食事や掃除、そして子ども達の世話をするナギはすぐに孤児院に溶け込んだ。
それでも、常々付いて回るのは、額のキチェがばれることへの恐れ。
「それ、まだ取れないのか。」
ナギはその声にびくりと肩を震わせた。
「あぁ。痕が残ってるから余り見られたくないの。」
「ふーん。」
最近口癖になってしまった、この言い訳。
大抵の人たちはこれで誤魔化されてくれるのだから、女に生まれて良かったと初めて思った。
(・・・いや、寿命のことを考えると、尚更かな)
短命だった父。自分も男だったら父と同じような歳で生涯を終えることになっただろう。
生にそれほど執着は無いのだが。
「そういえば、リアンが呼んでたよ。」
シ=オンはそれを聞くと面倒くさそうに眉を寄せたが、すぐにリアンの元へと向かった。
Diva 過去編 #2
夜、子ども達の相手で疲れたナギは早々にベッドに横になった。
4人部屋のそこにはシ=オンの姿もある。
古びた本に視線を落としていたシ=オンは、ドアが開く音に、ちらりと視線を動かした。
「・・・あれ、シスター。」
他の子どもが入ってきたシスターに駆け寄る。
「ナギは?」
子どもは指を指す。
「もう寝てる。どうかしたの?」
「いいえ、・・・あぁ、そうだわ。」
シスターはそのまま去ろうとしたが、何を思い立ったのかナギが横になっているベッドに向かった。
「どうしたの?」
「お静かに。ナギが起きてしまいますよ。」
シスターは足元にまとわり着く子どもたちを宥めるように頭をひと撫ですると、ナギの額に巻かれた包帯に手をかけようとした。
シ=オンはそれを見て、不快そうに眉を寄せる。
ナギはあれを取るのを酷く嫌がっていた。誰だって、隠したいことの一つや二つあるものだ。
「お・・」
おい、と声をかける前に、シスターは額の包帯を取ってしまった。
その瞬間、ナギが飛び起きる。
「ナギ・・・その痣は・・・」
シ=オンはナギの額に見えた4つ葉の痣に目を見張った。
しかし、すぐに包帯を取られたことを悟って、ナギは額を手のひらで覆う。
「なんで・・・」
「ごめんなさい、傷の具合を確認しようと、思って・・・」
じわり、と涙が浮かんでくる。
ナギは壁に逃げるように背を寄せた。
「・・・・見たの?」
「・・・・えぇ。貴方のその痣は、キチェ、ですね?」
シ=オンはじっと耳を欹てた。
彼女が、キチェスだったなんて、何かの間違いと、思いたい。
「・・・違う。違う!」
ナギがそう叫んだ瞬間、彼女はベッドの上から姿を消した。
シ=オンは思わず立ち上がって、自分もその場から姿を消す。
彼女も自分もまだ幼い。そう、遠くまで移動は出来ないはずだ。
気がついたら、孤児院が見える丘にいた。
ナギの震える手は額を押さえ、うずくまっている。
「・・・お前、本当にキチェスなのか?」
シ=オンがナギに近づきながら尋ねると、彼女はゆっくりと顔を上げた。
「・・・・だったら、何。」
「何で言わなかったんだよ。キチェスなら楽園に保護され・・・」
保護されるのに、と言い掛けて、目に入った彼女の涙に、シ=オンは口を噤んだ。
彼女は涙をぬぐう事もせずに、鼻で笑った。
「保護?軟禁の間違いじゃなくて?」
吐き捨てるように言うナギが理解できない。
額に4つ葉の痣を持つだけで、優遇される存在。それがキチェスだと思っていたのに、彼女は何故隠していたのか、分からない。
「楽園には行かない。孤児院にも戻らない。」
ナギはようやく立ち上がった。
「・・・・どうするんだよ。」
自分と同じ、と思っていた彼女の額にキチェ。シ=オンにとって、それは裏切りのように感じられた。
「ここに来る前みたいに、この世界を見て回る。」
咄嗟に、自分に背を向けたナギに手を伸ばしかけて、やめた。
止めてどうしようというのだろうか。
「・・・お前、馬鹿だな。」
代わりに出てきた言葉に、ナギは振り向く。
「キチェスなら、孤児院で過ごさなくて良い。何不自由ない生活が約束されてんだぞ!」
ナギはぎり、と歯を噛み締めた。
「あんたに、何がわかる!」
上手く力が制御できずに、周りの小さな石が浮かび上がる。
「大して何も出来ない癖に、楽園に行って、隔離されて・・・ただ、サーチェスが使えて、植物と話が出来るだけの人が、神の使いを語って泣くか歌うだけの人生なんて!」
叫ぶと同時に、シ=オンは流れ込んできたナギの記憶に、目を見開いた。
力の暴走だ。
生まれた妹
若くしてこの世を去った父母
急に現れたキチェと絶望
1人残された家
神・サージャリムへの冒涜の数々
戦火で燃えた土地
そして、最後に、孤児院
「・・・っ!」
その記憶が過ぎ去った時、ナギの姿はもう無かった。
シ=オンは、その場に立ち尽くした。
最初は自分に似ていると思った彼女。
しかし、彼女の額を見た途端、それは全く逆の方向へと向かった。
似ていると思っていたからこそ、裏切られたという気持ちが色濃く出たのだ。
キチェがあるというだけで、あらゆる恵みを受ける奴ら。
そう思っていたのに、彼女はどうだっただろうか。
最初、感じたように、彼女はやはり自分に似ていた。
「くそっ」
口をついて出た悪態は、自分に対してか、彼女に対してか、それとも、彼女の秘密を暴いたシスターに対してか。
自分でも分からなかった。
暴かれた秘密
2013.5.9 執筆