森から帰ってきた後、とエヴァは温室に引きこもり、今まで歌っていなかった分を取り返すかのように歌い続けた。
クロロはこの家にある本を温室に持ち込み、歌を聴きながら読書に耽り、ハルはが作り出した石の加工をしたり食事の用意をしたり。

この家では息を吸うかのごとく、歌があふれる。


「Sunday morning rain is falling」


ピアノもギターもヴァイオリンも、全てが揃っている温室。


「ほら、手拍子!」


エヴァから、そう声が掛かるたびに、クロロは本を置き、ハルと共に音楽に合わせて手を叩く。


「Steal some covers share some skin 」


不思議な感覚だ。
心地よさを感じさせる空間に、クロロは口の端をつり上げた。










Diva #17













朝、良い匂いが鼻を付き、クロロは部屋を出た。
キッチンでは、エヴァとが鼻歌を歌いながら朝食を用意していた。
珍しくハルの姿が見えない。


「おはよう、クロロさん。何か飲む?」


出会って初めて、穏やかな顔をしているに、やはり此処は心地よい場所のようだと思いながらも椅子に腰掛けた。


「コーヒー」
「あら、朝はハーブティーよ。ねぇ、。」


エヴァはそう言いながらポットにハーブを入れる。
はそれに苦笑しながらクロロに、それで良いかと目で尋ねると、クロロは仕方無さそうに頷いた。


「今、アップルパイを焼いてるから、後で食べるときにコーヒー入れるよ。」
「あぁ、それで甘い匂いがするのか。」


そう言いながらテーブルの上にある新聞を開く。


「はい、どうぞ。」


目の前に置かれたカップは薄い茶色。
ハーブティーは初めて飲むかもしれない。

クロロは手にとって、匂いをかいだ。


「まぁ、失礼ね!変なものは入ってないわよ!」


エヴァは口を尖らせて言いながら、自分の分をカップに注ぐ。


「別に疑ってはいない。ハーブティーを飲むのは初めてだから、どんな匂いがするかと思っただけだ。」


そう言って口に含むと独特な味が広がって鼻を抜ける。
少し癖がある、それに、クロロは少し眉を寄せたが一気に飲み干した。
寝起きは喉が渇くのだ。


「美味しいでしょ?」
「まぁまぁだな。悪くは無いが、良くも無い。」


クロロさんらしい答えだ、とは特に何も思わないものの、尋ねたエヴァとしては気に入らなかったらしい。


「エヴァ、クロロさんのまぁまぁは、美味しい部類に入るってことだから気にしなくて良いよ。」
「素直にそう言えば良いのにね。の守人は変わってるわ。」
「・・・・・(ハルも結構変わってるとは思うけど)」


そう言った所で、話がややこしくなるのは分かっているので、口にはしない。
は目玉焼きの焼ける音に、フライ返しを棚から取り出した。





















朝食の後、ハルから渡されたのは、昨日が作った共鳴の石のピアスだった。


「・・・私、ピアスホール開いてない・・・」


今更ながらその事実に気づいたはピアスを眺めた後、ポケットに突っ込もうとしたが、それをエヴァが止めた。


「開ければいいのよ。ほら、いらっしゃい。開けてあげるわ。」
「え、いいよ。何だったら、ネックレスにしても良いし。」
「だめよ!」


エヴァは嫌がるを引きずって、ピアスホールを開けに温室へ向かってしまった。


「・・・・」


クロロは無言でピアスを耳に付けた。
最近付けていなかった為、違和感があるかと思いきや、そのピアスは元から身体の一部だったかのようにすぐに馴染んだ。
そして、言葉であらわすのは難しいのだが、自然とがいるであろう場所へと視線が向かう。
何となく、空気でがいる方向が分かるのだから不思議なものだ。


「・・・驚いたな。本当に居場所が分かる。」


ハルはそう言うクロロにくすくすと笑った。


「円で探るよりも簡単でしょう。そのうち、どのくらいの距離があるかも分かるようになりますよ。」
「全く、に会ってから驚くことだらけだな。」


そのクロロの表情に、ハルは関心を持つ。
最初に会ったときよりも、少し柔らかくなった気がする。
一緒にいたことで情が湧いたのか、それとも無意識のうちに惹かれているのか。
これならば、本来のキチェスと守人の関係を築くのにそう長い時間はかからなさそうだ。

まるで呪いだ、とかつてクロロは言ったが、それは、その通りかもしれない。


「・・・これから、1つめのキチェスの里へ向かう、と言っていましたね。」
「あぁ。」


ハルも、が捜し求めているものについては知っている。
それが、見つけるのに相当の時間がかかる、ということにも。


「アカシックレコードについては、私たちもから聞いて初めてその存在を知りました。私たちで力になれることがあれば協力しましょう。」


そう言って、ハルはメモをクロロに手渡した。


「私のホームコードです。」
「・・・貰っておく。」


ハルから昨日話を聞いたとはいえ、クロロはキチェスについて熟知しているわけではない。
今後、彼から聞きたいことは恐らく出てくるだろう。


「あと、1つ、教えておきますが、が前世の記憶を持っていることは知っていますね。」
「あぁ。」
「前世の彼女は、予知能力を持っていました。はその力を常時使える訳ではありませんが、数年に一度、正夢を見るようです。」
「・・・それは初耳だ。」


予知能力はかなりレアな能力だ。
念能力の中でその力を持つ者がいるとは聞いたことがあるが、サーチェスにはそんな力もあるのだろうか。


「今後、彼女が夢の話をすることがあるかもしれませんからね。その時は聞いておいて損は無いと思いますよ。」


確かにその通りだ。
クロロが頷くと同時にオーブンが音を立てた。

忘れていたが、アップルパイを焼いていたのだった。


「さて、お茶にしましょうか。とエヴァもそろそろ戻ってくるでしょう。」


ハルはコーヒーを入れる為キッチンに向かったので、クロロは読みかけの新聞を手に取った。









ピアス



2013.5.12 執筆