Dreaming

解けて融ける (200,000リク/Diva番外編)



”怖くて手を出せないなんて、初めてだ。”

少し前に飲んだ時、ぽつり、と言ったのはクロロだった。
いつもどおり広間で行われる仕事終わりの無礼講。外野の声が煩くて、クロロの言葉は辛うじて隣に居たシャルが拾えたくらいで。
その時は少し間が開いた後、笑って良いやら慰めれば良いのやら、はたまた嗾ければ良いのか分からずに、シャルは曖昧に笑った。


「で、話って何。」


ビールは少し温くなってしまった。いきなり呼び出されたかと思ったら近くの店に連れ込まれ(言い方は悪いが、正にその通りだったのだ)、それきり黙りこくってしまったクロロを前に、酒が進むはずも無く、シャルはため息混じりにそう言った。


「・・・まさか、前の宴会で言ってた・・・」


無表情でちびちびとビールを飲むクロロがじろりとシャルを見た。
ビンゴだ。


「は、ははは・・・」


あの宴会からどれ位経っただろうか。2ヶ月は経っている筈だ。
その間も目の前の男は悶々と過ごしたということなのか。彼女と一つ屋根の下に居ながら。


「笑うな。」


見る見るうちにクロロの機嫌が悪くなっていって、シャルはどうにか笑うのをやめた。


「いや、分からなくは無いよ。彼女、黙ってれば正に聖女って感じだからね。」
「黙ってれば、な。」
「ほら、キチェスって性行為をすると力を失くすんでしょ?あぁ、守人を除いて。だからああも、手折りがたい雰囲気をかもし出すように遺伝子上組み込まれてるのかもね。」


真剣な顔をしてパブに引きずり込まれたものだから、また面倒な仕事なのか、はたまた別の何かか。兎に角いやな予感しかしていなかったシャルは相談事が何か分かると打って変わってにやにやとしながらビールを煽った。


「で、何が怖くて手を出せないって?」
「怖い訳じゃない。・・・あぁ、いや、怖いのか。」


顎に手をやってぶつぶつ言うクロロに、また悪い癖が始まったよ、と呟きながらシャルは運ばれてきた新しいビールを手に取った。
手を出すのが怖い(彼は未だ肯定していないが、怖いということにしておこう)というのは理解できなくも無い。
性行為で能力を失くすということであれば、今まで彼女はそういう事をした事が無いということだ。そしてクロロは恐らく処女なんて面倒な相手と寝た事は無い。
いつだって付き合う相手には後腐れの無さか用済みになれば殺せるような相手を選んできた男だ。


(って、超最低な男じゃん)


今まで相手にしていたグラマラスで艶のある女性達を思い浮かべてシャルは唸る。


「つまり、今までヤリ捨てしてきた女とは勝手が違うからどう手を出して良いか分からないし、そういう雰囲気の作り方も良く分かんないって事じゃない?付け加えるとしたら、処女だし、痛がられて嫌われでもしたら最悪。」
「・・・一理あるな。」
「だから言ったじゃん。あっちから寄ってくる女ばっかじゃなくて、後学の為に純情そうな子とも遊んどけばって。」
「そんな事言ってたな。」


シャルは平然と言う目の前の男に心の中で舌打ちした。
話題が話題だけにもっと、こう、照れたりしても良いものなのに、全くそれが見えない。
いや、照れているが、表情には出ていないだけなのか。しかし、今まで長い年月を共にしてきた相手が照れる場面を見てみたい。あわよくば其れをネタにしばらくからかってやりたいというのに。


「で、だ。もし処女を相手にするなら、お前ならどうする。」
「そりゃ、まずは雰囲気作りでしょ。(ってそんな事した事無いけど)」


やる為にそんな労力を使ったことは無いが、一般的な知識ならばクロロよりもある。
シャルはここで借りを作ってやろうと更に続けた。


「彼女が行きたがってる場所にあるホテル、あぁ、勿論スイートだね。そこに泊まって、フレンチかイタンでも食べた後、押し倒す。リップサービス着きでね。普段着ないようなカジュアルなドレス着せて、クロロも小奇麗な服着てけばより良いと思うよ。」


