”彼女”の家には、ベッドルームが2つあった。
ゲストルームと言うには、誰かの私物がありすぎるそこに、の言うとおり、”彼女”は誰かと暮らしていたのだろう。


「狼人間、か。」


は、”彼女”の家族はこの星には居なかったと言っていた。
可能性が高いのは、”彼女”の夫。
それも、狼人間。


クロロはそろそろ眠りに着こうと、蝋燭の火を吹き消した。
隣の部屋からは微かな歌声が聞こえてくる。


ベッドに横になった後も、の口ずさむ声は途切れない。
気になって眠れないかと思いきや、逆に安心感を覚え、程なくしてクロロは眠りに着いた。










Diva #20












薄暗い廃墟の中、黒い、長い髪の男が立っていた。
私の隣にいたクロロだけではなく、近くに居たシャルもフィンクスも、その姿を認めた途端、張り詰めた空気を纏う。


「イルミ・・・何の用だ。」


私の視界を黒いものが遮る。
クロロの背だ。それほどに、彼は危険なのだろうか。
私は顔見知りらしい2人の会話に耳を傾ける。


「別にクロロに用がある訳じゃないよ。」


自然と、彼の”用がある人物”はクロロ以外の3人のうちの誰かということになる。
それは自分だろうか、と思い当たったところで、クロロが口を開いた。


「・・・シャル、を連れて行け。フィンクスもだ。」


やはり、狙いは自分のようだ。
宙に浮く体はシャルの腕の中に納まる。


「了解」
「嫌だ」


戦うのならば、一緒にいる方が良い。
私は首を横に振ってシャルを見たが、彼は苦笑するだけだった。


「おら、行くぞ。」


フィンクスがとんとシャルの肩を叩いた。
視線をクロロに向けると、彼はイルミに視線を据えたまま、右手に本を出していた。


視界がぼやけていく。

同時に、意識も沈んで、視界は真っ黒に染まった。



















起きろ、という声が耳に響く。
浮上する意識に、ゆっくりとは目を開けた。


「あれ・・?」


見覚えのある天井。
おはよう、という草木の声。

ここは、キチェスの里だ。


「夢・・・。」


あれは夢だったのか、と認識して、ようやくは起き上がった。


「夢?」
「うん。なんだっけ。黒い長い髪の、イルミっていう人が来る夢。」


それは穏やかじゃない夢だな、とクロロは笑いかけて、やめた。
ハルの言葉が脳裏に蘇る。予知夢というキーワード。


「詳しく話せ。」
「・・・その前にお水、飲みたい。」


当然ながら、ここにガス、電気、水は通っていない。
しかし、水については近くに井戸があり、そこから調達できるのだ。


「あぁ、そこにある。」


そう言って、クロロはペットボトルを渡した。


「ありがとう。」


受け取って、それを流し込むと、口の中がようやく潤った。
予想以上に乾いていたらしい。


「で、夢だけど、」


言いかけて、もう一口水を飲み込んだ後、はペットボトルをサイドテーブルに置いた。


「私とクロロさんと、あとシャルさん、フィンクスさんが廃墟の中にいるところに、”イルミ”という男が入ってきて、」


クロロは聞きながら、サイドテーブルのペットボトルを手にとって自分もそれを口に含んだ。


「彼の狙いは多分私。それで、クロロさんはシャルさんとフィンクスさんに、私を連れて逃げるように言うの。」


イルミが来るとしたら、それは誰かからの依頼だ。
MSCが動き出したとシャルが言っていたため、そこからの依頼と考えるのが自然だろう。


「その後は分からない。」
「そうか。」


クロロは立ち上がった。


「顔を洗って来い。他の家を調べて、夕方までに此処を出る。」


頷いて、もまた立ち上がった。
外に出ると、風が頬を撫で、木々がささやく。

此処は、本当に良い場所だ。都会の植物達は少し息苦しそうにしているが、ここの彼らはのびのびと生きている。
井戸から水をくみ上げ、顔を洗うと、すっと気持ちが落ち着く。


「今日、此処を出るの。ナギ。」


彼女は当初、サージャリムを憎み、キチェスという存在を唯歌う事しかできない人形だと嘆いていた。
だが、この星に降り立ち、狼人間と出会うことで、彼女は変わった。
自分の存在価値を見出した彼女は、この里を作るにあたり、尽力した、はずだ。
その里は今もこうして誰にも侵されることなく、そのままの形を保っている。


「・・・貴女は、かつて”楽園”に行くことを拒んだけれど、貴女が作ったこの里は、本当の”楽園”だよ。」


願わくば、ここは、このままであって欲しい。



















他の家も調べてみたが、やはり有用な情報は見つからなかった。


「・・・やはり、最長老の家にあった木箱の中身が鍵だろうな。」
「一旦、第二のキチェスの里に戻る?」


車を走らせながら、クロロは首を横に振った。


「あそこにはもう無いだろう。他のキチェスの里を探すしか無いな。」


それには渋い顔をした。
他のキチェスの里がどこにあるかだなんて、皆目検討がつかない。


「仕事のついでにはなるが、仕事場の近くに、人が立ち入らないような森があればそこを調べる。出来るのはそれくらいだ。」


次の仕事はこのエイジアン大陸のシン国。
そこの国境に一つ、そういう森があった筈だ。

一つ、気に掛かることと言えば、が見た夢だが、それについてはもうシャルに連絡を取って、MSCの中心人物の洗い出しおよび、ゾルディックへの暗殺依頼の確認をするように言ってある。


「うん。ありがとう。」


早く見つけるに越したことではないが、喫緊かと言われるとそうでもない。
ゆっくり探せば良いと自分に言い聞かせては背もたれに身体を預けた。


「・・・植物から、人が話していた内容を聞くことは出来るのか?」
「・・・どうだろう。やったこと無いけど、多分簡単な内容なら出来ると思う。」


これが出来るとすれば、は重要な情報源になり得る。と同時に良い標的だ。
こぞって権力者は彼女を欲しがるだろう。


「そうか。分かってるとは思うが、自分の能力について人には話すなよ。旅団の団員にも、だ。」


は分かってると言いた気な視線をクロロに送ったが大人しく頷いた。










2013.5.20 執筆