クロロさんが戻ってくると、シャルさんは早速私の捕縛依頼がMSCからされていること、そして、黒い歌というキーワードについて私が何か知っているということを伝えた。

黒聖歌についてなんて、言わなくて良いのに、と心の中で悪態をついていると、自分の目の前にクロロさんが立っているのに気付いた。


「部屋で話を聞く。来い。」


一応、他の人に言えない内容だからか、シャルさんに言わなかったことを気遣ってはくれたのか、クロロさんは私の手を引っ張ると強引に立ち上がらせた。そのせいで、いくつか膝の上に乗せていた本が床にちらばる。


「しょうがない奴だな。」
「・・・今のはクロロさんが悪いと思う。」


少しむくれて言いながらも、本を拾い上げた。すると、それを待っていたクロロさんは私の手を引いて歩き出す。
言いたくないのを知っているから、逃げないように、だろう。
事実、往生際の悪い私は距離を置いて大声であの歌を歌ってクロロさん達を眠らせてやろうと思ってたから、彼の行動は正しい。


「歌う素振りをしたら口を塞ぐからな。」


何故、ばれたのだろうか。
首を傾げると、面白そうに私を見下ろすクロロさんと目が合った。












Diva #23















嘘をつくのは慣れているはずなのに、何故かクロロさんの前だと上手くいかない。
私は諦めて、旅団の人は勿論、ハルやエヴァにも絶対に言わないという約束で黒聖歌の話を包み隠さずクロロさんに話した。
半ばヤケになって話す私の話をクロロさんは相槌を返しながら聞いた。


「MSCの奴らが黒聖歌の存在を知っている可能性は、あるな。」


其の言葉に、私は、何故、と思う。


「奴らは昔、キチェスをためらいも無く皆殺しにした。それが、今回は捕縛命令だ。キチェスの新たな能力が分かってそれを利用しようとしているからだろう。黒聖歌なら、利用価値はいくらでもある。」


尋ねる前に、クロロさんは理由を話してくれて、私は押し黙った。
そう考えると、MSCから出された依頼が捕縛になっていたのも、黒い歌というキーワードが入っていたのも納得は行く。


「・・・でも、可能性の一つに過ぎない。」
「あぁ、そうだ。だが、あいつらがお前を捕らえようと動いていることは事実だ。」


其の言葉でエヴァたちのことを思い出した私は、あ、と声を上げた。


「一応、エヴァたちにキチェスが狙われてるってことを言おうと思って。でも、電話だと盗聴される可能性があるから・・」
「話は俺から伝えておく。黒聖歌のことは除いてな。」


私はほっと胸を撫で下ろした。
私が1を言えば、彼はそれ以上のことを理解する。本当に凄い人が守人になったものだ、としげしげとクロロさんを見ていたら彼と目が合った。


「何だ、今日も此処で寝たいのか?」


からかうような響きに、私は眉を寄せた。


「違う。」


慌てて背を向けると、ドアを勢い良く開く。


「おやすみ。」


そして、ちらりと彼を見て、そう言うとさっさと部屋を後にした。
少し暖かい春の季節、夜となると少し肌寒い。
何せ、此処は廃墟。廊下は外からの風がよく入ってくる。風通しが良すぎるくらいだ。


部屋の近くにある窓で足を止めて、外を眺めた。
春は一番好きな季節だ。草木たちが嬉しそうに芽吹き始める季節。


(桜、また見たいな)


もうグリーズの町には行けないだろう。あの桜並木は本当に美しかった。


『歌って』
『歌って、


窓の外から植物達が歌をせがむ。


「歌えないの。御免ね。」
『どうして?』
『あなたの歌が、聞きたいの。』


聞き分けの無い子供のように、小さくささやく声は途切れない。
そうせがまれると、歌いたくなってしまう。小さい頃から息を吸うように歌を歌ってきたキチェスは歌うことを何よりも愛するとされているが、それは私も例外ではなかった。


「少しだけ」


キサナド(聖歌)でなければ、植物達はいたずらに成長しない。少しだけ元気になる程度だ。
私は、小さく息を吸い込むと、小さな、本当に小さな声で歌い始めた。
嬉しそうな植物達の歓声が耳に届く。

そして、声を連ね始める。キチェスにしか聞こえない植物達との合唱。

自然と頬の筋肉が緩んだ。



















キチェスの能力は念能力と融合して、本来の能力に加えて様々な能力を兼ね備えるようになった。
キチェスの里の結界しかり、歌だけではなく、強く念じることで植物がそのかたちを変化させることしかり。
そして、対となり生まれる守人の存在。

私達は、その特異な能力を持つにも関わらず、この世界で生きるには弱すぎた。
そして、狼人間はこの世界で生きるには強すぎた。




「ねぇ、何で泣いているの?」


獣の鳴く声が聞こえる。
大きな、狼だ。


「歌を・・」


かすれる声で狼は呟く。


「歌を、歌ってくれ。」


空には、見事な満月が輝いていた。


「えぇ、喜んで。」


私は、少し驚いた後、笑って答えた。キチェスである自分に価値なんて見出せなかったけど、この狼は、本当に私の歌を欲しているのが分かった。
嬉しかった。

私が歌うと、狼はうっとりと目を細めた。
真っ黒で大きな体躯を木に預け、やがて彼は眠りにつく。

すぐに分かった。彼は、憔悴していたのだと。


「満月の夜、また歌を聞かせてくれないか。」


数時間後、起き上がった狼はそう言った。
断る理由が無い私は笑顔で頷く。
私がキチェスだと知らなくても、私の歌を必要としてくれる人がいる。



映像がぶれる。

暗転。

そして、光。


「起きろ」


其の声に私は目を覚ました。


「・・・珍しいな。こんな時間まで寝てるのは。」


窓の外を見ると、随分と太陽が高い位置にある。今は、何時だろうか。


「いい加減腹が減った。」
「あぁ、ごめん。もうお昼?」


のろのろと起き上がって時計を見ると、それは昼過ぎだということを現していて、随分と寝ていたことが分かる。


「あぁ。」


カーディガンを羽織って靴を履く。


「30分で作る。」


クロロさんだって料理が出来ない訳では無いだろうに。と思ったところで私は彼の料理を食べたことが無いのに気付いた。
これだけ器用な人だ。美味しいものを作ってくれそうだ。


「今晩はクロロさんがご飯作らない?」
「・・・何だ、急に。」


彼の表情からは感情が読み取れない。
ここまで真顔で返されると少し困る。


「クロロさんが料理してるところ見たこと無いけど、クロロさんなら美味しいご飯作りそうだな、って思って。」
「期待を裏切って悪いが、俺は一度も料理らしい料理をしたことが無い。」


それだけ言って彼は部屋に引っ込んでしまった。
今のは作るのを拒否された、ということだろうか。








春の芽吹き



2013.6.3