その星では、一億分の一の確立でキチェスと呼ばれる、神・サージャリムの使いが生れ落ちる。
性交渉により、その能力を失うキチェス達は3歳の時に親元から離され、政府が”楽園”に隔離していた。
政府は、乱開発による母星の荒廃を救うにはキチェスが必要不可欠と考えたのだ。

その目論見通り、キチェス達の歌のお陰で、母星は奇跡的な回復を見せた。

一時は住むことが出来なくなった母星。
複数の近隣惑星に移住していた人々は、こぞって母星を手に入れようと躍起になった。

その結果、30年という長い間続く近隣惑星間の戦争が勃発し、政府は苦肉の策を打ち出した。
最悪の場合を考え、キチェスの一部を他の遠い惑星に移動させることを決断したのだ。

そして、この戦争が収束した後、キチェスさえ残っていれば、あの母星の奇跡的な回復のように、戦火に荒廃した星を、最終的に蘇らせることが出来るだろう、と。






降り立った星は、未開の星と言っても差し支えない程文明が遅れた星だった。
キチェス達は、森の奥で暮らし、通常の人間は入って来れないような空間を作り上げ、そこでひっそりと暮らしつつ、たまに人里に降りては、人に知恵を与え、病人やけが人を癒していた。


そんな生活を数年続けていた折、ある集団がキチェスの森に移り住んできた。
それが、狼人間の群れだった。


彼らは、通常は普通の人として暮らしていたが、満月の夜になると、身体が異形化し理性を失って村人を襲う自分達に苦悩し、人の居ない森を転々と移動していたのだ。
そして、満月の夜。
また、あの苦痛の時間が始まることを疎い、嘆いている所に不思議な歌声が聞こえてきた。
耳の良い彼らにしか聞こえないであろう、かすかに聞こえてくる歌声。

彼らの理性を繋ぎ止め、暴走を抑えるその歌に彼らは歓喜し、常人では入ることの出来ないキチェスの里に引き寄せられた。

ここから、狼人間とキチェスの関係は始まった。
キチェスは満月の夜、狼人間の為に歌を歌う。
狼人間はそれで意にそぐわない暴力を抑え、キチェスを狙うものがいれば、それを追い払う。

やがて、狼人間とキチェスは交わり、その子孫が、やクロロということになるのだ。







Diva #16









「・・・待て、キチェスは純潔で無ければ、その能力を失うんじゃなかったのか?」


そこまで黙って聞いていたクロロは、ようやく口を開いた。


「そうです。しかし、キチェスは狼人間と交わっても、その力もキチェも無くさなかった、と伝承にはあります。事実、エヴァやの母親は彼女達を生んだ後もその力を持ったままでした。」
「・・・狼人間が、人という分野を外れているからか・・・それとも、異星人は対象外なのか・・・。」


ぶつぶつと呟きながらクロロは考えるように顎に手をやった。


「兎に角、それ以来キチェスと狼人間の血を継ぐ者からはキチェス、又はそのキチェスの守人が生まれるようになったと聞いています。依然、キチェスの出生率は低いものでしたが。」


聞けば聞くほど面白い話だ。
自分の血には狼人間と異星人の血が流れているという。


「守人は、普通の人よりも強い肉体、力を持って生まれます。そして、キチェスの存在はその守人の力を強め、更には守人を癒したり、力を増強させたり、意識を共有することが出来ます。同時に、キチェスも守人と共にあることで、その力を強めることが出来るんですよ。」


そこまで言って、ハルは、もう一つの事実を彼に伝えるか迷った。
キチェスが性交渉によってその力を無くすのは、今も変わってはいない。
ただ、1つだけの例外があるだけなのだ。


(キチェスは、守人と交わっても、その力を失わない。守人は、キチェスの伴侶となるべき者。)


ハルの場合は、幼少からの守人に対する教育の中でそれを知った。
そして、それに何の疑問も抱かなかった。

だが、彼は最早1個人としての人格を確固としたものとして持っている。
守人になる、という事を認めたかも怪しいのに、こんな話をするのは憚られたのだ。


「・・・・他に、聞きたいことはありますか?」


やはり、事実を伝える気にはなれず、ハルは話を終わらせようとした。


「伝承について書かれた本はあるのか?」
「いいえ、全て口で伝えられてきました。昔、巻物に当時の様子を描いたものはあったと思いますが、村が襲われた際にすべて燃えてしまったと思います。」


