朝、目を覚ますと私は見覚えの無い部屋に居て、体を固まらせた。
カーテンの隙間から差し込む光が少し顔にかかって目を細めると同時に、視界に黒い頭が入ってきて、びくりと身体を揺らす。


「・・・・ま、まさか・・・。」


何がまさかなのか、言った当人が言うのも何だがよく分からない。
とにかく、私は思い出した。昨夜の出来事を。


「!!」


私は飛び起きると急いでベッドから出た。
じりじりと後ろに後ずさりながらすやすやと寝ている男・・・クロロさんを凝視して、声にならない悲鳴を上げた。

私は、なんて馬鹿なことをしてしまったのだろうか。


「ああぁぁ〜、私の、馬鹿!あほ!」


いてもたってもいられなくて、自分を罵っていると、ベッドの方から低く笑う声が聞こえてくる。
気配に敏感な彼のことだ。起きているのだろう。


「くっくっくっ・・・・お前は、面白いな」


見たくは無いが、自然と視線があがると、クロロさんと目が合って、私は身体を小さくした。


「あ、いや、何ていうか、悪気があった訳じゃなくて・・・。」
「朝食はコーヒーとトーストで良い。」


つまるところ、朝食を作れ、ということなのだろう。
私は大きく息を吐き出すと、とぼとぼとクロロさんの部屋を出てキッチンへ向かった。










Diva #22












何だって、守人の傍はこんなにも居心地が良いのか。
いつも以上にぐっすりと眠れたことを自覚している私は、なんとも言えない気持ちでコーヒーを入れていた。


「よ、。早いな。」


コーヒーの匂いをかぎつけたのかどうかは知らないが、レインがキッチンへ入ってきて、にこりと笑って返した。


「昨日は、ありがとな。」
「うん。別に、良いよ。コーヒーいる?」


落とし終えた豆の入ったドリッパーを流しに置きながらたずねると、彼は頷いた。
カップに、少しヒビが入っているのが頂けないが、それを3つ取り出して入れる。


「クロロは?」
「・・・さぁ。」


何て返してよいか分からず、私は肩を竦めてそう返すと、カップを手にとって彼に渡した。


「なんだ。早速守人とは・・って説教たれてやろうと思ったのにさ。」
「説教なんて・・・聴きたがるかな、クロロさんは。」
「守人とキチェスについては聞きたがるだろうね。」


何故か自信たっぷりに言う彼に、私は首を傾げた。


「そういうもんなんだって。守人は、キチェスについて知りたがる。あいつも、きっとの昔のこととか知りたがるね。賭けても良い。」


それはそれで、微妙だ。昔の話なんて。


「守人は自分のキチェスについて全部知ってなきゃ気が済まないのさ。」
「プライバシーの侵害。」
「はは、そうだね。」


トースターが音を立てる。
それと同時にクロロさんが入ってくるものだから、彼は本当にタイミングが良い。


「って、噂をすれば。」
「どんな噂だ?」


面白そうに尋ねるクロロさんは椅子に腰を下ろして、テーブルに頬杖をつきながら私を見た。


について話をしてあげようか、クロロ。昔のはなー、それはもう、ちっこくて可愛くって・・」
「レイン!」


私よりも5つ歳が上であるレインは、近所のお兄さんみたいなものだ。
小さい世界だったため、恐らくほとんどの私の所業を覚えているだろう。


「続きを聞こう」


クロロさんが先を促すと、レインは「ほらね」とにやにやとした顔で私を見た。
何でハルといいレインといい、他の守人はこうも余計なことをしたがるのか。


「ほら、朝食をどうぞ。レインの分はなし。」
「冷たいなぁ」


へらへらと笑ってレインはコーヒーを口に運んだ。


「おねしょした時、一緒に言い訳考えてあげたのに。」
「いつの話?全然覚えてない。」
「ハルから怒られてたときだって、助けてあげたよね?」
「そうだっけ?」
「・・・昔は、肩車して、とか可愛くおねだりしてくれたのに・・・・。」


