Dreaming

パズル #1



それは一瞬の出来事だった。
訓練中、ジャンの放ったアンカーが壊れて、バランスを崩した所に飛び込んだのはさんで、誰もがジャンの近くに彼女が居て良かったってほっとしたところだった。
ナイフを木の幹に突き立てて、ジャンを抱えたままぶら下がったさんはいきなりジャンをコタローさんに向かって放り投げるとそのまま落っこちて。
いや、あれくらいの高さなら、彼女なら大丈夫なはずなんだけど、何故か着地も出来ずに地面に叩き付けられて。

数名の悲鳴が聞こえて俺がはっと気付いた時には、もうさんはコタローさんに抱えられて医務室へ向かっている所だった。


とは言っても、頑丈すぎるさんのことだ。すぐにけろっと出てくるだろう、と、訓練再開の声を呼びかける上官の声に従って俺はアンカーを噴射した。

そう、何も無いと思ったんだ。いつだって、さんは強くて、細っこいのに凄く頼りになって、いつまでたっても追いつけない人だったから。


「あれ、君も兵隊さん?若いのに大変だねー。」


だから、医務室に向かった時投げかけられた第一声に何の冗談かと思ったんだ。


「え?」
「ん?」


思わず声を漏らすと、さんは首を傾げて俺を見てくる。


「あー、この子も私の友達?」


さんは隣に立っているコタローさんに質問していて、俺はぎぎ、とさび付いた音が鳴りそうなほどゆっくりとコタローさんを見た。


「主。記憶喪失。」
「き、き、記憶喪失・・!?」


勢い良くさんに視線を戻して近づく。


「え、そんな怪我酷いのかよ!横にならなくても大丈夫なのか!?」
「あ、ちょ、ちょっと、君、落ち着いてよ。」


さんが俺の事をキミと呼ぶ。それに凄く違和感を感じた。まるで出会った当初のようだ。


「エレン、落ち着け。」


ぐい、とさんの肩をつかみかけた手をコタローさんが掴んで引き剥がす。
そこでようやく不思議そうに見上げるさんと目が合った。


「あー、いや、なんか懐かしいね。お兄ちゃんにもたまに貧血で倒れた時、そんな心配のされ方されたなぁ。」


笑いながらさんは立ち上がって俺の頭をなでた。


「うん。心配してくれてありがとう。でもこの通り体は大丈夫なんだよね。」
「全く、3メートルから落ちたっていうからどんな大怪我かと思えばぴんぴんしてるんだから、信じられませんよ!」


がらり、とドアを開けて入ってきた医療班の人がそうぶつぶつ言いながらカルテに何かを書き込み始める。


「入院は必要なし。記憶障害については明日から対応を考えましょう。明日の午後3時にここにいらしてください。良いですね?」
「はーい。」


診察カードを手渡されながら返事をするさんの声。そしてそれに重なるように、こちらへやってくる足音。
足音から苛立ちを感じさせるなんて器用な真似を出来る人物を俺は1人しか知らない。十中八九兵長だ。絶対兵長だ。

足音はドアの前で一瞬止まると蹴破るようにして足でドアを開けた兵長が入ってきた。

びっくりしたのか、さんは目を瞬かせて兵長を見ている。
兵長はじろり、と一同を見回した後さんに視線を向けるとつかつかと彼女に近づいていった。


「オイ、訓練中に怪我したらしいな。何やってんだお前。」
「えぇっと、お兄さん、失礼ですがどちら様で―――もがっ」
「兵長!さん記憶喪失なんです!許してやってください!」


俺は慌ててさんの口を塞ぐと、事情を説明しようとする。


「・・・記憶喪失?」
「は、はいっ・・っつ!!」


兵長は俺を蹴り飛ばすとさんに詰め寄った。


「えぇっと・・・ね、ねぇ、小太郎・・この人すっごい怒ってんだけど、何?」


じりじりと兵長から逃げようとするが、兵長は乱暴にさんの腕をねじり上げると壁に叩き付けた。


「いった・・!」
「思い出せ。今すぐに。」


さんの瞳が動揺しているのか揺らぐ。そりゃそうだ。記憶も無いのにいきなり詰め寄られて思い出せって。


「リヴァイ、落ち着け。」


いつの間にエルヴィン団長は此処に来たのだろうか。
その声に兵長の腕が一瞬緩んだのか、さんは兵長を投げ飛ばした。
けど、伊達に2人とも喧嘩するたびに手を出し合ってない。慣れているのか、膝を着きながらも着地した兵長はじろりとさんを睨み付けた。
団長の隣には医療班の人がいる。
慌てて団長を呼びに行ったのだろうか。どっちにしろ助かった。
頼みの綱のコタローさんもどうして良いか分からずにおろおろしてるだけだったから。
って俺もか。


「リア、記憶喪失、だったな。私はこの調査兵団の団長、エルヴィン・スミスだ。」


そう言って手を差し出すと、さんはおずおずとその手に手を重ねた。


「部下がいきなり悪かったな。混乱していることだろう、先に部屋に戻りたまえ。エレン、案内してもらえるか。」


いきなり自分の名前が呼ばれて俺は慌てて立ち上がった。


「はい!」
「リヴァイ、コタローはこのまま私の部屋まで来てくれ。」


そう言って医務室を出て行った団長に続いてコタローさんはさんをちらりと見た後に出て行って、兵長は、舌打ちをして立ち上がると、じっとさんを睨み付けた。
やはりさんでもあの兵長の睨みは怖いのか、う、と唸って俺の背中に隠れる。
って、そんなことしたら火に油なんだって!

