部屋には佐為と2人。
気遣うような視線が、痛い。
『私は、さんを恨んでなど、いませんよ。時呉だって同じです。』
「・・うん。」
深呼吸をして、は立ち上がった。
「ちょっと、散歩行って来るね。」
気まずい雰囲気。
夢の中だけで完結してくれれば良かったのに、何でこんなことに、と寝言を言っていた自分を恨んだが後の祭り。
は逃げるように部屋から出た。
時を超えて #20
財布と携帯だけ持って、ぶらぶらと道を歩く。
公園へ向かうと休日の昼間だけあって、小学生が公園で遊んでいる。
「はー。」
溜め息をついてベンチに腰掛けた。
完全に自分の中の問題だ。鉄男だって昔の記憶を持っている訳では無いし、佐為はの失態を全く気にしていない。
自分だけ、過去にとらわれている気がして、もどかしい。
(でも、この記憶を消して欲しいとも思わない)
全てには意味がある。
自分が記憶を持ったまま生まれ変わったのも、佐為とこの世で巡り会ったのも。
問題は、この状況下で自分がどう動けるかなのだ。
「さん?」
考えを巡らせていると聞こえて来た覚えのある声に、はっと顔を上げた。
「顔色が悪いですよ?大丈夫ですか?」
駆け寄って来た彼に、は苦笑して手をひらひらと振った。
「全然。そんな事より珍しいね、アキラさん。散歩?」
そう問い返すと、アキラはばつが悪そうに笑って、運動不足なもので、と答えた。
そうは言っても全くそう見えない体形に首を傾げる。
「必要そうには見えないけど。」
「ありがとうございます。」
アキラは答えながらの横に腰掛けた。
「さんこそ、珍しいですね。1人で散歩なんて。」
佐為が居ないのに気づいたのだろう。
彼は、本当に人の仕草をよく観察している。
「うん、まぁね。」
の様子は昨日会った時もおかしかった。
家に来た時も、その後うたた寝をした時も様子がおかしかった。
兄がどうのこうの、と言っていたがどういうことだろうかと思うものの、の雰囲気からもアキラの性格からも、聞きだすのは難しい。
「・・なんか、ごめんね。昨日も変な所見せちゃったし。」
そのアキラの心情に気づいてかどうかは知らないが、はそう告げて俯いた。
「あ、いえ。それは構わないんですが・・・その、心配で。今日も疲れてるみたいですし。」
「うー、ん。そうだね。」
確かに疲れている。
見たくも無い過去の記憶に苛まれて、更に、その過去に深く関わりのある2人と接することを要される。
決して嫌いではないのに、正直顔を合わせたくは無い。
「・・さんは、1人で頑張り過ぎなんだと思いますよ。」
困った様に眉を寄せたアキラはそうぽつりとこぼした。
「何でも話せる訳じゃないのは分かっています。それでも、さんが悩んでいるのなら、僕は力になりたいと思いますし、佐為さんもきっとそうです。」
分かっている、とでもいうように、は溜め息をついた。
「・・・佐為が入水自殺するのを、私は止められたのに止められなかった。」
知らずのうちに手に力が篭る。
「いや、そもそも、佐為が流刑になるのだって、私がちゃんと動いていれば無かったかもしれない。」
このまま自分の心のうちを全て吐露してしまいそうで、は慌てて立ち上がった。
これは自分の問題だ。
「ごめん、ちょっと今日、私、変だ。」
「あ、さん」
顔を見ずに、またね、と告げて足早く公園を去る彼女の後ろ姿を見つめて、アキラは息を吐き出した。
過去の話しは詳しく聞いていない。
それでも、昨日の状況と、今日の会話から、彼女が過去にわだかまりを感じて今までそれを持ち続けているのは分かる。
(話してくれれば、良いのに)
そうしたら一緒にどうするべきか考えることもできるし、その前に話すだけでも楽になれることもある。
それを言う暇も無く、去って行ってしまった今ではどうする事も出来無いのだが。
アキラは何とも言えない気持ちのまま、ゆっくりと家に向かって歩き出した。
今日は久しぶりに家族全員が揃っていた。
昨日中国から帰って来たばかりの父は少し疲れたような顔をしていたが、何か言いたそうにアキラに視線が向かっていて、アキラは箸を止めた。
「さんは、次、いつ来る予定だ?」
明子は行洋から出て来た名前に目をぱちぱちさせて、くすくすと笑った。
相当珍しいのだろう。
「貴方、もう、2人の邪魔をするなんて野暮だわ。ねぇ、アキラさん。」
それにアキラは苦笑して躱す。
しかし、そこで思い立つ。彼女はいつ来るのだろうか、と。
「さんは、そうですね・・・後で連絡を取ってみます。」
「あぁ、頼む。」
相変わらず明子は笑っている。
「ほんとに、2人ともさんが好きね。私も好きだけれど、さんが来る時はいっつも碁のお部屋に篭ってしまって・・・今度お茶でも誘ってみようかしら。」
彼女の何気ない言葉に、何と返して良いか分からず、アキラと行洋は目を見合わせた。
そうこうしている間に食べ終わり、アキラは自分の部屋へと向かった。
いつもの自分の部屋だ。
しかし、何か、違う気がする。
と思った時、机の上の紙とペンが独りでに動き出して、思わず身構えた。
それに気づいたのか、良く分からない何かは慌てたように紙面に『私です、佐為です』と書き足したものだから、アキラは肩の力を抜いた。
そう言えば、あの紙とペンはが触っていたものだ。
彼女の触ったものは触れる、逆に言えばそれしか触れないのは便利なのか便利じゃないのか・・・。
「それにしても、どうしたんですか?」
しかし、こんな一人で佐為が此処を訪れるなんて初めての事だ。
何かあったのだろうかと思うのと同時に、の姿が思い浮かぶ。
『さんが、帰って来なくて・・・あぁ、家の方には友人の家に泊まると連絡があったようなのですが、少し、心配で。連絡を取って頂けないでしょうか。』
昨日からの彼女の様子から心配するのも無理は無い。
事実、自分も今心配しているのだから。
「わかりました。」
ポケットから携帯を取り出して、電話帳から彼女の名前を探し出すと、すぐに通話ボタンを押した。
電子音を聞きながらも佐為がいるのであろう空間に視線をやる。
姿は全く見えないが、きっと困り果てた顔をしているのだろう。
「・・・はい。」
たっぷりとコール音が続いた後、出た声は何時も通りの声。
「えぇと・・あ、父がまた打ちたいみたいで」
「あぁ、うん。来週にでも行くよ。」
電話口から聞こえて来るのは彼女の声と遠くから海の音。
それにアキラは眉を寄せた。時刻は20時を回っている。
「・・・今、外にいるんですか?」
電話の向こうの空気が、固まったような気がした。
「・・うん、ちょっと用事があって。」
「さん、今、どこに・・」
問いつめようとすると、彼女はそれを遮って口を開いた。
「ごめん、アキラさん、ちょっと今手が離せなくて。また連絡するね。」
そうして、一方的に切られて、聞こえて来るのは電子音のみ。
こんな強引に会話を終わらせるなんて、彼女らしくない。
アキラはもう一度かけ直したが、電源を切ったのか、聞こえて来るのは機械的な女性の声だけだ。
「電源、切られてしまったみたいですね・・。」
それを聞いて浮き上がったペンに、アキラは紙を見た。
彼女が今の状況にある理由を知っているのは、今の所、恐らく目の前の佐為だけだ。
一体、過去に何があったというのだろうか。
『昔、私はある人物の謀略に嵌り、流刑となりました。』
懺悔 (1)