結局、本を漁っても収穫はわずかだった。
しかし、次の目処は立った。
1つ目のキチェスの里を探すことだ。
「その前にもう1人のキチェスに会いに行く。」
いくつかの本を残して、里に戻し終えた時、クロロはそう言うが、リアは嫌そうに顔をゆがめる。
会いたくない訳ではないが、エヴァにはあれこれ聞かれそうだし、ハルは言わなくて良いことまで言われてしまいそうだからだ。
「場所はどこだ。」
彼に黙っていても良いことは無いのは知っているので、リアは少し迷ったあと、いやいやながらも口を開いた。
「ランベルクの森。」
Diva #15
森の入り口付近に、その家はあった。
数十件程の家が集まる小さな村の隅のほうだ。
エヴァはリアが来るという知らせに、今か今かとその到着を待ちわびていた。
「エヴァ、そんなにそわそわしなくたって・・・はい。」
紅茶を入れたハルは窓を開け放って、木々と話をしているエヴァへとカップを差し出した。
「だって、ハル。リアに会うのはもう1年とちょっとぶりなのよ?ハルはこの間会ったから良いかもしれないけど。」
すねたように言って、エヴァはカップを受け取った。
少し暖かくなってきた季節、植物たちは早く成長したい、とうずうずしている。
「リアが帰ってきたら一緒に歌うの。あぁ、楽しみだわ!どれを歌おうかしら!」
そう言って、あれも良い、これも良い、と色々な歌をあげる。
「私は久しぶりにリアが昔作った歌を聴きたいですね。」
「あぁ!あれね!」
私も大好きよ、あの曲、と微笑んでエヴァは立ち上がった。
「どうかしましたか?」
彼女はよく話をしながらも、木々の言葉を聴いている。
彼らが、何を告げたのだろうか。
「リアがもう着くみたい。私、行って来るわ!」
言うが早いか、エヴァはまたもやドアではなく、窓から飛び出していった。
そして、窓の目の前にあるサンダルも履かずに。
「あ、エヴァ!待ってください!」
ハルは慌てて、エヴァの羽織るものとサンダルを持つと、彼女の後を追った。
「まさか、車も通れないような僻地に連れてこられるとは思わなかったな。」
ランベルクの森は、それはもう、交通の便が悪いところにある。
途中までは車でもいけるのだが、1時間程度は自分の足で歩くか、馬を駆るしかないのだ。
「馬がいれば良かったんだけど、今日はいないみたいだね。あと4,50分も歩けば着くよ。」
そう告げると、クロロは眉を寄せた。
そんな長い時間歩いてやるほど、気は長くは無い。
「えっ?」
結論は、リアを抱えて走るだった。
視界が変わり、地面というか、クロロの足が目に入る。
「お前の足に合わせていたら日が暮れる。走るぞ。」
「ちょっと、だからって、こんなっ」
肩に担がれている状態に文句を言おうとした直後、クロロが物凄い速さで走り出したので、リアは口を噤んだ。
よくもまぁ、人一人抱えてこんなに走れるものだ、と感心するも、担がれているこちらとしては、酔って仕方が無い。
しかし、クロロの言うとおり、断然早く村の入り口までたどり着いた。
走っていた時間は10分と少しくらいだ。
「下ろすぞ。」
一応声を掛けてくれたものの、すとんと下ろされると目が回って上手く立てない。
「きもちわる・・・」
少し休ませてくれ、と座ろうとしたとき、今度は別の衝撃が自分を襲った。
「・・・リアっ!久しぶりね!」
ジャンプして飛びついてきた何かはそのままリアを押し倒す。
幸い、草が生い茂っていて、そこまでの痛さは無いが、リアは気持ち悪い上に、押し倒されて蛙がつぶれたような声をあげた。
「エ、エヴァ?」
ふんわりと靡く金色の髪の毛が目に入ると同時に、彼女の香水の香り。
「あたり!もう、リアったらずーっと帰ってきてくれないんだから!」
そう言って、エヴァが笑顔でリアを見た。
「エヴァ!貴方はまた、そんな薄着で、サンダルも履かずに!」
すぐに後を追ってきたハルが駆けつけて、エヴァの首根っこを掴んで持ち上げると、サンダルを履かせ、ショールを肩からかけた。
「おい、大丈夫か?」
クロロは未だに寝転がっているリアを面白そうに見下ろしながら手を差し出した。
もちろん、彼は走ってくるエヴァに気づいていた。
それでも何もしなかったのは、面白そうだったからだ。
「・・・クロロさん、気づいてたでしょ。」
それが分かったのか、リアはじろりと睨みつけながらその手を取る。
「お久しぶりですね、リア。そしてクロロ。ようこそ、ランベルクの森へ。」
そう言うハルの横には興味深々でクロロを見上げるエヴァの姿があった。
家へ着くと、懐かしい香りが鼻をついた。
1年と少し前まで、リアはここで2人と暮らしていた。
懐かしい草木、花たちが、皆が『おかえり』と呟く。
