Dreaming

ステイ・ウィズ・ミィ #5

美味しそうな匂いしてんな。そう声をかけられたのは何回めだろうか。
何人目とも分からない喰種を相手にし終えたはため息をついてその屍を見下ろした。この1区に入った途端こうだ。


「いっくらでも湧いてくんな。」
「大した問題じゃないけどね。」


手に付いた血をティッシュで拭って倒れている男の上に落とした。


「このあたり散歩するのもうやめよ。」


そう踵を返したところで、近くから衝突音が聞こえた。
本当に血の気が多い奴が多いらしい。


「見物しに行くか?」
「嫌だよ。もう帰る。」


ふい、と顔を背けて、音のする方を避けるように歩き出す。


「えー、人間が喰種相手にどんな戦い方すんのか気になるんだけどよ」
「もしかしたら喰種同士で喧嘩してるのかも。」


また、どすんと地響きが低く響きは眉を寄せた。
どうやら複数の場所で争いが起きているようだ。


「人間が戦ってる方に俺は賭ける。」
「ふーん。でも確認しに行かないからこの賭けは成立しないよ。」


方向転換して進むものの、アポロは駄々をこねるように地団駄を踏んだ。


「いーじゃねぇか!もしかしたら什造かもしんねーし。何だかんだ気に入ってんだろ?」
「・・・・それで?」
「もしかしたら危ない目にあってたりして」
「・・・・まぁ、そういう職業みたいだし。」
「つめてぇな。それが家主に対する態度か?」
「・・・・はぁ。」


本当に、仕方がないなぁとため息を大きくついて、は頭を掻いた。


「分かったよ。でもちょっとだけだからね。」
「お!じゃぁはやく行こうぜ!死ぬ前に!」


手を引かれて、あー、うーと唸りながらのろのろと足を進める。
絶をしても匂いでわかるという喰種は、を補足するのに時間がかかるものの、近づくと気づかれる事がたまにある。
大半はスルーしてくれるのが不幸中の幸いか。


「んー、と、よいしょ。」


ぴょんぴょんと壁を、屋根を、フェンスを蹴り、ビルの屋上にある支柱の頂点に足をついた。
路地裏を転々と移動しているのか、土埃が視界の端でいくつか舞う。
それをちろちろと追いながら欠伸をすると、アポロが不満げに声を挙げた。


「ここからじゃ見えねぇだろー!」
「心の目で見る。」
「見えるか!」


すぱんとの頭を叩きながら不平を垂れると、その頭をがしりとが掴んだ。


「うるさいなぁー。喰種に見つかるだけでも厄介なのに、人間の方までに見つかったら面倒でしょ!絶対に見つからない距離で見るのが良いの。」
「見つかったらやっちまえよ。」
「それで什造くんが敵になったら困るでしょうが。」


それにつまらなさそうにアポロは口を尖らせた。
こういう時のにああだこうだ言っても無駄。本当に遠くから傍観するしかないのか、そう思いながら視線を彷徨わせると何かが反射してきらりと光った。

目をこらすと、双眼鏡。しかも持っているのはCCGの制服を着た男だ。


これは良い。アポロは迷わずににかりと笑って手を振った。
相手の表情は全く伺えない距離だが、動揺した様子は見て取れる。
それに気がついたは慌てて支柱から飛び降りて物陰に隠れた。


































くるくると什造の手の中にあるのがクインケなんだと教えてもらって、はそれをまじまじと見た。
少し変わった形の、変わった色を放つナイフだ。何度か見かけたことのある喰種がもつ赫子とそれが結びつかなくて首をかしげた。


