まだ夜が明け始めた早朝に鳴り響くコール音。
次のターゲットについて調査を遅くまで行っていたシャルは突っ伏したまま、相手を確認もせずにサイドボードの携帯を手に取った。
こんな時間にかけてくるのは間違えなく団員の誰かだ。


『俺だ』


もしもし、と言う前に出てきた相手からの言葉にシャルは欠伸をかみ殺しながら、クロロ?と聞き返す。


『調べて欲しいものがある。キチェスという民族についてだ。』


何の前置きも無く、用事だけ伝えるのは彼らしい。


「あー、なんか、昔そんな名前の集団見かけたな・・・」


がしがしと頭を掻きながらノートPCを手繰り寄せて電源を入れる。


「いつまで?」
『余り急いでは無いが、今週中には欲しい』


余り急いでなくてそれかよ、と愚痴のひとつもこぼしたくなるが、了解と返して電源を切った。








Diva #9









『うたを、うたって。。』


キチェスの歌には、すべてを魅了する力がある。
聖歌(キサナド)と言われるキチェスに歌い継がれている歌を驚異的な速さで覚えていったのはとエヴァだった。

聖誕祭や謝肉祭では二人はよく幼いながら壇上に立ち、歌を披露したものだ。


『ねぇ、うたを、きかせて。』


植物たちはそう甘えるように強請る。
うたって、と。

その言葉に弱い。
外で歌を歌うのは禁じられていたが、とエヴァはこっそりと小声で森の中で歌って、良く怒られたものだ。
エヴァの守人であるハルは嗜めながらも、結局は小さい声で少しだけですよ、と許してしまったのは、守人の性か。
どこにいくにも、今回のような深夜の森での散歩にも3人一緒に出かける。
それは昔からだ。それでも、感じるのは小さな疎外感。
エヴァとハルは、切っても切り離せない。二人でひとつなのだ。


「ねぇ、にはまだ守人がいないけれど、守人が現れるまで、私たち二人でを守るわ。」


その言葉通り、9年前、襲撃で村が焼かれたあと、エヴァとハルはをつれてひっそりと森の中で暮らし始めた。
この星でたった3人の生き残り。

寂しかった。昔のように仲間に囲まれて、時には全員で大合唱して、ひっそりと自給自足の生活を送りたかった。

その時だ。遠い昔を生きていた、彼女(前の自分)の記憶を見始めたのは。
自分とは全く違う、金色のたっぷりとした髪を持ち、穏やかに微笑む彼女。
一時期は自分の中にもう一人人格がいるような錯覚まであった。
しかし、これからどうするべきか、途方に暮れるにその記憶は一筋の光をもたらした。


「エヴァ、ハル。私、探したいものができたの。」


彼女の記憶にあった、この星ではない、他の星。
そして、キチェスが持つすべての知識を詰め込んだアカシックレコードの存在。

きっと、キチェスが元々いた、母星に戻れば仲間がいる。そしてそのためにはアカシックレコードが必要不可欠。
途切れ途切れの彼女の記憶ではあったが、そう確信したは、反対する二人を押し切って森を出た。








クロロの、お前は何を求めているという問いに、は「アカシックレコード」と答え、上記の過去について掻い摘んで話した。


「面白い。」
「でも、アカシックレコードはどんな形状をしているのかも分からない。だから」


ここまで言われれば聡いクロロは分かる。


「手がかりになりそうな、キチェスが残した文献を探している、ということか。」


星を移動してきたのであれば、その技術力は相当なものだ。
その英知の集大成であるアカシックレコードはさぞかし、クロロの知識欲を満たすものになるだろう。


「でも、キチェスは、自分達の科学がこの星に影響することを恐れていた。だから、いくつか見つけた本は、技術に直結したものじゃなくて、もっと概念的、思想的なものばかり。」


はため息をついて、読みかけていた本をソファに放り投げた。


「でも、アカシックレコードは何らかの形で残ってる。私は、それを見つけたい。」


面白いじゃないか。クロロは知らず知らずのうちに口元に笑みを浮かべた。
簡単に手に入りそうにないものにも魅力を感じるし、勿論、その中身にだって興味は有り余るほどある。
さらに、それを見つける過程で手に入るものにも魅力を感じていた。


「お前の探し物に付き合いたいのは山々だが、今週、仕事がある。」


クロロはそう言うと、立ち上がった。


「桜のニュースが落ち着くまでは一人で出歩くなよ。」


見つけるには、は必要だ。みすみす彼女を嗅ぎ回っているやつらにくれてやる気は無い。


「宝探しは仕事が終わってからだ。行くぞ。」


全く外に出る準備(とは言っても荷物は本と旅行バックひとつなのだが)ができていなかったは不満気な顔のまま立ち上がった。
確かに、彼らがうろついている今、一人になるのは得策ではない。


















エヴァは戻ってきた半身に飛びついた。


「ねぇ、は?無事?何でつれて帰ってこなかったの?」


矢継ぎ早に質問するエヴァに苦笑しながらハルは落ち着かせるように彼女の肩を叩いた。


「無事でしたよ。そして、朗報です。」


その言葉にエヴァは目をきらきらとさせる。
朗報だなんて、珍しい。


は、彼女の守人と一緒です。しかも中々の逸材でしたよ。」


それに、エヴァは声にならない歓喜の悲鳴を上げた。


「え、ほんと!?」


うれしすぎて涙がこぼれる。が少しして、む、と眉を寄せると涙を拭ってハルを見上げた。


「でも、何で教えてくれなかったのかしら、ったら!」
「つい最近、見つかった様ですよ。」


そうフォローしながら、ハルはとクロロを思い浮かべた。
守人が、それも相当な力を持つ守人が見つかったのは喜ばしいが、何せ彼はキチェスについて余りにも無知だ。
しかも、まるで信頼関係が出来ていない。


何事も無く、関係が築ければ良いのだが、と少しの不安を胸に、ハルはまだ納得がいかないようにむくれているエヴァの頭を撫でた。







動き出した世界