シ=オンが国からKK(地球)行きを打診されていると聞いたのは再会を果たしてから2年と少しが経った時だった。
余談だがモク=レーンもナギを追うかのように同じ大学に入学して暫くしてからの事だ。
「そう・・・、KK、ね。」
楽園に入って暫くして、妹がやたら美しい星が、とかどうのこうの言っていたが、まさにその星。
「あの青い綺麗な星よね。」
「よく知ってたな。」
「偶然、近くに随分とKKにご執心な子がいるのよ。」
それに、KKに貴方と妹と自分が行くだなんていう変な縁のある”夢”を見たからね。とは口には出さずに心の中で呟く。
そう、知っているのだ。自分も一緒にこの星を旅立つ事も、この星を失くしてしまうことも。
「そりゃまた変わった奴。」
そう言うシ=オンの表情は暗い。辺境の星に行かされるのが嫌なのだろう。
「行くのは決まり?」
決まっているのを知りながらも尋ねると、シ=オンはため息をついて見せた。
「打診っつっても、強制みたいなもんだからな。行くしかねぇよ。」
「そう・・・・それっていつ?」
「半年後だ。」
今後の大きな転機のタイミングを想像しながら相槌を打つ。
「今度顔合わせがあるらしい。なんでも自分からKK行きを志願したっていう変わり者のキチェスがいるらしいが、ナギか?」
「まさか。私じゃないわよ。」
「そうか・・・。ナギも行くんなら、悪くないと思ったんだが。」
「そうねぇ、貴方、協調性無さそうだものね。」
「困らない程度にはあるさ。」
どうかしら、と肩を竦めてみせると、シ=オンはムキになって言い返してきたが、それを聞き流しながらナギはコーヒーのカップに口をつけた。
「まぁ、再来週顔合わせだからな。俺以外は全員志願してきたらしいし、どんな酔狂な奴らが行くのか見てくるさ。」
再来週顔合わせ、ということはそろそろモク=レーンのKK行きが決まる頃だ。その結果舞い上がったモク=レーンが自分のところにやって来るのだろう。ただでさえテンションの高い妹。なんだか気が滅入ってきた。とナギは米神を抑えた。
評議会もナギがモク=レーンに悪影響を与えることを警戒するのなら、もっと引き離してくれれば良いのに、とは思うものの、想像以上にキチェスとしての才覚を発揮するナギがモク=レーンと共に催事に駆り出されるのは仕方のないことだ。
お陰様で他のキチェスからの嫌がらせも最近は増えてきた。ナギにとって良いことは一つも無い。
しかし、いつになったら自分のKK行きが決まるのだろうか。そもそもKK行きになる経緯については夢で全く見てい無い。
ナギが最長老に呼び出されたのは、KK行きのメンバー顔合わせが行われる当日の朝の事だった。
嫌な予感がしながらも最長老の部屋に入ると、最長老が愉快そうに笑いながらナギを迎えた。
「さて、何の事か薄々分かっておるじゃろうが、お主に大事な知らせがある。」
「・・・聞きましょう。」
最長老はぴらりと紙を見せた。
「お主もモク=レーンと共にKKへ向かうのじゃ。」
ひらひらさせている紙を奪い取り中身を見る。
「コウ=ハス=セイ=テ=ヤ=ナギのKK行きを承認する。 リム・リアン評議会・・・って、承認?誰も申請なんてしていないわ。」
「あたしが申請しておいたんだよ。」
やはりか、とナギは手の中の紙をくしゃりと握りつぶした。
「お主、視えておるじゃろう、この先が。」
「断片的に、だけど。でも、私はここに残っても良いと思っているけど。」
最長老は暖かい笑みを浮かべたまま首を横に振った。
「償いだとでも思うてくれ。」
「・・・この、楽園の制度は貴方が作った訳では無いし、ある意味罰ゲームよ。」
「全く、お前さんは可愛げが無い奴じゃ。」
ため息をついて最長老は頬杖をついた。
「兎に角、これは決定じゃ。顔合わせもそろそろ始まるじゃろうて。」
そう告げて、最長老は控えていたアイリーンに目をやった。
「はい、行きましょうか、ナギ。」
「拒否権は無い訳ね。」
付いてくるようにと目配せするアイリーンに仕方なく付いて行こうとしたが、ナギは思い出したように立ち止まって最長老を振り返った。
「あなたは未来を変えないの?」
政府にこの未来を告げれば彼らはきっと回避しようと動くだろう。だが、問われた言葉に最長老は黙って首を横に振っただけだった。
「実は、急遽もう一人参加する事になったと私も先ほど聞きまして・・・。」
一通り自己紹介が終わったところで、ヒイ=ラギはそう切り出した。
このプロジェクトメンバーの通知が来たのは数週間前。しかし、この研究所に着いて事務局の人間がやってきたかと思ったら、突如一人メンバーが増えたと告げられたのだ。
「こんな急に?変ねぇ。」
