ポケットを震わす携帯に、クロロは読んでいた新聞をテーブルに置いた。
相手はシャル。彼から電話が来るのは珍しい。
「何だ」
『MSCが動き出したよ。グリーズで桜が開花した時、様子が可笑しかったを通行人が見ていて、そこから似顔絵が作成されてる。』
シャルは説明しながら、手元にあるモンタージュを眺めた。
素晴らしい出来、とまではいかないが、それなりに本人には似ている。
『捕獲命令が出てるみたいだから、一応知らせておこうと思って。』
予想以上に動き出すのが遅かった、というのが感想だ。
クロロは、そうか、とだけ返して、携帯を切った。
今日は此処を出る日だ。
2人の歌声が鼓膜を震わせた。
Diva #18
隣の席で地図を開いたが、こくり、と船を漕いだ。
1つめのキチェスの里。
手に入れた里の場所を示す地図と、現在の地図と照らし合わせると、アイジエン大陸の中央にある、磁器を狂わせる一帯(通称、死の森)の中心にあるようだった。
その一帯の上空は飛行船で行こうにも、機器が異常をきたす為に地上で行くしか術は無い。
そのため、近くの空港に降り立ち、そこからは来るまで移動しているという訳だ。
(人に運転させておいて、眠りこけるとは・・・)
呆れたようにちらりと横に座るを見て、ため息を付いた。
ぴかぴかとエンプティランプが点滅するのが視界に入って、ハンドルを切る。
シャルから、MSCが動き出した知らせを受けて、一応、目立った行動は取らないようにしている。
たとえば、いつもは適当な車を勝手に拝借するが、今回はちゃんと正規のルートで入手したり、も自分もサングラスをかけていたり、額に巻いている布は取って、の念で隠したり、など。
「、起きろ。ここで昼食を取る。」
ぱしん、と軽く頭を叩くと、はのろりと起き上がった。
「俺はガソリンを入れてくる。先に中に行ってるか?」
「んー、いいや。はぐれたら面倒だし。」
はぐれる、だなんて、ありえない。
このピアスを身に着けている限り、彼女を見失うことは無いだろう。ピアスが無くても円で探せば容易く見つかるが、それを説明するのも億劫なので、クロロはガソリンスタンドに向かった。
店員がガソリンを入れている間、が鼻歌を歌いだしたので、その鼻をつまんでやった。
「いたっ」
「まだあの家での感覚が抜けないか?外で歌うな。」
今朝まで、エヴァと共に時間を気にせず歌っていたせいか、気の抜けているを叱咤すると、彼女は慌てて口を塞いだ。
「そうだった。ごめん。」
素直に謝ったものの、は少し悲しそうにしている。
「気をつけろ。」
丁度、店員がガソリンを入れ終わり、ガス代を受け取りに着たので、エンジンを付けて、窓を開く。
店が集まる方へ向かうと、そこは平日ということもあり、人がまばらだった。
「やっと半分、というところか。・・・今日はアダンの町で一泊する。」
「分かった。」
この調子で行けば、夜には死の森にたどり着くだろうが、がいるとは言え、夜そんな場所で里を探すのは得策ではない。
アダンの町は車でここから2時間といったところだろう。明日の早朝出れば昼には死の森にたどり着くはずだ。
「しかし、何も無いところだな。」
当たりを見回す。
一応、ここいらでは数少ないパーキングエだが、随分と寂れている。
それだけ此処は人が立ち寄らない場所なのだろう。
「でも、ここのラーメンは中々美味しいよ。」
そう言いながら幸せそうにラーメンを食べるに対して、クロロは餃子をつまんだ。
「あ、私の餃子・・・。」
「まぁまぁだな。」
クロロは恨めしそうに見るを尻目に、自分の中華丼に手を付けた。
アダンの村は小さい村だった。
ホテルなんてものは無く、民宿が2つあるのみ。
(・・・顔が割れやすいな。)
観光客など来ないものだから、恐らくここで泊まると足がつくだろう。
もう少し都会であれば、ホテルに入ったところで、他の客にまぎれることが出来るのに、と内心悪態を着きながらも、クロロは車を出した。
「ここに泊まるんじゃなかったの?」
「この様子だと足取りを奴等に掴まれる可能性がある。今夜は車で寝るしかなさそうだな。」
それには、別段嫌そうな顔をするでもなく、頷いた。
てっきり、駄々をこねるかと思ったのに、と肩透かしを食らった顔でクロロはを見た。
「仕方ない。今までも、こういうことあったし。」
「・・・・」
それに無言で返して、クロロは人気の無い森の中に車を止めた。
食料は先ほどの店で、念のため買い込んでいた為、困る事は無い。とは言っても、クッキーやクラッカーばかりで夕食と称するにはいささか物足りないのだが。
「あっちに、魚がいるって。」
車を出て、目を閉じていたが、目を開くと、そう言って指差した。
大方、森が教えてくれたのだろう。
「そうか。」
だが、クロロは面倒くさそうに返事をしただけ。
「・・・魚が食べたいです。」
「そうか。」
再びそっけない返事を返してきたクロロに、はむ、と眉を寄せると、1人で歩き出した。
それにため息をついてクロロは立ち上がる。
言っては何だが、は念を使える割に、弱い。
下手したら念を使えない奴等よりも弱い。
「あいつは、狙われてる自覚があるのか?」
1人で歩き回るには、日が沈み始めたこの時間は向いていない。
おまけに、彼女が魚をとれるようにはお世辞にも見えない。
結局、クロロが魚を数匹捕まえ、調理する羽目になったのは言うまでもない。
ドライブ
2013.5.17 執筆