「こんなしょぼいのじゃなくって、もっと格好良いヤツが欲しいです・・・」


それを眺めていた什造は口を尖らせた。


「使いやすくて良さそうだけど。ナイフ私も結構使うよ?」
「でも、は格好良い鎌も持ってます。」
「あー、うん。まぁ、ソウカナ。」


いや、今思えばもっと別の形にすれば良かったんだけどなぁなんて考えながらへらりと笑った。


「そういえば、今日、1区にいました?」
「え。」


やっぱりあれは什造だったのかとはたじろいだ。


「一瞬だけ、見えたです。と、もう一人。誰です?」
「気のせいじゃない?」


はぐらかすと什造は目に見えてむっと不快感をあらわにした。


「あんな派手な金髪、気のせいのはずが無いです。」
「・・・ただの知り合い。」
「ただの知り合いとあんな所で何してたんです?」


ずいずいと迫ってくる什造の手には相変わらずサソリが握られていて若干怖い。
思わず後ずさるも、そう広くはない部屋の中。逃げ場はそうない。


「散歩だよ。」
「じゃぁ今度僕も連れて行ってくださいね。」
「えー。」


什造と一緒に喰種がいるような場所にいると面倒臭い。まだの能力(念)についてちゃんと教えているわけではないのだ。
組手をしてもそれとなくはぐらかして、そこまで変なことはしないようにしているのだから。
見られてしまえば、どうやったらそんな風に動けるのか、その鎌を使わせろ、怪我したからまた縫って、それ(念糸縫合)やりかた教えて、などなど。好奇心旺盛な彼は簡単には引き下がらないだろう。


「この前のヤツ、結局一度も成功しなかったですし。」
「だからあれは無理だって。瞬発力が違うんだから。」


と言って、しまったと口をつぐむ。
じとりと恨めしそうに見つめてくる什造の目がをしっかりと捉えたからだ。


さんの足、ください。」


また斜め上の発言だな。即座には首を横に振った。




























別の世界に来たとはいえ、こうも毎日ふらふらとしていちゃ暇が出来るのも事実で。
什造はああ見えて意外とちゃんと会社(?)に行くので、は今日は何をして暇を潰そうかとふらふら外に出た。
最初は文字も文化も違うものだから目新しいものばかりで本や雑誌、ネットで情報を漁るのを苦もなくやっていたが、半年も経つといい加減慣れてくるというものだ。もちろん漢字はまだまだ分からないものが多いが。


「学校とか入ってみようかな。」
「シャルがいれば適当な学校に適当な身分証で入れるんだろうけど、お前、そういうの苦手だしな。」
「ハンター試験みたいなのあれば良いのにね。」


近くで買ったクレープとコーヒーを両手に、ちょうど大きな本屋の前にある花壇の縁に腰掛けて街行く人を観察する。
チョコバナナのクレープは予想どおり変に外れることもなく、劇的な旨さも無い。


「学校かぁ・・・」


本来なら高校に通っている時分。そりゃぁ家庭の事情(主に兄の都合)で学校を数週間休んで仕事の手伝いとか休みの間は知り合いの暗殺一家の家でしごかれたり色々あったが、それ以外はいたって普通の高校生活を送っていたのだ。
この世界に来てはや数ヶ月。そろそろ学生生活が恋しいというものだ。


そう思いながらもぐもぐとクレープを食べ進め、残り1/3となった頃、目の前のドアが開き、見知った顔が出てくる。


「お、」


いちはやくアポロが気づき、にかりと笑うと大きく手を振る。


「あれ」


ついで気がついた相手は控えめに笑ってたちの元へ近づいてきた。
その手には本屋の袋がある。


「二人とも、どうしてこんなところに?」
「暇つぶしだよ。ほら、私達ニートだからやることなくって。」
「そ、そっか。」


はは、と笑って金木もの隣に腰掛けた。
手にぶら下げられたビニール袋がかさりと鳴って、自然と視線がそちらに向く。


「それなんだ?」


好奇心丸出しのアポロが尋ねると、あぁ、と小さく声をあげて金木は袋から一冊の本を取り出した。


「最近出た小説なんだ。たまに、この人の小説読みたくなるんだよね。」
「小説かー。」


目に見えてアポロのテンションが下がった。


「小説はまだちょっと読むの難しいんだよ。学術書は出てくる単語がだいたい決まってるから読みやすいんだけど、小説はいろんな表現、言い回しがあるでしょ?」


アポロの様子に戸惑いを見せる金木に、クレープの最後の一口を食べ終えたがフォローするように付け加えた。


「そっか。じゃぁ時間潰すのも大変だね。」
「そーなんだよ!だから今度大学の授業でも潜り込んでみよっかなーって話てたんだよな、。」
「本当は高校生だけどね。さすがに高校の授業に潜り込むのは無理だろうし。」


私のいた世界の高校、大学と同じ感じなら、だけど。と続けたに、金木は少し考えるように宙を見た。


「・・・それなら、」


と金木からの提案にが何か言う前にアポロが飛びついた。
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2015.10.07