こんなラブロマンスモノあったなぁ、と思い返しながら言うと、クロロはその案が気に入ったのか頬杖を着いてシュミレーションをしているのが分かった。


ちゃん、此処行ってみたいとか言ってた事無い?」
「・・・ジャポンに行ってみたいとは言っていたが・・・」
「あー、今冬だからなぁー。南にしなよ。ウラブ海付近は良いホテル一杯あるし、うってつけ。新婚旅行先の上位に最近よく入ってるし。」


小型のノートPCを取り出したシャルはすぐさまキーボードに指を滑らせた。
確かにウラブ海を検索するとプロポーズ特集、ハネムーン特集が出てきて、画面を覗き込んでいたクロロはじっとそのプロポーズという言葉を見つめた。

今更ながらプロポーズなんて儀式が世間的にはあった、なんて気付いたのだ。
その視線に気付いたシャルは目を見張った。
あのクロロが、プロポーズという言葉に反応しているのだから。


「え、クロロ。マジで?」
「・・・何がだ。」
「だって、プロポーズってとこ見てるから、てっきり・・・あー、でも女ってプロポーズには夢見てると思うから、いづれするんならちゃんと考えた方が良いんじゃない。」


突っ込むと面倒だと悟ったのか、シャルはその脇にある恋人向けのホテル特集ページをクリックした。























突然旅行に行くと言い出したクロロには目を瞬かせた。
何も旅行に行くのが珍しいわけではない。珍しい美術品を置く美術館があると聞くと突然をつれてふらっと行くのはそんなに少なくは無い。
唯、事前に旅行に行くと宣言して行き先まで先に伝えてくるのが珍しいのだ。


「しかもウラブ海って・・・何か珍しいものでも見つけたのかな。」


そう言いながらも今日買ってきたパンフレットを開いては目を細めた。
純粋に旅行を楽めるのはクロロと共に暮らし始めてようやく叶った事の一つだ。
そして今回は一度は行ってみたかった南国の島。
クロロが行きたがる時点でが思い描くバカンスのような旅行にはならないかもしれないが、一つ二つくらいは行きたいところに連れて行ってもらおうと付箋を貼り付けた。


『楽しみ?』


部屋の観葉植物が葉を揺らす。


「うん、楽しみ。早く行きたい。」


南国の島ということは一年中草木は元気なのだろう。
今まで出会ってきた子達とは少し性格も違うかもしれない。
そう考えると何だか嬉しくなって、は思わず笑った。


、シャルから丁度滞在期間中にあるイベントについて送られてきた。」


かちゃり、と開いたドアから入ってきたのはクロロでその手には何枚かプリントアウトされた紙がある。


「シャルさんから?」


旅行に関しては初めて出てきた名前に、は首を傾げながらも紙を受け取った。
シャルから送られてきたものだから文字ばかりかと思いきや、先ほど捲っていたガイドも真っ青な内容で、思わず凝視してしまう。
どこかの雑誌から切り取ってきたのかと細部を確認してみれば、お勧めポイントで噴出しで説明しているキャラクターはシャルをキャラクター化したものに見える。
しかも、口調もシャルのもので、驚きを通り越して蜘蛛の脳が何を作ってるんだと呆れてしまう。


「こういうのにも全力投球なんだ・・・」
「何か言ったか?」


ようやくクロロがまだ部屋に居たことに気付き、は顔を上げた。


「ううん、何でも無い。」


へらり、と笑いながら言うとクロロは首を傾げながらも部屋を出て行った。
その後ろ姿を見送って再び紙に目を向ける。


(もう、いっそのこと副業で出版社にでも勤めれば良いんじゃないかな。)


そう今度は心の中で呟きながらぺらりと捲ると、ビーチの紹介がされてあって、今更ながら南国の島ということはこっちが冬でも泳げるということに気付く。
海で泳ぐだなんていつ以来のことか。キチェスの村から海は遠くて片手で余る程しか泳ぎに行けなかったし、村を離れてからも海で遊ぶなんて出来なかった。
と考えると、数年ぶりだ。


「・・・はっ、水着」


買わなきゃ、と思ったものの、クロロが泳ぐかどうかを考えると必要無いもののように見える。クロロと海。海で遊ぶクロロ。全く想像がつかない。
海のページはシャルには悪いが置いておこう、と思って捲ろうとしたが、ページの最後の方にシャルからのメッセージを見つけて手を止める。


”水着なら○○へ行けばこの季節でも結構種類も豊富だよ。水着はMUST!”


