クロロが向かった家というのは、小奇麗なマンションの一室だった。
廃墟、というイメージがすっかりついていただけに、これは嬉しい誤算だった。

長く使われていなかったからか、少し埃っぽいその部屋は2部屋にリビングとキッチンがあるという、比較的広い家だ。


「出かける時は俺かノブナガと出かけろ。良いな。」


食器を使うものだけ洗い、コーヒーを入れていると、そう声を掛けられた。ノブナガは買出しに行っていて、部屋にはいない。


「家にも極力誰かいるようにはする。」


呼び鈴の音がする。玄関に向かおうとするものの、クロロはそれを手で制した。


「あと、誰か来てもお前は出るな。」


クロロはそのまま玄関へと向かった。
ため息をついて、コーヒーをカップに入れる。玄関から2人の話し声が聞こえ漏れてきた。
客人だろうか、ともう一つコップを出したところに入ってきたのはシャルだった。


「あれ、シャルさん。」
「お邪魔するよ。あ、コーヒー?」


の手にある、琥珀色の液体が入ったサーバとその匂いに、シャルは少し顔を明るくさせた。


「もー、団長ったら、アレ調べろだのこっち来いだの、昨日から寝て無くてさ。ほんと、人使いが荒いよ。」
「ブラックで良い?」
「うん。」


椅子に腰掛けると早速パソコンを開くシャルの前に、カップを置いた。














Diva #25


















今日は天気が良い。
ベランダのカウチに腰掛けて、同じくベランダに並べられているプランターを眺めた。


『きもちいい』


やわらかく降り注ぐ日の光は私だけではなく、プランターの植物にも例外なくその恩恵をもたらし、彼らは嬉しそうに葉を揺らした。


「うん、今日は、凄く良い天気。」


そっと目を閉じると、植物達の口ずさむ歌が聞こえる。
思わず一緒に口ずさみそうになるのを抑えて、その歌声に耳を傾けた。


目を瞑るとこの陽気と歌声に誘われて眠気が襲ってくる。
心地良いそれに、私は身をゆだねた。




ーーーーこの、星の行く末を、口にしないまま逝く気?ーーーー


まぶたの裏に、映る女性は、顔色をなくしてベッドに横たわっている。あの星で最後の最長老だ。


ーーーー・・・未来は変えられないさ。お前も予言の力を持つ者。それは弁えておいで。ーーーー


薄く、最長老が目を開いて”自分”をまっすぐと見据えた。


ーーーー残ったキチェス達のことは頼んだよ。お前も視えているだろう?箱舟に乗って、星を出るキチェス達がーーーー


”私”は顔を歪めた。いけ好かないキチェスの1人であっても、彼女は、ある意味良き理解者だった。
憎まれ口を叩いてもそれを笑ってかわし、視える未来を共有できる唯一のひと。


ーーーー流石のお前でも、その先の未来は、視えていないのだろうね。ーーーー
ーーーー其の先の未来?ーーーー


何のことを言っているのかも分からず、”私”は首を傾げた。


ーーーーそう。お前は、いずれ理屈を抜きに添い遂げる人を見つけるだろうよ。ちと、危険な男みたいじゃがーーーー


くつくつと低く笑う声が響く。


ーーーー其の男とならば、大丈夫じゃろうて。ーーーー


何を言っているのか分からず、”私”は最長老の顔を覗き込んだ。その瞬間、一瞬にして、映像が流れ込む。
跡形も無く潰されてしまった村。泣きじゃくる小さな少女。最後に、黒い男。

よろり、と倒れかける身体を叱咤して、何とか体勢を保った”私”は、もやが掛かるような頭を振り払った。
今のは、一体何だったのだろうか。


ーーーー最長老、今のは・・・ーーーー


尋ねようとしたものの、彼女は規則正しく胸を上下させながら、眠りについたのが分かった。




暗転。


気付くと、緑の淡い光の粒が身体を包み込む。言葉は発しないものの、それは意思を持つようにうねりながらその数を瞬く間に増やしていく。
直感的に分かった。これは、この星だ。

今は、どっちの”私”だろうか。
鏡なんてものは無い。手のひらを見ても、どちらのものかだなんて分からない。
それでも、手を見下ろしたときにさらりと視界に入ったものは黒で、ようやく、今は生まれ変わった後の自分だと認識する。

