車も走れないような場所。
それが死の森だった。
何とか木の少ない場所を走り続けてきたが、隙間無くそびえ立つ木々に、クロロは車を停めた。
「ここからは歩くぞ。」
そう言って車を出るので、もそれに習って出る。
ぽつり、とこの緑の中佇む車は目立つので、は車の傍の草に手を置いた。
するすると、それは伸び始めて、車を覆う。
依然はこういうことは声をかけない限り出来なかったが、クロロがいるせいか、自然とできてしまうそれに自身も驚きを隠せなかった。
「守人といることで、キチェスの力も強くなるって、本当だったんだ・・・。」
「便利だな。」
さて、方向はどちらだろうか、と森の声に耳を澄ませると、彼らが教えてくれる。
歓喜の声が混じるそれには顔を自然と綻ばせた。
「方向は?」
最近、が植物と会話している時は何となく分かるようになってきた。
里の場所でも聞いたのだろう、と当たりをつけて尋ねると、は指を上げた。
「抱えて走るからな。」
そういった時には、もうはクロロの肩に担がれていた。
Diva #19
森の奥へ、奥へ進むたびに森の歓喜の声が大きくなる。
手付かずの未開の地とは、真実のようで、人が立ち入った様子は全くと言って良い程無い。
小一時間走り続けたところでがクロロの肩を叩いた。
「ここか?」
「お、おろして・・・」
予想はしていたが、やはり酔ったをゆっくりと下ろすと、彼女はふらふらと木に手を突きながら歩き出した。
「・・・?」
彼女が触れている部分が淡く光を放つ。
木々が密集してその先には進めないようになっているのに、つぎつぎと木々が淡い光を放ちながら避けていくと黄緑の、淡い色を放つ草で道が出来ていく。
それは、不思議な光景だった。
木々の笑い声がクロロの耳まで少し届く。
「ここ・・・知ってる。」
懐かしい記憶が蘇る。
ここは、キチェスと狼人間が出会った土地だ。
「”昔”の記憶か?」
の後ろをゆっくりと歩いていたクロロが尋ねると、は何故そのことを知っているのか、という目で見てきた。
「ハルから聞いた。」
「・・・そっか。うん。ここに、」
森の合唱が聞こえてくる。
この中に混じって過去のは歌っていた。
「”私”はいた。」
背後にある、歩いてきた道がどんどん消えていく。
本当に、キチェスと守人以外は入れないようになっているらしい。
開けた場所に出ると、近代的な小さな家が立ち並ぶ。
というよりも、見たことの無い構造だ。
木でも、コンクリートでも無い鉱物で作られた家。
玄関は二重扉になっており、1枚目が木の扉、2枚目が建物と同じ鉱物で出来ていた。
奇妙なのは、1枚目の扉には取っ手が無いということだ。
「こう開けるの。」
が木の扉の中心に手を当てると、扉が開いた。
「ここにはキチェスと守人しかいないから、鍵をする必要も無かったし、これが一番楽だったから、こうしたの。」
「何故2枚目の扉は木じゃないんだ?」
「声を外に漏れないようにする為。この建物に使われてる鉱物は音声を遮断するから。」
そう言って、は奥へと進んだ。
「・・・お前の家か?」
「うん。」
だが、も細部まで知っている訳ではない。
”彼女”の記憶は断片的なのだ。
「あんまり覚えてないけど、”私”は、ここで誰かと暮らしてた・・・んだと思う。」
「守人じゃないのか?」
は問われてゆるく首を振った。
「守人という人たちが生まれ始めたのは、”私”が死ぬ直前。最初は守人なんていなかった。」
これ以上考えても、無駄と判断したは、本棚を見始めた。
埃をかぶっているそれは、このひんやりとした家に放置されていた為か、保存状態は頗る良い。
それを手に取るに習い、クロロも本を手に取った。
「・・・この文字は?」
しかし、すぐに本から顔を上げる。
本は、クロロには分からない文字で書かれてあったのだ。
「キチェスが元々居た星で使われていた文字。」
口ぶりからして、彼女は読めるのだろう。
クロロはほかに何か無いか、と探し始めると、見慣れたハンター文字の紙切れが出てきた。
それには汚い文字が並んでいる。
(ハンター文字の練習をしていた、ということか。)
しかし、ハンター文字とは言っても、古いものだ。
いくつかは使われていない言葉も含まれている。
石碑等に描かれている言葉だ。
これが使われていた時代は、このような紙なんて立派なものは存在しなかった。
とすると、彼らが当時、どれだけ高い技術力を持っていたか等容易く想像できた。
「ここには、手がかりになりそうなものは無いよ。」
そういうものの、の手には一冊の分厚いノートがあった。
「それは?」
「・・・”私”の日記。」
言いたくなさそうに答えたは、家を出るために踵を返した。
クロロも、手に持っていた紙切れを本棚に戻し、彼女の後を追った。
「最長老の家に行って、何も無かったらもうここには何も無いんだと思う。」
「他の家は見て回らなくて良いのか?」
尋ねるとはうーん、と唸った。
この時代のは、キチェスの中心的存在だった。
彼女には先読みの力も、強いサーチェスも備わっていたからだ。
その家に無ければほかの家に手がかりになりそうなものは、最長老の家を除いて無いだろうと踏んでいたのだが、確かにクロロの言葉には一理あるかもしれない。
「・・・そうだね。後で、見て回ろうかな。」
最長老の家には小さな書斎があった。
しかし、本の数はそう多くは無く、確認するのにそう時間はかからないだろう。
「・・・この星に来るとき、結構急だったから、あまり荷物を持ってこれなかったような気がする。」
ぽつりと呟いた過去の記憶に、クロロは何も言うでもなく頷いた。
「・・?」
書斎の中を見回していたクロロは、妙な気配のする絵画を見つけて凝をした。
は本を確認していて気付いていない。
(この絵の、後ろか)
絵画を外すと、そこには壁に木箱が埋め込まれていた。
例のごとく、鍵穴や取っ手は見当たらない。
「。」
壊してしまっても良かったが、すぐ傍にこれを開けられる人物がいるのだから使わない手はない。
呼ばれたはクロロの方を向いて、首を傾げた。
「開けれるか?」
そうしてクロロの横に立ったはそっとその文様が細かく刻まれている木箱に手を突いた。
するすると文様が解けるように箱が開いていく。
「・・・何も無いね。」
大事に何を仕舞っているのかと、少し興味が湧いたが、その箱の中には何も無かった。
クロロは落胆の息を吐き出す。
「・・・ここを離れる時、その時の最長老が持ち出したみたい。」
とんとん、と指で木箱をなでるように叩くと、開いた箱はまたその口を閉め始めた。
「そいつが言っているのか?」
そいつ、とはその木箱を指している。
「うん。あんまり、明瞭に声は聞こえないけど。」
クロロは閉まった箱を見つめながら思案した。
第2のキチェスの里の最長老の家を調べたとき、こういう仕掛けは無かった。
とすると、その次の最長老に受け継がれていったと考えるのが妥当だ。
「ここには、何が入ってたんだろうね。」
「そいつに聞けないのか?」
は首を横に振る。
「この子は、そこまで話せない。」
日が暮れ始める。
窓から差し込む光がオレンジ色に変わって、は欠伸をした。
「明日、他の家を見て回ったらここを出る。」
「うん。」
頷いて、は”自分”の家へ向かう為、最長老の家を出た。
キチェスの里
2013.5.18 執筆