「さぁ、リア。久しぶりに2人で歌いましょう!皆待ちわびているわ!」
エヴァの家にはプロテクトがかかっていて、ここで歌っても、歌は外に漏れることは無い。更に、この家の中には中庭があり、温室のような場所になっている。そこで歌っても、花は咲きはするものの、彼らは異常に成長をすることはない。
エヴァはリアの手を引っ張って、その温室へと向かう。
クロロはどうするのか、とハルを見ると、彼は一緒に行きましょうと手をこまねくので、クロロも彼女達の後ろに続いた。
温室は、様々な植物で溢れ返っていた。
どの植物も、皆花を咲かせている。
「エヴァはここで歌を歌うので、いつも此処は満開なんですよ。」
温室の中央には小さなステージのようなものがあって、エヴァはそのままリアの手を引いてそこに上がった。
「はい!それでは、今から私とリアが歌うわよ。貴方、リアの歌を聞くのは初めて?」
「・・・何度か聞いたことがある。触りだけな。」
そう答えると、エヴァは満足そうに笑った。
「こんな素敵な歌姫のデュエットを聞けるだなんて、本当に幸せね。じゃぁ、キサナド(聖歌)の30章を歌うわよ、リア。」
村が滅びる前は、よく祭りで2人で歌い、その後も歌い続けた歌。
『うたって』
『うたって』
ざわざわと植物達も揺らめく。
すぅ、とエヴァが息を吸い込むのに合わせて、リアも息を吸い込んだ。
「「恵み多き豊かなる御手 その光あふるる懐かしき里」」
重なる声は何とも形容しがたい不思議な響きを伴っていて、クロロは思わずいつもと異なるリアの姿に目を細めた。
あの、自分を眠らせた歌でも、最初に植物を成長させるために歌ったものとも異なる。
「樹々のぬくもり」
「主のほほえみ」
2人の声が離れたり、絡まったり。
「「世界をあまねくうるおす 何もかもがここより始まる」」
波打つように空気に溶け、そして、自分の中に入り込んでくるような錯覚を起こして、クロロは目を閉じた。
「至上の楽園」
「主の御手にあり」
気づけば、頬を伝う涙に、クロロ自身が驚く。隣を見ると、己と同様にハルも涙を流していた。
歌い終わったリアは、久しぶりに思い切り歌って、まだ気持ちが抜けないようだった。
気持ちは歌に
歌は空気に
愛は光に
歌は大気に溶ける
光になる
光は宇宙の闇をもつらぬいてゆく
昔。自分が前の人生を歩んでいた時。
よく親や妹が言っていた言葉。
歌う、とは、こういう事なのだ。
自分も大気に溶けるように、気持ちを歌に乗せて歌い上げる。
思い切り歌う、というのはやはり気持ちが良い。
「泣いちゃう位感動した?」
ふふ、といたずらが成功した時のような響きを伴わせてエヴァが言うものだから、リアはようやく目を開けた。
身体が地にようやくついた心地だ。
「・・あぁ。」
意外にも、クロロは素直に肯定するものだから、エヴァよりもリアが驚いてしまった。
「やはり、2人で歌うとまた別の素晴らしさがありますね。」
ハルはそう言って立ち上がった。
「喉が渇いたでしょう。紅茶で良いですか?」
「うん。クロロさんはコーヒーが良い?」
リアは壇上から降りながら、クロロに尋ねると、彼は無言で頷いた。
紅茶とコーヒーをテーブルに出して、ハルはクロロを見た。
「それで、どんな用件でこちらに?」
聡い彼は、クロロが此処に来たいといったのだろうと当たりをつけた。
「キチェスと守人について話を聞きたい。リアは余り知らないみたいだからな。」
それを聞いて、ハルは呆れたようにリアを見るが、彼女は紅茶を飲むのをやめてそっぽを向いてしまった。
たしかに、守人についての教育は幼い頃に受けたっきり。
守人が最近まで居なかった彼女が知らないのも、まぁ、無理は無いかもしれない。
「わかりました。守人は自分のキチェスを守る為に存在する、という話は以前しましたね。」
それにクロロは頷いた。
「その話するの?じゃぁ、リア。私たちは森に行きましょう?皆待ってるわよ。」
「う・・・・ん。」
リアが伺うようにクロロを見ると、彼は言って来いと目で返してきたので、遠慮なく立ち上がる。
ハルはエヴァとリアが出て行ったのを見届けて、口を開いた。
「その前に、貴方について、ですが、守人はキチェスの血縁者又は、元を辿ると狼人間の血を引く者からしか生まれません。貴方はそのどちらかでしょうね。」
「狼人間?実在するのか?」
御伽噺の世界でしか聞いたことの無い存在に、クロロは不信そうな顔をする。
「今は、居ない、と思います。ですが昔は存在したと歴史に残っているんですよ。我々の歴史に。」
ハルは一息つくと、この星にキチェスがやって来た時、そして狼人間との出会いについて話し始めた。
生き残り
2013.5.8 執筆