シュス=ランが顎に手をやって首を傾げる。このプロジェクトは政府が主導するものだ。メンバーの選定にはある程度の時間を割いているし、今回のように直前になってメンバー追加なんて話はあまり聞かない。
「そろそろ到着する筈なんだが・・・」
そうヒイ=ラギが呟いたところでドアがノックされた。タイミング的に今話があった最後の一人だろう。
(そういえば女性、男性どちらなのかしら。)
モク=レーンも興味津々にドアを見つめる。
「ごめんなさい、遅れました。」
案内役の女性が扉を開き、足を踏み入れたのはモク=レーンと同じ色の髪だがストレートのブロンドを下ろしたまま普段着で着の身着のまま連れてこられたナギだった。
「姉様!?」
「ナギ・・?」
思わずモク=レーンとシ=オンの二人が声を上げる。どれから突っ込んで良いのか分からずにその他のメンバーは二人とナギの顔を順番に見る。
「急遽、このプロジェクトに参加する事になりました、コウ=ハス=セイ=テ=ヤ=ナギです。宜しくお願いします。」
「えっと、モク=レーンのお姉さん・・?」
「え、ええ」
モク=レーンの隣に立っていたギョク=ランが小声で尋ねるとモク=レーンは頷いて動揺もそのままにナギを見つめた。
「でも変ですわ。私だけじゃなくて姉様のKK行きを評議会が承諾するなんて・・・。」
前髪も下ろしているため、キチェは見えない。モク=レーンの言葉でナギがキチェスである事を察したギョク=ランは驚いたようにナギを見た。同じくモク=レーンの話を聞いていたエン=ジュとシュス=ランも驚いてナギの額を凝視するように見る。
それに気づいたナギは苦笑して額の髪をかきあげた。
「御察しの通り私もキチェスよ。」
一人その事に気づいていなかったヒイ=ラギが、えっ、と素っ頓狂な声を上げた。
「でも姉様、KKに行くだなんて一言も・・。」
「私もついさっき最長老から聞いたからね。」
戸惑いながら言われた言葉にナギは肩をすくめて見せた。
「ま、まぁ、えぇと、軽食を用意しているので、食事をとりながら今後の予定について話しましょうか。」
そう言ってヒイ=ラギはあたふたしながら傍のテーブルに置いてあったサンドウィッチの入ったボックスを配り始めた。ナギはどこに座ろうか少し迷ったがちょうどシ=オンの隣が空いていたのと彼が視線で来いと訴えるものだから彼の隣に腰掛けた。
「聞いてない。」
「だからさっき言ったでしょ。私も突然ここに来る直前聞いたんだって。だからこんな格好だし。」
そう言った彼女は確かに黒いパンツに白いブラウスというモク=レーンの正装とは程遠い服装をしている。
ナギは昼食を食べ損ねていていたのでちょうど良いとサンドウィッチのボックスを開けた。
「あ、たまごサンドがあるわ。」
「アンタほんとたまごサンド好きだな・・・」
たまごサンドを見つけて嬉しそうに言うナギに呆れたように言って自分のたまごサンドをナギのボックスに入れてやった。
「さっき昼食ってきたんだ。やるよ。」
「ありがとう。」
「コーヒーと紅茶どっちだ?」
「コーヒー。」
ん、と返事をしてシ=オンは立ち上がると入り口付近のテーブルに置いてあるドリンクサーバへ向かった。
「随分と、シ=オンと親しいんですね。」
驚いたようにナギに話しかけたのは斜め前に座っていたギョク=ランだった。その隣に座っているモク=レーンも興味深そうにナギを見ている。
「昔ちょっとね。腐れ縁みたいなものよ。」
「俺もシ=オンとは付き合いが長いんですが、あんなシ=オンは中々・・・」
「俺がなんだって?」
戻ってきたシ=オンは笑顔でギョク=ランを見ると、手にしていたカップをテーブルに置いた。
「そう怒るなよ。どういう関係なんだ?俺は会ったことは無い、よな?」
幼い頃から一緒にいたのだ。自分も面識がある可能性もあるが、シ=オンがこんな風に接する相手ならば知っていたら覚えている筈だ。
「昔ちょっとな。」
多くを語るつもりは無いのか、シ=オンはそう言って自分の残りのサンドウィッチを手に取った。ナギに至ってはシ=オンが戻ってきたところでこれ幸いと我関せず既に食べ始めている。
それを呆れたような目で見ながらツナのサンドウィッチをもぐもぐと咀嚼しているとナギと目があった。
彼女はふた切れ目のサンドウィッチに取り掛かろうとしている。
「何?」
「何でもねぇよ。」
そのやりとりにギョク=ランはますます面白そうに目を細めた。
研究室から出て、皆と別れてタクシーを拾ったところでモク=レーンは猫を勢い良く脱ぎ捨てた。
「姉様!シ=オンとはどういう関係ですの?」
まさかタクシーに乗り込んだ瞬間そう詰め寄られるとは思っていなかったナギは驚きながらも運転手に行き先を告げた。
「どういうって、本当にただの腐れ縁よ。」
