Dreaming
時を超えて #2
話を聞き終えたは、ため息をついた。
目の前にいる佐為は子犬のような目で見つめてくるものだからたちが悪い。
「・・・プロ、ねぇ・・・。」
聞く限り、佐為の願いをかなえる為には、プロの棋士になるしかないようだ。
はペットボトルの蓋を開けて水をごくりとのどに流し込んだ。
「まぁ、良いけど、学校はやめないよ。だからプロになるのは高校卒業後。」
『・・分かりました。』
聞く話によると、プロになると結構なハードスケジュール。
高校に通いながらとなるときついだろう。
現状を良く知らないので何とも言えないが、大学ならば、比較的自由に時間を使える。
何しろ、一年の半分が休みだ。
「取りあえず、院生?とやらになれば良いの?」
『ほ、本当にやってくれるんですか!?』
あんなに座学は苦手で、嫌っていたのに!と続けて言うと、睨まれた。
「まぁ、前世の記憶持ったまま生まれ変わって、佐為と出会ったのも何かの縁でしょ。可能な限り協力するよ。」
そう言っては立ち上がった。
佐為もつられて立ち上がる。
「朝ご飯食べて、碁を打てる場所に行こうか。今日暇だし、付き合うよ。」
『さんー!!』
「うわっ」
感極まって抱きつく佐為には壁に頭をぶつけた。
佐為ははっと笑顔を固まらせる。
忘れていた。は自分に触れられるのだ。
碁会所に入ると、漂う煙草の匂いに思わず眉を寄せた。
別に嫌いな訳ではないが、好きでもない。
「あら、初めて見る顔ね。」
ひと好きのする笑顔の女性に迎えられ、は笑顔を浮かべた。
「名前書いて下さいね。ここは初めて?」
「はい。」
聞かれながら差し出した紙に名前を書いて、その隣の欄を見て、首を傾げる。
(棋力?棋力って何よ、佐為。)
『そうですね・・』
「良く分からないようだったら、そこは良いわよ。もしかして対局したこと無いとか?」
「あぁ・・・まぁ、そんなところです。」
難しい質問だ、と思いながらも曖昧に笑っていると、女性は笑顔で席に案内してくれた。
「私は市河晴美。晴美で良いわよ。」
「です。」
そう言うと、晴美はにこにこと笑顔でを見た。
「もう、こんな可愛い子が来るなんて中々無いから嬉しい!さ、ここよ。」
「ありがとうございます。」
晴美は向かいに座っている男性に視線を向けた。
「この子、対局初めてらしいから、よろしくね、深山さん。」
「おう。嬢ちゃん、よろしくな!」
気の良さそうなおじさん。
は会釈して返した。
「さて、置き石はいくつくらいが良いかね・・・」
『不要です。』
ぱちり、と扇子を閉じた佐為の表情は好戦的で、思わず囲碁馬鹿と心の中で呟く。
勿論、それが聞こえている佐為は反論してくるが、それを無視しては深山に向かって口を開いた。
「すみません、恐れ多いのは分かっているんですが、一度置き石なしでやってみたくて・・・駄目ですかね。」
「いや、良いよ、良いよ。初めてだもんな。一度互戦でやってみるのも良いだろう。」
とは言いつつも、少しむっとしているのが読み取れる。
他に何か良い言い方があったかと考えてみるが、思い浮かばなくて。
「あ、じゃぁちゃんは先手で打たして貰いなさいよ、ね?」
フォローするように晴美に言われ、は頷いた。
(打ち方くらい教えてもらうんだった)
ぱし、と打つ深山の打ち方を見ながらそう思う。
昔。遥か昔に少しだけ打つ機会はあったが、体は全く覚えていない。
『帰ったら練習しましょうね』
そう言いながら扇子で指す方へ石を置く。
その様子を見守っていた晴美は、だんだんと笑顔がこわばるのを感じた。
打ち方は素人なのに、この打ち筋。信じられない、と。
相手をしている深山もそれを感じているのか、だんだん唸る声があがり始める。
(・・・まぁ、佐為の取り柄は碁しか無いからね、負けると目も当てられないというか・・・。)
『ひどいです、さん。』
と思いつつも、これでは相手に申し訳ない。
次来る時は、打ち方だけは立派になっておくから。と心の中で告げて、佐為の指すままに石を置き続けた。
「ま、負けました・・・。」
がっくりと肩を落とす深山に、も頭を下げた。
そうしながらも、佐為に抗議する。
(もっと僅差で勝つとかあったでしょうが)
『あ、いや、つい、久しぶりだったものですから・・・。』
佐為はそういって笑う。再び碁を打てて嬉しいのだろう。
「す、すごいわ!ちゃん!!」
「びっくりしたよ。本当に初めて?」
そう二人から詰め寄られて、はひくりと頬を引きつらせた。
(ほら!)
『あ!ネット碁ですよ!ネット碁をしていたと言えばきっと・・・!!』
ネット碁?そんなものがあるのか。と関心しながら、佐為の言う通りに口を開く。
「私、今までネット碁はしてたんですけど、実際に人と対面してやるのは初めてで・・・。」
「へぇー、ネット碁ね。」
「はい。そろそろ、対面で打ってみたいと思っていたところに、此処を見つけたんです。」
「そうだったのね!」
なるほど、と納得して、晴美はお茶を出した。
どうやら、ずっと出すタイミングを計っていたらしい。
「で、どうだった?初の対面での対局は。」
「緊張しました。」
と、笑いながら言うと、晴美は可愛いと大騒ぎ。
『良く言いますよ・・。』
(じゃないと不自然でしょ?)
『そうですけど・・・』
受け取ったお茶を飲むのもつかの間、が勝ったと聞いて盤面を見ていた数名に対局を申し込まれ、もう疲れたから帰ろうとするのを佐為が引き止めて結局あと5名と対局することとなってしまった。
「ちゃん、また来てね。」
「おうよ、勝ち逃げは許さねぇぞ!」
広瀬にもそう言われ、は苦笑しながら、また来ますと告げた。
「あ!もう遅いから送ってくわよ?」
「大丈夫です。悪いですし。」
そう言うものの、晴美はエプロンを脱ぎ始めている。
「もう、遠慮なんていらないわよ。ほら、こっち。」
悪いですし。と言ったのが悪かったようだ。
駐車場に連れて行かれた先には彼女の車。
タイミング良く降って来た雨に、乗るしか無かった。
(良いのかなぁ・・)
『余り良くは無いと思いますが・・・』
佐為は後部座席に座っている。
「ほんと、また来てね。皆ちゃんと対戦できて嬉しそうだったし。」
「いえ、こちらこそ、良い経験になりました。」
「あ、そうだ。今度アキラくんが来るから打ってもらうと良いわよ。ちゃんすごく強いみたいだし。」
「アキラくん、ですか?」
誰だろうと首を傾げると、ニコニコとした晴美の言葉と佐為の言葉が重なった。
「塔矢アキラくんよ!」
『塔矢アキラですか!』
二人とも知っているようだが、自分は知らない。誰だろうか。
「え、知らないの!!??」
再びが首を傾げると、悲鳴のような晴美の声が聞こえた。