氷帝学園高等部にあがってそれは2ヶ月過ぎた時のことだ。
は清清しい気持ちで転校手続きを済ませた。
教師からは「勿体ない」と口々に言われたが、今更掴んだ自由を手放すつもりはさらさら無い。
「!」
呼ばれて振り返ると、そこには跡部の姿があった。
「あら、景吾。どうかしたの?」
「転校するって本当か?それも神奈川の県立に。」
流石に話が早い。
「えぇ。」
は笑って頷いた。
「ようやく自分で決めた道を歩き出すのよ。邪魔はしないでね。」
そう言ったは意思の固さを思わせる目をしていて、跡部は舌打ちをした。
In too deep #3
は、湘北の制服に身を包んで朝食を取っていた。
望んだ普通の生活は少し不便ではあったが、それにも勝って、は誰にも束縛されず、しがらみの無い生活に満足していた。
世話係として使用人が1人と、執事が付けられていることと、食品産商の相談役を続けることは強要されたが、それ以外は自由だ。
「コーヒーでよろしいでしょうか?」
「えぇ。」
コーヒーを使用人の茅乃から受け取ってテレビを見ながら喉に流し込む。
「本当に、ご送迎は不要で?」
続けて、柏木が尋ねる。
「いいのよ。それよりも、柏木は引継ぎの内容で問い合わせがあると思うからその対応をお願い。」
柏木は了解致しました、と頭を下げる。
食品産商の企画、営業はと柏木が主体となって行っていた。
一応引継ぎはしたものの、問い合わせは絶えない。
「荷物をお持ちしました。」
そろそろ出る時間。茅乃は荷物をに差し出した。
「ありがとう。」
それを手にとっては玄関へと向かった。
記念すべき1日目。心なしか、足が軽い。
「お気をつけて。」
その言葉を背に受け、は家を出た。
少し時間が早いせいか、余り人は見当たらない。
何とも清々しい朝だ、と上機嫌にイヤホンを耳につける。
犬の散歩をしている人やジョギングをしている人。
思えばこのように周りを見ながら登校するのは初めてだ。
普通なら車で通りすぎてしまう。
「ここね。」
湘北高校と書かれた校門。
足を踏み入れ、職員室を目指した。
がらり、と職員室を空けると、1人の教師が立ち上がった。
「あぁ、君がさん?」
は問われて頷く。
「好調が挨拶をしていた言っていたから先に校長室に向かってもらえるかな。出て左の突き当たりだからすぐ分かるよ。」
「分かりました。」
は頭を下げて校長室へと向かった。
ノックをすると、中から「どうぞ」と入室を促す声が聞こえて、はドアを開いた。
「失礼します。」
「はじめまして、さん。どうぞ座ってください。」
腰掛けると、お茶を出される。
「いやー、まさか、さん程の生徒が我が校に転校して来るとは。成績は見させて頂きましたよ。転入試験満点。昨年の全国統一模試では見事2位。」
あぁ、去年の模試では跡部に負けたんだった、と内心は悪態をつく。
「ありがとうございます。」
それを感じさせない笑顔で答える辺り、流石というべきか。
「しかも、現在は食品産商の相談役。いやぁ、これには驚きました。」
その言葉に、は誇らしいような、気恥ずかしいような思いで首を横に振った。
「いいえ。相談役とは言っても月に一度の会議に出席するくらいですよ。」
「いやいや、立派なことです。お若いのに。」
校長は褒め称えるが、はっきりいって、こう見え見えに胡麻をすられるのは良い気がしない
「・・それでは、私はこの辺で。担任の方に少しお聞きしたいこともありますので。」
そう言うと、は頭を下げて校長室を後にした。
すると、そこには担任の教師が立っていて、に声をかける。
「おー。。終わったか。じゃぁ行くぞ。」
「はい」
は担任の後ろを歩く。
「それにしても、お前、凄いらしいな。」
「・・・・何がですか?」
「何がって、転入試験満点。それに全国2位。」
は最後に付け加えられた2位と言う言葉に眉を寄せた。
「2位、ね。ほんと、あの馬鹿に負けたのかと思うと、人生の汚点だわ。」
その言葉に担任はぎょっとしてを見る。
「また、凄い子が転入してきたもんだ。」
「あら、先生。私は至って普通ですよ。」
にっこりと笑いながらそう言うと、担任は苦笑した。
「じゃ、後で呼ぶから此処で待っててくれ」
そう言って教室へと入っていく。
さて、自分のクラスにはどのような生徒がいるのだろうか。
中から「おめーら始めるぞー」と担任の声が響いて、新鮮さを身にしみて感じる。
「今日は転校生が来る。男ども、驚け。別嬪さんだ。」
「「「おおお!!」」」
男子生徒の野太い声にぴくりと肩を震わせる。
「、入って来ていいぞ。」
とうとう自分に声がかかって、は教室に足を踏み入れた。
「。氷帝学園から来ました。よろしく。」
にこり、と笑って、頭を下げた。
新生活
2013.5.5 加筆修正