「・・・・」


つまり、買っとけということだろうか。これは。
ため息をついて紙をサイドテーブルに置くと、同じくそこに乗っかっていた携帯が点滅しているのが目に入る。
見てみるとパクノダからの着信で、はすぐにかけ直した。


『あ、?今時間はある?』
「え?今?」


時計を見るとまだお昼を過ぎた辺りだ。
今日は別に予定は無い。しいて言うならば家事だろうか。


「うん。時間はあるけど・・・」
『良かった。買い物に付き合って欲しいのよ。今から30分後に迎えに行くわ。』
「へ?あ、うん。分かった。」


パクノダにしては珍しい。急に30分後に来るだなんて。


「・・・って、急いで準備しないと。」


未だパジャマのままだ。急いではクローゼットに向かうと手っ取り早く着替えられるワンピースを出した。






















「・・・買い物って、水着?」


今冬なのに、と視線で問いかけると、パクノダは苦笑しながら答えた。


「今度マチとグース島に行くのよ。」
「あぁ、やっぱり寒いと皆暖かい所に行きたくなるのかな。私も来週ウラブ海に行くことになって・・・」


そう呟きながら水着を手に取る。そして、パクノダの胸をちらりと見た。
あれだけあれば何着ても良いだろうが、生憎とはそこまで大きくは無い。
出来ればワンピースタイプが良いのだが、そうなると可愛すぎるデザインが多くてどうも受け付けない。


「あら、良い所じゃない。私達もそことグース島で迷ったのよね。」


そう言いながらも、ぺらぺらと嘘を平然と紡ぐ自分に苦笑しながらもパクノダはそれとなくビキニタイプの水着をに勧める。
パクノダが”偶然”の家の近くにいて、”偶然”彼女も今度南国の島に行くのは当然ながらしくまれたものだ。
シャルに頼まれて、のスリーサイズを調査するのと彼女に水着を買わせることに協力することになったのだ。


(詳しい事は聞かないでおいてあげたけど、プロポーズでもするつもりかしら。)


協力する為とは言っても、女子での買い物は楽しいもので、話はぽんぽんと出てくる。


「これなんか良いんじゃない?中はビキニだけど、上にキャミソール、下はショートパンツ付いてるし。」
「キャミソールって言っても、背中、凄い開いてるよ?」
「ビキニはもっと開いてるわよ。」


それもそっか。と呟いて差し出された水着を手に取ると当ててみる。
小さな花柄だが、そこまで甘くは見えない。正に歳相応だろう。


「うん。似合ってるわ。試着してきたら?」
「パクは?」
「私、サイズが合わないみたいだから向こうで買おうかと思って。」


どういう意味でサイズが合わないんだろうか、と疑問に思ったものの、は頷いて試着室へ向かった。


結局先ほど試着した水着に決まり、クロロの家まで彼女を送り届けたパクは携帯を開いた。


「ちゃんと水着買わせたわよ。あとスリーサイズはメールで送った通り。」
『助かったよ。パク。』
「・・・クロロ、プロポーズでもするつもり?来週ウラブ海から戻ってきたらおめでとうの一つでも言った方が良いかしら。あぁ、それとも宴会開く?」


そう尋ねると、電話先のシャルが一瞬黙った。


『・・・あ、いや、多分そういう事が決まった向こうから連絡あるだろうし、それまでそっとしておいた方が良いんじゃないかな・・・』


たしかに、帰って来ていきなり”おめでとう”って言って、もしプロポーズを断られていたら目も当てられない。


「・・・そうね。」


何か勘違いはしているようだが、納得してくれて胸を撫で下ろしながらシャルは電話を切った。


後編

2013.11.1 執筆