部屋に入ってきたに、椅子に腰掛けるよう促すと、彼女は大人しく腰掛けた。


「話したいことがあるらしい、とシャルに聞いたが。」
「うん。ここの、森について。」


予想外の話題に、クロロは興味を示したようだった。


「今朝、森に聞いたんだけど、ここは、昔キチェスが住んでいた森だって。それで、ちょっと散策してみたいんだけど・・・。」

偶然なのか、必然なのか。
ここは仮宿として数年前から使っている場所だ。
確かに、ここの森は手付かずの状態。町からそう離れていないにも関わらず、だ。


「良いだろう。ただし、俺も行く。」


そう言って、クロロは窓の外を見た。
もう間もなく日が暮れるのか、西日が眩しい。


「行くなら、明日の午後か明後日だな。今夜は仕事がある。」


そう言うクロロに、は了承の意だけ伝えて、部屋を後にした。









Diva #12











深夜3時。
急に騒がしくなった階下に、仕事に行っていた彼らが戻ってきたことを知る。

は布団を頭まで被った。
しかし、その効果も無く、下からは「早く一気しろよ!」や、「腕相撲で勝負だ!」やら、騒ぐ声が聞こえてくる。
どう考えても酒盛りをしているのだろう。


「・・・・うるさい・・・・」


ため息をついて、布団から出る。
何でも良いが、騒ぐなら良心的な時間にやって欲しい。


はドアを開けると、息を吸い込んだ。


「夜の帳、辺りは静まりかえり・・・」


キサナド(聖歌)にある子守唄。
酒が入っている彼らであれば、恐らく利いてくれるだろう。


「・・・空には数多の星々、静かに瞳を閉じる」


ひとつ、ひとつと騒がしい声が消えていく。
やがて静まり返った階下に、は満足げに布団に潜った。



















クロロは聞き覚えのある歌声に耳をそばだてた。
目の前で騒いでいるフィンクスとシャルはぎゃーぎゃー言いながら一気飲みを始め、ノブナガとウヴォーキンは腕相撲だと意気込む。


「!」


最初にぱたりと倒れたのはウヴォーキンだった。


「なんだァ?飲みすぎたか?」


それを不思議に思ってしゃがみ込んだノブナガも倒れる。
フィンクス、シャルも立て続けに倒れ、その場に意識があるのはクロロだけになった。


「・・・・・」


クロロはビールをテーブルに置くと、近くに倒れているフィンクスに近づく。
息はある。眠っているだけのようだった。


「・・・・の、歌の仕業だろうな。」


クロロはちらりと上の階を見上げた。


「しかし、何故、俺だけ眠っていないのか。守人には効かないのか?」


4人をそのままに、クロロはの部屋へ向かった。


「入るぞ。」


ノックもせずに部屋に入ると、はベッドに横になっていた。
入ってきたクロロの声に、ううん、と唸る声が聞こえる。


「あれ、やっぱりクロロさんには効かなかったんだ。」


上半身を起こし、ごしごしと目をこする。


「やはりお前の歌の仕業か。」
「だって、こんな時間なのに、煩かったから。」


そう言って、は欠伸をする。


「お前の歌は植物を成長させるだけではなく、眠らせることもできるのか?」


聞いていないぞ、と目が語る。
は面倒くさそうに答えるために口を開いた。


「一応、出来る。他には幻覚を見せたり出来るくらいかな。」
「それは前聞いた。俺だけ眠らなかったのは何故だ。」


立て続けに来る質問に、眠気に襲われているは不機嫌そうにしながらも一応答えていく。


「守人には、そういうのは効かない。効くやつもあるけど。とりあえず眠い。」
「効くものは?」


眠いと言っているのに、まだ聞いてくるか。


「明日話す。おやすみ。」


は布団をがばりと被って横になるが、クロロはその布団を引き剥がした。


「・・・・言え。」


は目を開けるのも億劫そうにしている。


「・・・・彼の者達に、暫しの眠りを」


ぴくり、とクロロはこめかみを引きつらせた。身体が動かない。


「神の御手が頬を滑り落ち、」


はそっとクロロの頬に手を伸ばす。


「癒しを与えん」


その歌を口ずさんだ時にはもう遅かった。
瞼が落ちていく。


「・・・・・寝よ。」


ベッドにもたれかかるように眠っているクロロを確認して、ようやく訪れた静けさに、は眠りに付いた。




















がつん、と音がすると同時に、頭に衝撃が走り、は飛び起きた。


「いったーー・・・・!!」


涙を浮かべながら目を開くと、そこには笑顔で立っているクロロの姿。
は思い出してさっと顔を青くする。


「昨日の夜、何をした。」
「・・・・クロロさん、疲れてそうだから、ちょっと、癒しの歌でも、と思って。」


へらり、と笑うと、クロロも笑って返す。


「守人に眠らせる歌は効かないんじゃなかったのか?」
「・・・だから、アレは眠らせる歌じゃなくて、癒しの歌。守人の自己治癒力を高める歌だから、守人にしか効かない。」


だから、身体が軽かったのか、床で寝ていた割りに。


「・・・・昨日の話の続きだ。守人に効く歌は他に何がある。」


は面倒くさそうに口を尖らせた。
が、再び拳骨をお見舞いしようと拳を握るクロロに慌てて話し始める。


「守人の力を高める歌と、後は何だろう・・・・記憶を共有できるのがあった気が、するけど、ちょっと覚えてない。エヴァに聞けば分かると思う。」
「もう一人の生き残りはエヴァというのか。」


はあからさまに、しまった、という顔をして口を抑えるが、もう遅い。
ハルの存在でどっちみちもう一人生き残りがいることはばれていたのだから今更というのもある。


「はぁ・・・うん。そう。もう一人はエヴァ。そしてその守人がハル。」
「・・・・森を調べたら2人の元へ行く。いいな。」


そんなことをすれば、ハルの怒りを買うのは必至だ。
はいやだ、と首を横に振るが、クロロは決定事項だと言わんばかりに既に背を向けていて、部屋を出て行ってしまった。





動き出した世界



2013/4/30 執筆