巻き込みたく無かった。それは勿論ある。
クロロは一族の人間みたいにこの痣の繋がり、強制的な繋がりについて教育を受けて来た訳じゃない。
いきなり人が現れて今日から命がけで守れと言われても、鼻で笑うだろう。
自分だってそうだ。
だから、彼の額の痣を見た時、適当なことを言って、さっさと別れようと思った。
何も知らせずに、彼には彼の好きな様に生きてもらって、自分も勿論好きな様に生きる。
それが最善だと思ったのに、同じ守人であるハルは洗いざらい話してしまった。
大迷惑だ。
でも、ハルが自分のことをエヴァの次くらいに気にかけてくれているのは知っている。
きっと、彼なりに心配していたのだろう。
(ねぇ、何でわたしには、エヴァみたいに、一緒にいてくれる人がいないの?)
幼い頃、そう言ってエヴァとハルを困らせた。
その記憶は確かにあるが、今更現れられても困るというものだ。
私はもう1人で生きて行けるし、急に半身が湧いて出たと言われたって、困惑する要素でしかない。
こんな付き合いの短い人間に命を預ける気なんてしないし、エヴァとハルのようにこれから四六時中一緒にいるのだろうか、と思うと身震いがする。
それなのに、クロロが現れた時ほっとしたり、離れ難く思うのは、きっと呪われているからだ。
Diva #8
「そりゃぁ、昔は守人を探してたけどそれは昔の話しで、今更出て来られても困るし、クロロさんだって、いきなり言われても困るでしょ?だから、無かった事にしたいなー、なんて思う訳ですよ。」
上述した思いを告げると、クロロは考え込むように顎に手をやった。
「だから、私はここから離れる。クロロさんは本を店長の所に届けて、今までの通りの暮らしに戻る。これがやっぱり最善だと思う。」
そう言うと、はまだ少し温かいコーヒーを飲み干して立ち上がった。
クロロはそんな彼女を視線で追うだけで声をかけることはない。
それを良いことに、は本をテーブルの上に出し、自分の持って来た小さな鞄を持つと、クロロに頭を下げた。
「と、言う事で。短い間ですが、お世話になりました。クロロさんはちょっと、というか、大分捻くれてて、本の趣味もマニアック過ぎて若干引いてたけど、その考え方は面白かったし、話しをするのは楽しかったです。」
そしては顔を上げると踵を返して、さっさと部屋を出て行こうとしたが、手をかけようとした取っ手のすぐ上にナイフが刺さる。
刺さった反動で揺れるナイフに、は、え?、と声を漏らした。
「ハル、だったか?あいつから聞いた話しは中々興味深かった。」
何だ、何だ、さっきまで反論すらしなかったのに。
「お前といると満たされるだとか、調子が良いだとか、そういうのは余り関心が無いが、お前の能力については興味が有る。しかも、話しから推測するに、生き残りはたった2人だ。」
ゆっくりと立ち上がったクロロの口許には笑みが見て取れる。
「そんな面白そうなもの、ここでみすみす逃がすのも、惜しい。」
(何だと!?)
と、慌ててドアを開きかけるが、それはすぐに音を立てて乱暴に閉まる。
そろり、と背後を振り返ると、そこには黒い悪魔が立っていた。
「・・・と、いいますと」
「取りあえず、俺と暫く行動しろ。本は俺が読んだ後、エドモンドに届ける。」
そう言ってクロロは本との持っていた荷物を手に取った。
ゴシック調の柱に、大理石の床。そこに敷き詰められている赤い絨毯は足で踏みしめる度に身体が少し沈む気がして、ロンは舌打ちした。
数週間前、父親が死去した翌日、家に一通の手紙が届いた。
手紙の裏を見覚えの無い刻印の入ったシーリングワックス。
どうやら父は訳のわからない団体の一員だったらしく、死去した今、その権利は息子である自分に引き継がれたというのだ。
(何だって、こんな面倒くさい会合に俺が・・・)
燕尾服を着た男性に案内された中には十数名の男性が円卓に腰掛けていた。
(陰気くさい奴らだ。)
そう心の中で悪態をつきながらも空いている席につく。
どうやら自分が最後らしく、他の席は全て埋まっている。
「さて、ジョージの息子も来たところだ。始めよう。」
父親の名前を呼ばれて、無感情に初老の男性に視線をやった。
「ロン。良く分からないことも多かろうが、今日は君の初会合にして重要な会合。」
そう言うと同時に、初老の背後に居た男が新聞の一面を引き延ばした紙を掲げた。
「皆、気づいている者もおるかもしれぬが、3日前、グリーズで怪奇現象が起きた。」
周りの人間がざわりと囁く。悪魔だ、と。
その言葉に、ロンは眉を寄せた。
(は?)
案内状が届いて、組織のことを少し調べたが、この組織は神ではなく人間が世界を平和に導くという思想のもと派生した秘密結社で、神だとか悪魔だとかそういう思想からは縁遠い組織だと思っていたからだ。
「・・・9年前、我々は悪魔を根絶やしにしたと思っていたが、もしかしたら、生き残りがおるのかもしれん。」
何を言っているんだ、こいつらは、とロンはぎょっとして老人を見た。
目が真剣だし、周りも真剣なのを感じる。はっきり言って異常な雰囲気だ。
「神の名を騙る最も罪深き一族。」
「今一度、彼らに制裁を。」
口々に呟かれる言葉。はっきり言って悪寒がする。
「まだ、特定はできておらぬ。皆、力を貸してくれるな?」
とたんに、いっせいに頷く一同。
ロンは思わず笑いそうになる口を押さえて、俯いた。
(何だこれ!どこの映画の秘密結社だよ!!)
何はともあれ、面白そうな奴らだ。
ロンは笑いをどうにか飲み込むと顔をあげた。
あのニュースは知っている。雪の中満開の桜はそれはもう見事だった。
それが、何故悪魔の仕業だとかいう話しになるのか。
笑いを噛み殺しながら配られたワインを煽った。
転章
2012/5/7 執筆