はぁ、とため息をついたレインはテーブルに突っ伏した。


「なら、ウヴォーに今度してもらえば良い。」
「・・・クロロさん、流石に今はもう良いよ・・・。」


ため息混じりに返すと、2人に笑われた。






















今日はこの国にある美術館へ盗みに入るらしく、夕方からクロロさんとレインは出かけていってしまった。
シャルさんは今回は留守番らしく、広間にパソコンを持ち込んで弄っている。
恐らく、私の護衛みたいなものなのだろう。一応狙われてる身ですから。


「お、動き出したね。」


キーボードを叩いていた音が止むと、シャルさんがそう呟いたので、私は本から顔を上げた。


の捕縛依頼。MSCが依頼したみたいだ。ゾルディックにじゃないけどね。」
「捕縛、なんだ・・・。」


てっきり暗殺依頼だと思っていたのに、彼らは何がしたいのだろうか。


「多分理由があるんだよ。の持つ能力を利用したい、とかね。」


私はそれに眉を寄せた。
キチェスの力を利用したがる人は過去、何人もいた。前世の記憶まで合わせればきりが無い。
それだけじゃなく、前の”私”は予知の力を今よりも使いこなせていたから、その数は多かったのかもしれないが。


「MSCのメールの一部から、黒い、歌・・・っていうキーワードは拾えたんだけど、心当たりはある?」
「・・・黒い歌?」


キサナド(聖歌)には、表向きには失われた章がある。第49章、黒聖歌だ。
これをキチェスが歌うことで植物は枯れ、枯れた植物はキチェスが再生歌を歌うまで眠り続けるというこの黒聖歌は前の”私”の時はキチェスの中で最重要機密事項として扱われ、国家にも知らされていない密歌だった。
しかし、黒聖歌は、名実共に失われた。
前の”私”は知っていたけれど、今の”私”になってからは教えられた記憶が無い。

黒い歌というのが本当に黒聖歌を指し示すのかどうかは知らないが、それをMSCの人たちが知っているというのには違和感を感じる。
彼らは、どこでその存在を知ったのだろうか。


「あるみたいだね。」


シャルさんのその声にはっと意識を引き戻した。


「ある、けど。合ってるかどうか。その存在を知る人はこの星には居ない。MSCの人が知ってる可能性は皆無だから、違うと思う。」
「内容を聞いても?」


それに私は首を横に振った。
黒聖歌については、もうそれについて口にすることも、歌うことも無いと思っていたし、そのつもりだった。


「じゃぁ、団長にだけは、話して貰える?後は彼に判断して貰えば良い。」
「・・・・分かった。」


だから、クロロさんだからと言って言うつもりも無い。唯、彼相手に隠しとおせるかどうかは自信が無いが。


「依頼主はのモンタージュと、額の痣を念で隠している可能性があること、歌で植物を成長させることができること、黒髪で長身の男が一緒にいる可能性が高いことだけ伝えているみたいだから、まぁ、ここを突き止められる事は無いだろうね。団長の顔が割れてないっていうのがせめてもの救いかな。」


実際に依頼内容を聞くと、それが急に真実味を帯びてくる。


「でも、1人で出歩かないようにするくらいはした方が良いだろうね。」
「う、ん。」


彼らの狙いは、何なのだろうか。
黒い歌、というキーワードが喉に引っかかった骨のようにじわじわと気持ち悪く感じ始める。

そういえば、私が狙われている、ということは自然とエヴァも狙われるということになるのでは無いだろうか。
一応私の似顔絵はあるものの、額の痣を隠したり歌で植物を成長させることが出来る、という点ではエヴァも一緒だ。
クロロさんが帰ってきたら、相談しよう。


そう思って私は、はた、と止まった。

事情を知っているのがクロロさんしかいないとは言え、余りにも頼り過ぎだ。
これでは、まるで、本当に”キチェスと守人”ではないか、と。






蜘蛛



2013.5.27 執筆