中間考査は2日間かけて行われる。
今週の木曜と金曜に迫ったテストを前に、碁に勤しむ訳にはいかず、真面目に教科書を開いた。
『ヒカルの時もテストはありましたが、さんは余り慌てていないんですね。』
英語の単語・熟語を暗記しているところに声をかけられて、は笑った。
「一応普段やってるしね。毎回の小テストも真面目にやってるし。」
『テストの前はもっと、こう、焦るものだと思っていました。』
それを聞いて、ヒカルがどんな生活を送っていたのか若干想像がついた。
大抵のクラスに数名、そういう同級生はいるものだ。
とは言っても、テストが嫌なものに変わりは無く、憂鬱なテスト期間には溜め息をついた。
時を超えて #12
終わったー、と、机に突っ伏す。
『お疲れさまです。』
なでなでと頭に触れる手に、は何時までたっても子供扱いするやつだと佐為を見上げた。
その表情に気づいたのか、彼はおやと眉を動かすと小さく笑い始めた。
(全く、いつまでも子供扱いするんだから。)
はそう言いながら鞄に荷物を詰め始めた。
『親にとって子供はいつまでも子供だと良く言うじゃありませんか。』
(うーん、言いたい事は分かる。)
彼にとって自分はいつまでたっても妹のような存在で、子供だということなのだろう。
「ー、遊びにいこ!」
声をかけられて、は声の主を見た。
目の前に立っている同級生ははちきれんばかりの笑顔。余程テストが終わったのが嬉しいのだろう。
『さん、私は先に家に帰っていますね。』
佐為はに耳打ちすると、そそくさと教室から立ち去ってしまった。
気を使わせてしまったのだろう。
「良いよ。」
たまには良いか、と頷くと、同級生はよっしと拳を握った。
「今日は歌うぞぉー!」
「あ、カラオケ?」
「もち!」
ストレス発散にはカラオケが一番!と胸を張って言った彼女はもう一人の仲の良い友人へ声をかけている。
思えば、友人と遊びに出かけるのは随分と久しぶりかもしれない。
「お待たせ!早く行こ!」
そう急かされてのろりと立ち上がった。
家に帰る途中、ばったりと彼に出くわしてしまった。
アキラは驚いた様にを見て、そして、腕時計を見て、顔を顰めた。
つられても自分の腕時計を見ると、時間は夜の10時30分。
「こんな時間に女性の一人歩きは危ないですよ。」
そう言って、アキラはの目の前に立った。
彼の視線が咎めているようで、はばつが悪そうに笑った。
「いつもこんな時間まで?」
「あぁ・・いや、今日はテスト終わりだから、特別。」
送ります。と促す彼に、は足を進めた。
「アキラさんこそ、遅いね。」
「最近、夜は歩いて帰るようにしてるんです。」
話をきくと、一つ前の駅で降りて歩いているらしい。
運動不足なんです、と笑いながら言う彼は確かに可愛い。
(晴美さんが溺愛するのも分かるかも)
会う度に一度はアキラの話をしてくる晴美を思い出して、今度彼女に同意してみようかと思った。
「・・・あれ、今日は佐為さんはいないんですか?」
アキラに尋ねられて、は驚いたように眼を瞬かせた。
彼に、佐為は見えていないはずだ。
「よく、分かったね。うん。今日は友達と遊ぶから、気を利かせて先に帰っちゃった。」
「やっぱり。佐為さんがいるときは、さん、斜め上を気にしていますから。」
「え、ほんとに?」
笑顔で頷くアキラに、は気づかなかったなぁと漏らした。
「あ、でも、気にならない程度ですよ。」
事実、アキラも、彼女に佐為の存在を明かされるまでは、の斜め上を見上げるのは考える時の癖だと思っていた。
「なら良いんだけど。」
ほっと胸を撫で下ろして、はバックを抱え直す。
「それにしても、中間考査か・・・」
「懐かしい?」
思い出す仕草に、尋ねると、アキラは頷いた。
彼にとって、学校は余り思い入れがあるものではない(何しろ、学校よりも碁のほうで忙しい毎日を送っていたのだから)。
だが、テストという響きはやはり懐かしく感じてしまう。
「昔は座学って本当に嫌いで。」
小さく呟いたはずなのに、人通りのないこの道ではしっかりと耳に届く。
「よく、兄上と佐為に怒られたなぁー。」
その意外な話に、アキラはを見た。
アキラが会った時の佐為の様子は慌てていたり、綺麗に笑っていたり。怒るというイメージがない。
「佐為さんは優しそうですけど、怒られることがあったんですか?」
「あぁ・・・ああいうタイプが怒ると、ほんと、恐くて。一回兄上と本気で土下座したことあるよ。」
当時を思い出したのか、はぶるりと身体を震わせた。
「何をしたんですか?」
「兄上と本気で喧嘩したとき、兄上は左足のじん帯痛めちゃうし、私は左肩脱臼させちゃって。あ、おまけにあばらも1本位やられた気がする・・・!思い出した、あぁ、もう、今思い出しても腹が立つ。」
はそう言ってぐっと拳を握った。
「兄上が私の楽しみにしてたわらび餅と大福を食べたんだった!」
そんな理由で、そんな危険な喧嘩をしていたのか、とアキラは思わず脱力した。
「・・・っていう話を思い出して、アキラさんと話してたんだけどさ。」
例の、兄弟喧嘩の話をすると、佐為は思い出す様に宙を見て、思い出したのか、「あぁ!」と声をあげた。
『時呉とさんがお菓子で喧嘩したときですね!』
「そうそう。」
『本当に、あの時は呆れてしまいましたよ。二人の屋敷に行ったら、怪我しているお二人がいて、何があったのか聞いたら、兄弟喧嘩の原因がお菓子だなんて言うんですから!』
すっかり思い出した佐為は当時の感情まで呼び起こしてしまったようで、佐為はずずいとの目の前にやってきた。
『もう、本当にびっくりして・・・武芸も良いですけど、程々にしてくださいと、本当に思ったんですよ!』
「あー、うん。そうだね。そんなこと、凄い言われた気がする。」
まずい、とは今更ながら自分でいらないことを言ってしまったことに気がついて、どうにか打開出来ないかと思考を巡らす。
しかし、佐為はというと、そんな彼女の思惑を知ってか知らずか説教の体勢になってしまっている。
『だいたい、お二人はいっつも・・・』
そうして始まった説教。
は何でも良いが、飲み物が欲しいと心の中で呟きながらがしがしと風呂上がりで濡れた髪を拭いた。
『さん、聞いてるんですか!』
「あ、メール。」
佐為が声を荒げると同時に鳴った携帯を手に取る。
「佐為、アキラさんから佐為宛てだよ。」
『え!何ですって!』
佐為は慌てての後ろに回ると彼女の肩に手を添えてひょっこりと顔を肩越しに覗かせた。
その瞳はきらきらと輝いていて、すっかり先ほどのことは頭にないようだ。
(流石アキラさん。良いタイミング。)
『さん!今週は塔矢と。再来週は、あの者と対局出来ると書いてあります!』
「え?・・・あぁ、本当だ。」
すっかりメールの文面への注意が散漫になっていた。
言われてから携帯の画面に視線を向けると、佐為が言った通りに文字が並んでいる。
『こんなに早く対局することが叶うとは!』
嬉しいあまりの佐為の抱擁に、はされるがまま、ぽちぽちとアキラへ返信の文面を作成し始めた。
閑話(テスト)