地響きのような音が小さく聞こえる。これは、きっと星の鼓動だ。
落ち着く音に、自然とまぶたが下がり、口が勝手に開いた。

声なのか、何なのか分からない。とにかく、その緑色の光の大群が発する音に誘われるように、私の口は歌をつむぎ出す。




其のとき、頭に鈍痛が走った。


「眠りながら歌うなんて、器用な奴だな。」


視界が明るい。


「・・・クロロ、さん?」


私はぼんやりと彼を見上げると、数回瞬きをして、慌てて立ち上がった。
きょろきょろと周りを見回すと、そこはベランダで。頭が混乱して沸騰した。


「あれ?」


しかし、頭の熱は急速に冷えていく。其れと共に冷静さを取り戻した。


「あ、夢か。」


何だか良く分からないが、もう一発クロロさんから殴られた。痛い。




















ベランダから中に入ると、テーブルに突っ伏して眠っているシャルさんの姿と、テレビゲームをしているノブナガさんの姿があった。


「シャルの調べだと、キチェスの村を襲った時に回収した村の物をMSCがどこかに保管しているらしい。今、場所は割り出させてるが・・・」


そう言ってクロロさんが視線をシャルさんに向けると、彼は眠っているのにも関わらずそれを察したのか身震いを一つした。


「あの通り、シャルが根を上げていてな。今週中には割り出して、近いうちにそこを襲撃する。」


少しシャルさんに申し訳ない気がしてきた。今日は彼の好きなものを夕食に用意しよう。


「っつーことは、ようやく暴れられるってことだな。」


ゲームをしながらノブナガさんが嬉しそうに声をあげた。この人たちは、破壊衝動でもあるのだろうか。
であれば、一緒に行動するのは激しく遠慮したいところだ。


顔を引きつらせていると、シャルさんのパソコンが音を立て始めた。
クロロさんはパソコンを覗き込みながらシャルさんの頭を持っていた本で殴る。


「んー・・・あと2時間・・・」
「下らないことを言ってないで、起きろ。」


億劫そうに顔を上げたシャルさんは目が半分開いていなかったが、パソコンから発せられる音と、その画面に(ちなみに、ぼーっと上を見上げるシャルさんの首を強引にパソコンに向けさせたのはクロロさんだ)その目を見開いた。


「ハッキング!?俺のパソコンに!!??」


悲鳴を上げながらキーボードを慌てて叩き出したシャルさんに私とクロロさんは目を見合わせた。


「・・・団長、すぐ移動しよう。場所がばれた。」


シャルさんはパソコンを持ち上げて、立ち上がった。


「あぁ?今良いとこなのによ・・・。」


ノブナガさんはゲームのコントローラーを手にしたまま不服そうに呟いたが、すぐにぎろりと寝不足で機嫌の悪いシャルに睨まれて渋々立ち上がる。


「・・・このマンションは消すか。必要なものは持って行け。」


さらっと物騒なことを言って、クロロさんはいつの間に持っていたのか、念でできた本を捲り始めた。



















ノブナガさんの隣では相変わらずシャルさんがパソコンを弄っている。
落ち着いている様子を見ると、彼から見て、一難は去ったらしい。


「こっちのことはどれくらい相手にばれたんだ。」
「あー、それは大丈夫。このパソコンには大した情報入ってないし、マスターの方にも繋がない奴だから、そういう意味では完全にスタンドアローン。せいぜい見られたのは最近調べてたMSCの情報とゾルディックの依頼内容くらい。」


車を運転しているのはクロロさんだ。彼曰く、ノブナガさんの運転は乱暴で、シャルさんは寝不足の時は相当なスピード狂になるらしい。


「相手は。」
「んー、そこまでは分かってないんだけど、ゾルディックの線が濃厚かな。」


かちゃかちゃとパソコンを弄っていたシャルさんは、ようやくパソコンを閉じたかと思ったら、もう一台のパソコンを取り出した。


「あーぁ、最新型だったのに、そっちは破棄かぁ。まぁ使い捨て用だったから良いんだけどさー。」


そうぼやきながら、次の仮宿へとシャルさんが道案内する。
それをぼんやりと聞きながら私は窓の外を見た。

悔やまれるのは、冷蔵庫の中に忘れてきたケーキの存在。夕食後に食べようと楽しみにしてたのに。


「いたっ」


考えていることがバレたのか、クロロさんがこつんと私の額を弾いた。









加速



2013.6.10