ハルは朝1の便でグリーズに辿り着くと、エヴァの得た情報を元にホテルを探していた。
エヴァを探す時に比べると、雲泥の差だが、それでも何となく近くにいると、彼女がいる場所が分かる。
極めつけに、小さく聞こえて来る歌声。


(ちゃんと結界は張って歌っているようですが、こんな所で歌うなんて・・・・後で説教ですね。)


歌っていることで場所がはっきりした。
ハルは手に持っていた新聞をくしゃりと握りつぶした。
そこには、一面に桜の写真。


(全く、あれほど気をつけなさい、と口を酸っぱくして言っていたというのに・・・。)


もう片方の手に持っていた紙コップに入ったコーヒを飲み干してゴミ箱に入れるとハルは走り出した。
















Diva #7


















歌え、と言うと、は固まった。文字通り固まった。
そして観葉植物に視線を落とす。


「・・・この子、おっきくしたら可愛く無くなっちゃう・・・」
「下らない事を言ってないで、さっさと歌え。」


半ば脅迫じみたその声に、はうぅ、と唸りながら、円を広げた。
急に円をと自分の周りに広げた彼女に少し驚くが、これが条件ならば仕方が無い。


「・・・外に漏れると困るので、結界を張らせて貰います。」
「良いだろう。」


張られた結界と言われたものは、それほど強度は無いようだった。
確認しているクロロを尻目に、短く息を吸って歌い始める。


それと同時に、変化を始めた観葉植物に、クロロは視線を落とした。
みるみるうちに葉が大きくなって行く。それどころか、幹のような物が出来て行く。
小さな鉢はすぐに割れて、その意味を無くした。


「・・・凄いな。」


ぽつり、と呟いた時、部屋のドアが開いた。
近付いて来る気配には気づいていたが、まさか部屋に入って来るとは思っていなかったクロロは入って来た男に、目を細めた。


、あれほど歌は人のいないところで、と・・・」


警戒するクロロには気づいているものの、を窘めるのが先だと口を開いたが、クロロの額の痣に、言葉を止めてその額を凝視した。
クロロはナイフに手をかけつつ、知り合いか、と彼女の肩を叩いて視線で促す。


「ハル!」


背後を振り向いたは見知った姿に声をあげた。


「久しぶりですね。ニュースを見ましたよ。」


笑顔で攻めるハルに、は笑顔を固まらせた。


「まさか、があんな暴挙に出るだなんて・・・あぁ、でもその前に守人が見つかっていたんですね。」


今度は視線がクロロに向いて、クロロは首を傾げた。
守人、とは何だろうか、と。


「守人が見つかったのは喜ばしい事ですが、があんな失態をしてしまうのを止められなかったのは如何なものかと思いま・・」
「ハル!ちょっと待って、違うの!」


慌てて立ち上がってハルに駆け寄ってその口を塞ごうとするが、呆気なくその手はハルに叩き落とされる。
状況が読めないという表情でハルを見るクロロに、必死にハルの言葉を止めようとする
がちゃんと説明していないのは一目瞭然だった。


「・・・成る程。」


ハルは呆れたようにを見下ろした。


「そう、そうなの。だから・・・」
「そういうことですか。なら、尚更は黙っていて下さい。」


そう言ってハルはつかつかとクロロの元へ向かった。


からどこまで聞いているかは知りませんが、彼女が言うのを嫌がっているようなので、私から話しましょう。」


突然のハルの行動に、クロロは怪訝そうにハルを見てを見た。
クロロはうまく状況が把握出来ていなかった。
何故が話したがらないことを、彼女の知り合いである(それも知り合い以上の関係のように見える)この男が自分に話そうとしているのか、理解が出来無い。
そんなクロロをよそに、ハルは話しを続ける。


が植物と交流出来ることは知っていますね?」
「あぁ。」
「この痣のある彼女のような人間を、我々はキチェスと呼んでいます。」


はハルの口を塞ごうと手を伸ばすが、それは呆気なく払い落とされてしまう。


「キチェスは植物や大気と対話する能力以外にも、その歌で人に幻覚を見せたり、気分を落ち着かせたり、まぁそういう類いのことが出来ます。」


ハルはの肩を掴むと、前髪を上げて、クロロに見せる。


「この痣以外にも、キチェスには心臓の辺りにもう一つ痣があり、その痣と同じ痣を持つものがこの世界に1人いますが、それが守人です。」
「ハ、ハル・・・」


ハルに訴えるように言うが、彼は見向きもしない。


「私達守人は、そのキチェスを守る為に生まれた人間です。」


その言葉に、はまた倒れてしまいそうな程青い顔をしていた。
それに気づいたハルは首を傾げてを見下ろす。


「何浮かない顔をしているんですか。昔から貴方は守人がいない事を嘆いて・・・」
「ハル・・お願い、もう黙って・・。」


それを綺麗に無視してハルは言葉を続ける。


と出会って、何か変わったことは?例えば痣が濃くなったとか、身体が軽いとか、安心するとか・・・何でも良いです。」


問われて、クロロはすぐに思い当たる全ての項目に、顎に手をやった。


「・・・」


だが、全てこの男の話を信じるのは躊躇われる。


「心当たりがあるようですね。」


クロロはを見た。
これ程が嫌がっている。ということは真実である可能性は高いように感じる。


「守人は同じ痣を持つキチェスを命をかけて守る必要があります。理屈ではないんです。自然と、身体が動き、気づいたら守っている。」
「・・呪いみたいだな。」


そのコメントにハルは軽く笑った。


「そう考えると面白いですね。ですが、貴方も何となく感じているのではないでしょうか。何故かのいる方へ足が向く。共にいると満たされる。」


あれは本屋にある本が面白かったからだ、と思ったが、心の何処かで否定される。
恐らく図星なのだろう。


「それを感じているのなら、貴方は間違えなくの守人ですよ。なにより、その額の痣が証拠です。」


クロロは再び痣に手をやった。
何の変哲も無い、唯の痣だ。


、今回のニュースで、必ず奴らが動き始めます。暫く身を隠しなさい。」
「うん。ごめん。」


俯いたその頭をさらさらと撫でる。


を、頼みますよ。」


ここまで言って、満足なのか、ハルは部屋を後にした。






















ハルは既にいない。
相変わらず容赦の無い人だ。
言いたく無い事をほぼ全て言って、去って行ってしまった。


「守人、か。」


沈黙のなか、クロロがぽつりと呟いて、は顔をあげた。


「何故言うのを躊躇った。お前に不利な情報ではない筈だ。」


まだ質問するのか、とは嫌そうな顔をしたが、渋々口を開いた。


「今朝、クロロさんが守人だって気づいて、気が動転してたし、ずっといなくても何とかなってたから、今更クロロさんを巻き込むのもどうかと思って。」
「だが、探していたんじゃないのか?」


問われては首を横に振った。


「ハルが言っていたように、昔は、皆にはいる守人が私だけ傍にいなくて、何でって駄々をこねてたけど、もうそういうものなんだって割り切るように思ってからは、別に。」


別段、クロロはそれに何か感情を抱いているようには見えなかった。
ただ、頷いただけ。


「取りあえず、朝食を取るか」


そういえば観葉植物以外にもう一つ袋があったことを今更思い出して、はのろりとテーブルに向かった。











失態



2012/5/7 執筆