クロロは、そうか、と相槌を打つと、立ち上がった。


「・・・そういえば、」


ハルはクロロの耳にピアスが無いのに気づいて口を開いた。
呼び止めるような声にクロロも足を止める。


「まだ、共鳴の石は作っていないようですね。」


耳慣れない単語だ。
クロロが首を傾げると、ハルはに呆れながら言葉を続けた。


「共鳴の石は、キチェスと守人の位置をつなぐもの。守人が出来た時に、キチェスは”誓いの歌”を歌い、植物から4つの石を作ります。慣わしでは、このようにピアスにして身に着けるのですが・・・。」


言われてみると、ハルの耳には青い石があり、エヴァの耳にも同じようなものがあったように思える。


「2人は森にいます。丁度良い、行きましょう。」


本当にエヴァのいる場所が分かるらしい。
迷わずに森の奥に進むハルの後ろに、クロロは無言で続いた。




















エヴァは小さな滝の傍で顔を上げた。


「ハルがこっちに来てるわ。ほら、早く石を作っちゃいましょうよ。」


守人に対する聖歌をエヴァに一通り復習させられた後、同様に、共鳴の石について説明されたは唸った。
共鳴の石については、昔、そんなことを言われた気はするが、別段、クロロとの間にそんなものは無くても良いと思っている。
どこに言っても居場所がばれるのであれば、かえって無いほうが良いとさえ思えるのだ。


「でも、ほら、私にもクロロさんにもプライバシーってものがあるし。」
「まぁ!そんなこと言ってては駄目よ!」


エヴァはいかに守人とキチェスが共にあるべきかを語り始める。


「・・・もう!聞いてるの!?」


周りの植物がくすくすと笑っている。


「あー、うん。聞いてるよ、エヴァ。」


困ったなぁ、と呟くと、エヴァは立ち上がって大声で叫んだ。


「ハルー!!さっさとクロロさんを連れてきてー!!!」


そんなこと大声で言わなくとも、テレパスを使えば良いのに、と思うが、彼女たちはを気遣ってか、昔からテレパスではなく口で会話していたことを思い出した。


「・・・全く、どうしたんですか、大声をあげて。」


声が聞こえた直後、走り出したハルは息も切らさずに2人の元へと降り立った。
その後にはクロロがいる。


ったら、石を作るの嫌がるのよ!クロロさんからも何か言ってやって!」


クロロは話を振られて、面白そうにを見下ろした。


「面白い。作れ。」
「・・面白いって・・・。」


そんな一言でプライバシーが皆無になるかと思うと、何とも言えない。


「通常なら、守人が現れた日に作るものですよ。。」

『うたって』
『きっと綺麗な石ができるよ』


ハルからも植物からも言われてしまい、正に四面楚歌。
は諦めるようにため息をついて、先ほど会話をしていた近くの花に近寄った。


「その子にするの?」


エヴァは興味津々に覗き込む。


「うん。」
「どんな色になるかしらね。楽しみだわ。」


ほら、歌って、と植物と一緒になってを促す。
クロロは隣のハルに小さく声をかけた。


「色?」
「えぇ、キチェスによってその色は違うんですよ。私たちのは青ですが、青でも様々な色合いのものが出来ます。」


そう言って、ハルはを見たので、クロロも彼女に視線を向ける。
先ほどまで、さわさわと風に吹かれていた木々が音を立てていたというのに、今はしんと静まり返っている。


「風と草木、そして、星々とともに」


クロロは耳に入ってくる複数の声が、の歌声に絡みつくように大きくなっていくのに驚愕した。
今まで聞いた事がない小さな歌声が重なり合って美しく響く。


「惜しみない祝福を、守人に与えん」


その声が植物の歌声だということを認識するのに時間が掛かる。


「光、水、大地の力が集まり、」


淡く、と正面の花が光を放ち始めると同時に、クロロの痛いのあざが熱を持った。


「しずくと化す」


光はすぐに収束し始め、花に集まった。
不思議な光景に声を上げることも出来ずに、ただただ見つめる。


「共鳴の、石」


歌い終えると、あの植物達の歌声も霧散するように耳から遠ざかった。
がそっと目を開くと、花に手を伸ばす。
先ほどまで白かった花は美しい赤に変わっており、が手を触れると、花びらが落ちて、4つの石になった。


「綺麗な色じゃない!」


自分のことのように喜びながらエヴァはの横に座り込むと、の手のひらにのる4つの小さな石を眺めた。


「後でピアスに加工しておきましょう。良い歌でしたよ、さん。」


クロロは何と声をかけて良いかわからずに立ち尽くした。
額の痣は未だ熱を持ち、目頭が熱くなる。

歌が美しかったからではない。
何と表現して良いか分からない感覚を、持て余してしまう。

それはも同じだったようで、彼女は気まずそうにクロロを見て、すぐに目をそらした。









共鳴の石



2013.5.10