寒い冬の夜。
ロジオンとマージの間に生まれた少女はシン=ラキ=セイ=テ=ヤ=ナギと名づけられた。
「この子は妹よ。おかあさま。」
マージのお腹をさすりながらナギは言う。
「あら、ナギのお得意の予言かしら。」
「ナギの予言はよく当たるからきっと女の子だろうね。」
くすくすとマージとロジオンがナギの言葉に小さく微笑みあう。
それを見て、ナギは少し悲しそうな顔をした。
(でも、この子が生まれたとき、お父さまとお母さまは、泣いていた。額の、しるしを見て。)
かすかに聞こえたのは、キチェという単語。
幼いながらも、キチェについては知っていた。
額の赤い四つ葉の痣。神・サージャリムの使い。そして、3歳に親元を離れ、養育施設の”楽園”に隔離される存在・キチェス(キチェ=サージャナギン)。
ロジオンとマージの前の職業。
サージャリムの恩恵である、サーチェス(超能力)を持つ代わりに、生涯独身を貫く事を強要される、存在。
Diva #15
生まれてきたのは夢で見たとおり、女の子だった。
そして、彼女の額のしるしを見て涙を流す両親。
ナギにとって、彼女は可愛い妹であると同時に、目の上のたんこぶ。
何せ、彼女が生まれてから、両親は彼女につきっきりになった上に、幼心に受ける愛情の差をまざまざと見せ付けられたのだから。
「ねえさま、わたしも、お外にいきたい!」
それでも、慕ってくる妹は矢張り可愛かった。
自分と同じ、たっぷりとした金色の髪を靡かせる妹。
「お父様とお母様にはちゃんと言った?」
モク=レンは2つしか歳が離れていないのに、幼く感じる。
だからこそ、父母も彼女には甘いのだろう。
「うん!」
モク=レンの手を引いて歩く。
彼女は、植物と会話を楽しんでいるようだった。
少し散歩をして戻れば、きっと食事が用意されている。家族4人で暖かな食事を取るのはいつものことだった。
しかし、そんな穏やかな生活も、妹のモク=レンが3歳の時に終わる。
彼女は、”楽園”へ連れて行かれてしまったのだ。
両親は落ち込み、家の中が見て取れるように暗くなった。
(・・・・お父様は、もう、長くない。)
キチェスの男性は短命だと聞き及んでいたが、まさかすぐそこまで彼に死が近づいているとは思っていなかった。
ナギは、サージャリムを心底恨んだ。
は、と目を覚ますと、ベッドの上だった。
キチェスの里を訪れたからか、昔の”自分”の夢を見た。
彼女も転生しているのだろうか。自分の、可愛い妹は。
「飲み物・・・」
喉がからからだ。
まだ、辺りは少し薄暗く、肌寒い。
はカーディガンを羽織ると階下に下りた。
『おはよう』
『はやおきだね』
カップにホットミルクを入れて、外へ出ると植物が声を掛けてくる。
「おはよう。目がさめちゃった。」
太陽が昇り始めたばかり。
『うた、きかせて』
「だめだよ。大きく、なりすぎちゃう。」
は首を横に振って適当な石に腰を下ろした。
「建物の中だったら、歌ってあげられるんだけど・・・」
建物の中であれば、外から異常に成長した植物を見られることは無い。
「・・・ごめんね。」
はそう呟いて部屋の中に入った。
広間には本が山積みになっている。
他のメンバーが帰ってしまうまでに読まなければいけない。
「さっさと読んじゃおう。」
は一番上にあった本を拾い上げた。
本を読み始めてしまうと、時間が過ぎるのはあっという間だった。
降りてきたクロロに気づいて、時計を見ると、2時間ほど経っていることに気づく。
「朝早くから熱心なことだな。」
そう言いながら彼も一冊本を手にとって読み始める。
「朝ごはん、いる?」
「あぁ。」
朝食には良い時間だ。
は返事を聞いて立ち上がると適当にあるもので朝食を作り始めた。
「・・・そういえば」
とんとん、と包丁で何かを切る音に、クロロはふと思い立ったように立ち上がり、の調理している先を見た。
「野菜も、言葉を話すのか?」
丁度包丁で切っているのは人参だ。その手を止めて、はクロロを見た。
「・・・うん。」
「痛い、とかか?」
それには首を横に振った。
「ありがとう、って言う。不思議だよね。」
そう言って、は包丁を動かし始めた。
冷蔵庫には食材は余り無い。
結果、食事はオムレツと人参ときのこのスープになった。
トースターが音を立てて止まったので、最後にトーストをテーブルに並べてクロロを呼ぶ。
「あ。他の人たちも食べるかな。」
2人分の食事。かろうじてスープはあと1人分はあるとは思うが。
「放っておけ。」
ぞんざいに言って、クロロはスープをすくって口に運んだ。
「・・・うまい。」
「良かった。」
は安心したように言って、自分も朝食に手を付けた。
最初に降りてきたのはシャルだった。
彼は、食事の匂いに鼻をくんくんさせながら広間に入って、朝食を食べている2人を見つけた。
「あ!朝ごはん食べてる。俺の分は?」
目をきらきらさせて言うが、残念ながら彼の分は無い。
「ごめん。スープはまだあるけど・・・あ、パン焼こうか。」
は立ち上がって、パンをトースターに入れた。
もう卵は無いから、オムレツは作ってあげられないのだ。
「うん。スープあれば十分。」
そしてスープに火をかける。
「、冷めるぞ。」
「あー、俺、スープ見てるから食べて良いよ。」
察したシャルが付け加えて、はあり難く朝食の席に戻った。
「今日買出しに行くか。」
「俺、暇だから付き合うよ。」
引き続きキチェスについて調べてはいるが、進捗は思わしくない。
「・・・フィンクスと2人で行って来るか?」
「いいけど、フィンクスが行くかなぁー。」
煮立ってきたスープの火を止めて、器に移す。
トーストも丁度焼きあがったようだ。
「行かせるさ。ウヴォーだと目立つ。俺とは本を読む。フィンクスとシャルしか行く奴は居ないからな。」
本当にあの本を全部読む気なのか、と視線で訴えるとクロロとは頷いた。
束の間の休息
2013.5.6 執筆