食後のお茶を3人で楽しんでいた時、の携帯が音を立てた。
反射的に時計を見ると、8時前。
ディスプレイに表示される名前を見なくても誰だかは分かった。
「あー、はい。」
2人に、断ってから電話に出ると、その声は予想通りの声。
「あぁ、うん。まだ友達の家。・・・え、迎え?良いよ、そんなに遠くないし、」
とんとんと肩を叩かれて言葉を止めるて振り向くと、にっこりと笑っている明子の顔、
「アキラさんが送って行くし、大丈夫よ。」
ねぇ、と明子が見た先にはやっぱりアキラがいて、いきなり話題をふられたアキラははっとして頷いた。
それは、悪い。ご馳走にまでなって。と「そんな、悪いです」と言うが、明子は譲る気配が無い。
どうしようか、ここはお願いするべきなのだろうか。と悩んでいると、おい、と電話から聞こえて来た声に、ようやく兄との話に戻った。
「あ、送ってくれるみたいだし、大丈夫だよ。じゃぁね。」
そういって電話を切った。
時を超えて #11
お土産に持たせてくれたクッキーの入った紙袋をぶら下げて、の隣を歩くアキラは今言おうか、どうしようかと悩んでいた。
とは言っても、悩み事をしながら人と話が出来る程器用ではない彼はすぐに言ってしまうのだが。
「さんは、その、佐為さんの為に、囲碁に精通した方と対局したいんですよね。」
家を出てすぐ、唐突に言われた言葉には目を瞬かせた。
何を急に言うのだろうか。
「あぁ、うん。そうだけど。」
「プロは、考えていないんですか?」
問われては少し考えるように、佐為がいるであろう空間を見たり、そうでなかったり。
「余り考えてなかったかな。・・・つい最近まで、院生になれば佐為に打たせてあげれると思ってたから。でも、院生になるのは年齢制限で無理だって知って、」
はぁ、とため息をつく。
その隣で佐為も同じようにため息をついた。
「普通じゃ、佐為が望む人たちと打つことは出来ないから、いつか、プロになろうかとは思ってるけど・・・・。」
「今すぐに、とは思わないんですか?」
佐為はそれを聞いて耳をぴくぴくさせた。
遠慮が邪魔して、自分が直球で聞けなかったことだ。
「うーん・・・高校は卒業したいんだよね。あと、大学にも行ってみたい。」
が前、その生涯を終えたのは21歳だった。
結婚して、子供を産んだ直後、それが原因で命を落としたのだ。
今、自分は16歳。もう、その歳まですぐだ。
「・・・実は私、昔に、やり残したことがあるんだよね。」
の表情は笑っているが、その裏に潜む何かを感じて、アキラは黙っての顔を見つめた。
「何だと思う?」
佐為はがそんな歳で世を去ったことを知らない。
だが、今と昔で環境が随分と違う上に、昔、彼女はその家系ゆえに様々な制限があったことを思い、彼女を見つめる。
「昔、ですか?」
自然と止まった足。
アキラはあごに手をやって考えた。
の昔ということは、幼稚園か小学校だろうか。
「実はね、一番は勉強。」
『・・・確かに、さんは座学は大の苦手で・・・。』
それが今は、と続きそうになる佐為の言葉に苦笑してしまう。
「あとは、同年代の子と話すこと。旅行に行ったりする事。好きな人を作って、恋愛結婚する事。あとは男の子と女の子二人子供を産むこと。あとは・・・」
「ちょ、ちょっと待って下さい。」
あれ、まだあるんだけど。と止めたアキラを見る。
アキラは少し困惑した様子でを見ている。
「昔やり残した事って・・・それはやり残して当たり前じゃないですか。」
「え?」
何で?と問われて、アキラは言いにくそうに口をもごもごさせる。
「あ、いえ・・・結婚は法律で16歳からですし、子供も・・・」
そう言われて、は少し考えた後、ぽんと手を叩いた。
「そっか。私、そこまで話してなかったっけ。」
『・・・そうですね。さんの昔までは・・・。』
あれ、と佐為と顔を見合わせて、は申し訳無さそうにアキラを見た。
「ごめん、何か、誤解させちゃったね。」
その後、の爆弾発言にアキラは危うくお土産を落としそうになった。
「私、実は平安時代に生きてた時の記憶があるんだよね。それで、佐為はその時知り合い。」
少し間を置いて、びっくりした?と言うにアキラは心の中でびっくりしたに決まってる!と叫んだ。
帰り際、また週末に家で対局することを約束して、アキラは一人自分の家へと向かっていた。
プロになれ、といつかの様に言おうと思っていたのに、彼女の暴露ですっかり吹っ飛んでしまった。
(前世の記憶、か・・・。)
たまにテレビでそんなことをやっていたり、本屋で見かけたりするが、どちらかと言うと自分は信じていなかったし、興味も無かった。
今は今で、前世は関係無いと思っていたのだ。
だが、家に到着するまでの間、彼女が佐為の親友の妹で、随分と懇意にしていて兄のように慕っていたという話を聞いたからか、その因果というものを少し信じてしまう。
『いろいろやってみたいから、プロになるとしたら大学に入ってからか、卒業してからか・・・』
そう、佐為を伺いながら彼女は言っていた。
普通なら、そんな生半可な気持ちでプロにはなれるはずが無いと思うところだが、彼女は違う。
囲碁の勉強の時間も余り必要ないし、その実力は既に父と並ぶ程。
(彼女がプロ棋士になれば、凄い事になりそうだな)
特に、saiに異様に執着していた緒方を思い浮かべる。
(・・・とりあえずは、土曜、父さんのスケジュールを聞こう)
出来る事なら、早く父と佐為を対局させてあげたい。
現役を退いた父だが、その腕は全く衰えていない。
それどころか、あのsaiとの対局の後、また違った目線で碁を楽しむ様になり
、幅を広げた気もする。
だが、また再びsaiと打つことを切望していることは知っている。
あの対局を並べて、眺めている時を時たま見かけるのだ。
(勿論、僕も対局するけど)
そう思うのは純粋に佐為との対局を望んでいるからか、それとも・・・。
彼女の話