本は紙。紙の原料は木。
これはにとって本を探す上で大きな助けになった。
加えて、昔の本というのは今のように不純物が混じった紙ではない。
大半が植物が色濃く残っているのだ。

勿論、既に死んでしまっている植物の声は聞こえない。
しかし、その本がどのような遍歴を辿って来たかは少しだけ感じ取ることが出来るのだ。


(あれは、血をいくつも見ているやつだ。クロロさんとか好きそう。)


そう思いながら本をどんどん手に取って行く。


(あんまり古いものに見えないけど、大分色んな物を見て、移動もしてるみたい・・保存状態凄い良いじゃん。)


得てして経験の多い本は面白いものや貴重なものが多い。
この時代まで残っていて、色々な人の手を渡って来ているということは保持してきた人がその本に対して保存状態を気にする程の内容が書かれており、様々な人が欲しがったからだ。


「・・確かに、お前の本の選び方は面白いな。」


から本を受け取りつつ、クロロは感心したように言った。
クロロから見れば、店内を余り見回ることもせず、最初からそこにその本があったのを知っているかのように、一直線にそこに向かい、また、思い立って、別の場所に直進する。
たまに、ちらりと表紙をみて、違うなと頭を横に振って戻すこともあるがそれも1割に満たない程度だ。
そして、本の中身を捲ってみると確かに興味深い。


(そして、念を使かっている様子も無い)


クロロはちらりとを見た。


「・・勘ですよ、勘。」


しかし、言われた本人は動揺を隠す様にへらりと笑う。
それにクロロは全く納得している様には見えないが、ここで特に追求する気は無いのか、相づちを適当に打つに留まる。


(しまった。いつもと違うんだった・・。もうちょっとゆっくり選ばないと・・)


だから彼と一緒は嫌だったのに、と悪態をつくが、そう言っても一緒に来てしまったものは仕方無いのだ。
もう少し、注意深くならないと、と自分に喝を入れ直した数時間後、は決定的な失敗を起こしてしまう。













Diva #4

















3時間程たっただろうか。
数件の古本屋を覗いた後、2人はカフェに居た。
今日は随分と冷える。コーヒーを二つ注文して、疲れた足を労った。


「明日は?」
「隣のベンゼルまで行こうかなぁと。あ、車、運転出来ます?」


駄目だったら汽車にしますけど。と続けて言う。


「お前は、今度は俺を足に使う気か。」
「だって、車の方が楽じゃないですか。本の持ち運びとか。」


そう言いながらコーヒーを口に運ぶ。
クロロも良い様に使われている自分に苦笑しながらコーヒーを口にした。


「それで、本はどうやって選んでいるんだ?」
「・・げほッ」


唐突に問われた、その答え難い質問に、は気管に入ったと、胸をどんどんと叩く。


「落ち着きの無い奴だな。」
「クロロさんがいきなり変な質問するから!」


少し涙目になりながら睨むと、クロロは飄々とした態度で再びコーヒーを口に運ぶ。


「で、どうやってるんだ。」
「・・・企業秘密です。」


そのふざけた回答に、クロロは更に追求しようかと考えたが、止めた。
どっちみち明日も本を探しに行く機会がある。
その時、観察してどのように選んでいるのかを突き止めるのも悪くは無い。

反対に、絶対追求されると思って身構えていたは、あっさりと引いたクロロに首を傾げながらもほっと胸を撫で下ろした。

























道を歩くクロロの手には十数冊の本が入った袋がある。
その重さを全く感じさせない様子で歩くクロロに、確かに荷物持ちとして来てもらって良かったかもしれない、と、初めてクロロの有り難みを感じていた。


「ここは桜並木だって、知っていたか?」
「そうなんですか。」


だから、この木達はこんなに眠そうなんだ。
少し雪がちらつく中、この距離の桜並木の桜が一気に咲いたらさぞ綺麗だろう、と随分昔を生きていた『彼女の記憶』を引っ張り出した。
自分とは全く違う性格の彼女は、桜の木を初めて見た時、穏やかに微笑んで歌を歌っていた。
桜の木と一緒に、大合唱だ。


「見てみたいな・・」


そう呟いて、は、はっと我に帰った。
足が自然と止まって、血の気がさっと引く。


「おい、どうし・・」
「あ、嘘、今の、嘘!」


立ち止まった彼女を不審に思って、自分も足を止めて振り返ると、彼女が青い顔をして桜の木に訴えているようだった。
何を馬鹿なことをやっているのだろうか、と眉を寄せた時、クロロは目を疑った。

桜の木に、つぼみがむくむくと出て来たかと思うと、物凄い早さでそれが成長し、花を咲かせたのだ。
1本の木だけじゃない。桜並木の木が全て、1本も残らず。
周りから歓声が聞こえる。


「・・?」


彼女は唇の色さえも無くした様に、青白い顔をして、ゆっくりと重力に従って崩れ落ちた。
それを寸でで抱きとめて、クロロは桜を見上げた。
明らかに可笑しい。今日は雪まで降っているというのに。


(明らかに、の仕業だ)


本を持ったまま、器用に抱きかかえる。
顔色は頗る悪い。


(だがどうやった?が念を使っている様子は全く無かった)


というよりも、むしろ、桜が咲き始めるのを察知して焦っていたように見えた。
自分が意識しなくても桜が・・というよりも植物が勝手に成長する念能力?
そんな使い勝手の悪い念能力があるか、とクロロは即座に否定した。
それにさっきも思ったが、明らかに彼女は念を使っていなかったのだ。


(まぁ、に聞けば分かることだ)


今まで余り興味は持っていなかった。
確かに、本に関する知識や、あのエドモンドが雇ったというので多少興味はあったが、執着する程ではなかった。
それがここに来てどうだろうか。
あの本の選び方といい、この桜といい、こっちに来てから彼女に興味を持つ出来事しか起きていない気がする。


(だが、何らかの植物に干渉する力を持っているのは間違い無い)


思い返せば花壇に咲いていた季節外れの花も、品種改良ではなく、の能力に依るのかもしれない。
だが、何の為にそんな力を手に入れた?
何かの為に手に入れたとしたら、本屋の店員なんてやっている場合じゃないはずだ。


(・・・先天的に持っている能力。そして、何らかの理由でそれを隠している。)


分からないでも無い。
あれがの力だとしたら、欲しがる人間は幾らでもいる。良い金儲けの道具になるだろう。


気になるが、まずは休ませるのが先決だ。
クロロはホテルへと向かう足を早めた。











失態