といいますか、意に沿わない相手との婚儀でしたので。特にさんは天皇の孫という立場上、選ぶ権利が全くなくて・・・。』
それは初耳だ。というか、天皇の孫だって?
アキラは耳を疑った。
『がんばってくださいね。』
私は応援してますよ!と握りこぶしを作る佐為に、なんと言ってよいかわからず、アキラはあいまいに頷いた。
時を越えて #22
明け方まで3人で語り合い(途中から二人が囲碁の話に熱中し始めたので、はうつらうつらと舟をこいでいたが)、寝不足気味では家にたどり着いた。
一応家には友人の家に泊まると連絡を入れている。
だが、兄は変なところで鋭いのだ。
「ただいま」
そう言って靴を脱いで、ふらふらと自分の部屋に入ると、バッグを投げ捨ててベッドに転がった。
少しは寝たが、矢張り足りない。
「おい、入るぞ」
兄の声だ。矢張り、何か勘付いたか。
はのろりと顔を上げた。
ベッドの脇では佐為が心配そうにを見ている。
「・・・朝帰りとは、いい身分じゃねぇか。」
ずかずかと入ってきた鉄男はを見下ろした。
「なんだ、悩みは解決したみてぇだな。」
たっぷりとの顔を眺めたあと、そう言うと、鉄男はベッドのすぐ傍に腰を下ろした。
そしてわしゃわしゃとの髪を撫で回す。
「お袋には友達の家とか言ってたが・・・・あぁ、もういい。」
眠そうに目をこすると鉄男は、あー、と唸った。
「もう、何も聞かねぇよ、とりあえず、寝ろ。」
そう言ってぎこちなく頭を撫で始めたのを感じながら、は目を閉じた。
こんな年にもなって、兄に頭を撫でられながら寝るなんて、とは思うが、もう目を開けていられない程眠かったのだ。
すぐに静かな寝息を立てて寝始めたを見て、鉄男は口を開いた。
「・・・・俺には、お前が見えねぇ。」
唐突に言われた言葉に、佐為は自分に向けられたものなのか一瞬分からずに目を瞬かせた。
「少し前から、のところにいるのは知ってたが、なんだろうな。見えねぇし、声も聞こえねぇのに、」
なんと言ったらいいのか、自分でも分からないのか、鉄男は少し言葉を詰まらせた。
「俺は、お前を知ってる気がする。」
小さくつぶやかれた言葉に、佐為は目を見開いた。
『時呉・・・』
彼に記憶は無い筈だ。そして姿かたちさえも昔とは変わってしまっている。
唯一共通点を挙げるとすれば、その鋭い目つきだろうか。
「まぁ、そんなこたぁ、どーでもいい。」
鉄男はの頭を撫でている手の反対側で自分の頭をがしがしと掻いた。
「は昔から、そういう者が視える奴だったからな。でも、一緒にいるのは初めてだ。お前のこと、気に入ってんだろうな。」
佐為の声は届かない。
黙って聞くしかなかった。
「なんつーか、これからも仲良くしてやってくれよ。って、幽霊に言うのも変だけどよ。」
はは、と小さく笑って、鉄男は立ち上がった。
はすっかり眠っていて起きない。
『時呉・・・私は、できることなら、また、貴方と友になりたかった。』
それはかなわない願いだ。
彼には前世の記憶は無いし、が引き合わせたとしても、友人関係を築くのは難しい。
いや、もしかしたら、自分の姿を見て、話をすることで彼の記憶が蘇ることがあるかもしれない。
佐為は思い立ってかぶりを振った。
のように、元々前世の記憶を持っている場合は別として、いきなり記憶を呼び覚ますと、二つの人格が別個に確立され、障りがある可能性もある。
佐為は祈るようにそっと目を閉じた。
『次の・・・来世で』
佐為が目を開けると、もう鉄男は部屋にいなかった。
親友