「腐れ縁って・・・いつ知り合いに・・」
「テスをうろうろしてた時に、ちょっとね。」
「テス!?」
あれ、言っていなかったか。しまった。と思った時にはさらにモク=レーンが詰め寄ってくる。じりじりと後退してごつんと窓に後頭部をぶつけてしまった。
「何でそんな紛争地帯に・・・」
「あぁもう、いろいろあったのよ。で、その時に出会って暫く一緒にいたの。それだけ。」
「・・・・本当にそれだけ?好きだとか、そういうのは無い?」
それにピンと来たナギは微妙な表情で「ないない、絶対ない」と頷いた。
そんなことよりモク=レーンはああいうのが好みなのか、止めておいた方が良いと思うけど、口には出さ無いが表情には出てしまう。が、それに一切気づかないモク=レーンはほっと胸を撫で下ろした。
「それ以前に恋愛だなんて、全くする気は無いわ。面倒臭い。」
「あら、姉様。面倒だなんて!父様と母様みたいに、素敵な恋愛をしたいとは思わないの?」
純粋な目で見られて、ナギは思わず目を逸らした。
(そうか・・・楽園みたいな無菌室で育つと、この歳になっても恋愛に夢見るものなのね・・・。)
ナギも十代の頃は彼氏を作ってみたりしたものである。だが、父や母のように全てを投げ打ってまで成就させたいという恋愛はできなかった。それどころか、戦争も知らないような、全く思考回路の異なる他人と時間を共にすることに苦痛を覚えた程だ。
「姉様?」
目を逸らしたナギを不審に思ったのか、さらに呼びかけられて、ナギは渋々視線を戻した。
「・・・レーンもいつか分かるわよ。」
降誕祭の日、ナギは控え室でアイリーンの手を借りて仰々しい装飾品を身につけていた。動きにくい衣装に重い装飾品に辟易とした表情でナギはじゃらじゃらとした腕輪をはめた。同じ部屋では同様にモクレンも準備を進めている。
「すっかり板についてきましたね。」
「他に優秀なキチェスがいれば良かったのに・・・それ以前にレーンだけで事足りると思うんだけれど。」
ナギが楽園に来て、キチェスとしての基本的なカリキュラムを受け終えてからというもの、こういった祭典にはモクレンと二人でメインのボーカルを担当している。
「まぁまぁ、お二人で立たれるようになってからの方が評判は良いのですから。」
「そうよ姉様。私達二人に敵う歌い手なんていないわ。」
そう胸を張って言うモクレンに笑って返して鏡に映る自分を見つめた。
今回はシオンが見にくると言っていた。どこから聞きつけたのか。十中八九KK組にモクレンが招待したのだろう。全く、面倒な事をと心の中でぼやきながらアイリーンから錫杖を受け取った。
しゃらりと動くたびに鳴るそれに眉を寄せる。
「さぁ、そろそろ移動しましょう。」
「そうね。」
アイリーンがモードに声をかけると彼女は頷いて仕上がったモクレンの姿を細かくチェックしはじめた。
「私、お手洗いに行ってくるわ。」
舞台袖でモクレンと話しをする時間があるのも面倒なので、お手洗いに寄ると告げるとアイリーンは何かを察したように微妙な笑みを浮かべた。そして舞台袖にたどり着いたのは開演5分前。我ながら素晴らしい時間調整力だと自画自賛しつつ、アイリーンに話しかけて時間を潰す。
(本当に来てるわ・・)
歌いながら端の方にシオンの姿を見つけて少し驚きながらも声を高くモクレンの声に絡ませる。
姉妹なだけあって二人のアンサンブルは他の比ではない。
途中、モクレンが錫杖を落とすというアクシデントがあったものの、概ね成功に終わった。
「やっと終わった。さっさとこれ外したいわ。」
控え室に向かいながら頭の飾りを外してはアイリーンに渡していく。
そういえばKKのメンバーが控え室に来ると言っていたがいつ来るのだろうか。できればさっさと来て、さっさと帰って頂きたいものだ。未だ、キチェスとして人と接するのは好きでは無い。
「姉様、みんなすぐ来るそうよ。」
アイリーンはそれを聞いて、乱暴に髪飾りを取った所為で崩れてしまったナギの髪の毛を見た。
「まぁ、では、すぐに結い直さないといけませんね。」
「もう良いんじゃない?別に。」
「ダメですよ!」
二人の話に割って入ったのはモードで、ナギは面倒臭そうに「はいはい」と返事をした。普段は接することは少ないが、このような祭典の場となると、モク=レーンと一緒になることが多いせいで何かと「キチェスとして」と説いてくるものだから困ってしまう。その点アイリーンは心得ているもので、本当に自分の付き人がモードのような人ではなくて良かったと何度思ったことか。
控え室に戻り乱れた髪を整え終えたところでKKのメンバーがやってきた。その中にシオンの姿がない事に気づく。
(やっぱり協調性無いんじゃない。)
<<>>