「見れば分かると思うけれど、私、そこそこ大きい家の娘なのよ。」
大分引っかかる言葉だが、ふんふんと花道は頷いた。
「小さい頃からお稽古に勉学、そして、行けと言われてあの面倒臭い中学にだって入ったわ。それなのに、お父様ときたら・・・」
は苛立たしげにテーブルを一つ叩いた。
「あんなナルシストで頭のネジが何本も外れてるような男と婚約しろだなんて!」
そう言った瞬間、花道は飲んでいたオレンジジュースを噴出した。
は汚いわねぇ、と眉を寄せる。
「こ、こここ、婚約ぅ!?おめー、いくつだ!」
「中2よ。ちょっと、テーブル拭いたら?」
「中2って、俺とタメじゃねぇか!」
ぬおおおお!とに言われた通り、お絞りでテーブルを拭きながら花道は唸った。
「まぁ、そういう訳でどうしようか考えあぐねているのよ。」
む?と花道は動きを停めた。そして不思議そうな顔でを見る
「そんなの断れば良いんじゃねぇのか?」
「・・・断る、ねぇ・・・・」
そんなことが簡単に出来れば苦労はしない。
「・・・は、強制されたことを大人しく聞くようには見えねぇけどな」
そう言って花道はにっと笑った。
「・・・そうね。そうよね。今までだって邪魔する輩は完膚なきまでに叩き潰して来たんですもの。親だからって遠慮することは無いわ。」
ふふ、と笑いながらは立ち上がった。
「・・・こえー女・・・」
焚き付けたのは自分だがの表情と言葉にぶるりと身を震わせる。
「これ、御代」
そう言ってカウンターにお金を置いては喫茶店を出た。
花道は慌ててそれを追いかける。
「おい、急にどうしたんだよ。」
「帰るのよ。色々準備しなくちゃ。」
笑いながらは学ランを脱ぐと、花道に押し付けた。
「これから忙しくなるわ・・・。悪かったわね、つき合わせて。」
遠目にスーツ姿の男達がこちらへ走ってくるのが見える。
「別に気にしちゃいねぇが・・・」
花道も彼らに気づいたようで、首を捻った。
「様!ご無事で!」
数名の護衛はあっという間にを取り囲んだ。
「この者は?」
「友人よ。」
そう告げて、は花道に向き直った。
「桜木花道、あなた、良い男ね。」
「そうだろう!」
ふふん、と得意げに胸を張る彼に、は苦笑した。
「じゃぁ、またそのうちね。」
ひらりと手を振って、は踵を返した。
In too deep #2
家に戻ると、は真っ先に父の元へ向かった。
丁度書斎に紅茶を持っていこうとしていた執事に声をみつけて足を止めた。
「柏木、それ、私が持っていくわ。」
「お嬢様、お戻りになられましたか。」
柏木はほっとしたように言うと、手にしているトレイとを見比べた。
「はい。貰うわよ。」
トレイに手を添えると、柏木は大人しくそれをに渡す。
「手が塞がって居てはドアを開けるのも大変でしょう。私もお供します。」
「あら、流石我が家の執事は気が利くわね。」
柏木は礼を言って、と共に歩き出した。
「何でも神奈川に行かれていたとか。どうでしたか?」
「どうって・・・・そうねぇ、面白い人に会ったわ。」
花道を思い出してはくすくすと笑った。
「それは何よりで。」
柏木も笑い返して、書斎の扉を開いた。
父が顔を上げる。
「はい、お父様。お茶よ。」
テーブルにトレイを置いて、は父を好戦的に睨みつけた。
「が持ってくるとは・・・また悪巧みか?」
「あら、心外だわ。私、悪巧みなんてしたこと無いわよ。」
苦笑して、はそれより、と続ける。
「食品産商の純利益が昨年に引き続き20%落ち込んでいると聞いていますわ。」
「・・・それがどうかしたのか。」
「一年。そう・・・一年で純利益を元に戻す。それが出来たら高校から好きにさせて頂きたいの。」
決算は3月。それまでに利益を上げてやる。
「10-12月の財務諸表で20%上げた結果を差し上げるわ。」
「それが出来なかったら・・・」
「えぇ、婚約でも何でもしてやるわよ。」
父は少し考えた後、良いだろうと頷いた。
「やってやるわよ。」
部屋を出ると、柏木がはらはらとした表情でを見ていた。
「本気ですか、お嬢様。」
「本気よ。柏木、貴方も少し手伝いなさい。貴方、一応私付きの執事でしょう?」
柏木は少し言葉に詰まった後、頷いた。
「微力ながら、力添えさせて頂きます。」
はにっこりと微笑んだ。
それからのは必死だった。
初めて自由を勝ち取ろうと行動に移したのだから、徹底的にやってやろう。と、学校が終わればすぐに会社へと向かい、休みは全て仕事に宛てた。
だが、たまに神奈川のあの喫茶店には通っていた。
からんからん、と金がなる。
中に入るとマスターが笑顔で出迎えた。
「いらっしゃい」
マスターは何度か話す中で知ったのだが、少し前まである会社のCEO(最高経営責任者)をしていたらしい。
金や欲にまみれた世界が嫌になってここでひっそりと喫茶店を開いたのだと。
実際、は彼によく助言を求めていた。
「此処よ。問題は輸送費ね。最近燃料が値上がりして、ここが結構お金かかるのよ。」
「マーケティング・商品企画の方は上手くいってるみたいだね。」
は頷いた。
今までこの会社には金を掛けていなかった為、宣伝等していなかった。
しかしCMは金が掛かるため、ネット上でCMを展開し始めたのだ。
映像だけプロに頼み、顔の良い友人と、自分で作ったピアノとヴァイオリンの曲でCMを作ったため、それほど金はかけていない。
また、高齢者だけではなく、若年層もターゲット加え、パーティーで宣伝して回った。娘さんに是非、と。
自分の舌をパスしたものだ。リピーターが出ない筈が無い、と学校でも幾つか宣伝用に配った。少しチートな気もするが、今は手段を選んではいられない。
「ちゃんの武器は顔の広さと視野の広さ。あとアグレッシブさ。」
「・・・・・・まぁ、うちの学校は人脈は無駄に広がるし、パーティーにも結構出てたからそれが役に立ってるわね。いつも柏木に同席させていたから、対外的には柏木を立てることで、舐められないようにはしてるし。」
言ってもは中学生。
そんな彼女が突然現れて、あれこれ交渉を行ったとしても舐められるのが落ちだ。
そこで、は柏木を活用していた。
はパソコンに現れる数字を見つめた。
「お父様は保守的な経営をなさっていたけれど、私は違う。」
Enterキーを押すと演算が始まる。
「私が口出すことに、大半が良い顔はしないけれど、結果で黙らせるわ。」
演算結果を満足げに眺めた。
パーセンテージは前年比124%。
「お、。来てたのか。」
声を掛けられて振り向くと、花道の姿があった。
「えぇ。息抜きにね。」
「・・・パソコン開いて息抜きも何も無さそうだけどな。」
花道はパソコンを覗き込んでうげぇ、と嫌そうな顔をした。
負けず嫌い
2013.5.5 加筆修正