予想通り更に鋭くなった兵長の視線に俺も肩を震わせるが、再度団長から声がかけられて、渋々兵長も部屋から出て行った。

ようやく背後で、ほ、と息を吐き出す気配がする。


「あの、さん。兵長も根は悪い人じゃないっていうか、今回はさんを心配しすぎてああなっちゃったっていうか・・」
「兵長ってあの目つきの悪い人?」
「あ、うん。」


当然ながらさんの兵長の印象は最悪らしい。


「出来れば、もう会いたく無いんだけど・・・」
「あー・・・」


当然の感想だが、そうなったらそうなったで兵長の機嫌は低下層行き。被害は俺含め周りの人たちが被ることになるだろう。
つか、もう既に機嫌悪いか。


「そ、それより部屋に案内するよ。」
「ん、ありがと。・・・えっと、ごめん、名前聞いて良い?」


ばつが悪そうに言う辺り、さんも記憶が無いことを申し訳なく思ってるんだろう。
そりゃ、名前を今更聞かれるのは辛いものがあるけど、そんなこと思ったって仕方ない。


「エレン・イェーガー。エレンで良いよ。」
「エレン・・エレン・・・ふーん。あ、私、エレンのこと何て呼んでた?」
「・・・怒ってる時はエレンで、普段はエレン君だった、かな。どっちでも良いぜ。」


歩き出すと、大人しくさんは俺の後ろをついてくる。


「私、エレン君とはどこで会ったの?」
「俺が初めてさんとコタローさんに会ったのは5,6年くらい前、だな。」


当時を思い出すのは、そんなに難しくない。それだけ2人の存在は当時の俺にとって新鮮だったからだ。






















エルヴィンは分かりにくいが確実に動揺しているリヴァイの肩に手を置いた。
事情は呼びに来た医療班の人間から聞いている。そして自分の目で見て確認は取れている。
は真実、記憶をなくしている、と。


「コタロー、はいつからの記憶が無くなってるんだ?」
「この世界に来る、直前。」


リヴァイのことが分からないという時点で予想はしていたが、その答えにため息をつく。


「いくらか説明は?」
「この世界の概要。くらい。」


小太郎は気まずそうにリヴァイを見る。


「この世界の概要だけ聞いた所にいきなりエレンとリヴァイがやってきてリヴァイに訳も分からず詰め寄られた・・・ということか。リヴァイ、嫌われたな。」


医務室に入った時の状況を思い返して、苦笑しながら言うと、リヴァイからは舌打ちが返ってきた。
しかし、笑い事ではない。彼女は今や重要な調査兵団の戦力だ。
彼女であれば身体が覚えているだろうから、戦力としてはなんとかなりそうだが、そのままでは困る。いづれは思い出して貰わないと。


(人類最強の精神衛生上も、な。)


とは言っても、今日の明日でリヴァイとを引き合わせるのは不味いだろう。
最低2日はおいて置きたいところだ。のリヴァイに対する不信感は確認しなくても分かる。


「リヴァイ。2日はへの接触は避けてくれ。コタローはの傍に。唯一覚えているのが君だけだから仕方が無い。いいな、リヴァイ。」


真っ先に異論を唱えるのを見越してそう言うと、リヴァイは分かりやすく機嫌を悪くし、壁を蹴りつけた。


「・・・持論だが・・」
「”痛みで躾け”ようにも、本人に記憶が無いんだ。辛抱してくれ、リヴァイ。」
に近い人間が近くに居た方が記憶は戻りやすいだろうが。」
「それについては明日、医療班も交えて検討する。」


悉く突っぱねられて、二の句が告げられなくなったリヴァイは観念したのかエルヴィンから小太郎に視線を移した。


「?」


何故自分に視線が向くのか理解できない小太郎は首を傾げてリヴァイを見下ろす。


「いいか、俺達がどんな関係だったのか、どれだけ俺がアイツを気にかけてやってきたのか、この今日明日でよく言い聞かせとけ。」
「・・・・(できるかな)」


疑問に思いながらもこくこくと頷いた小太郎を確認して、ようやくリヴァイはエルヴィンの部屋を出た。
の記憶が戻るまでリヴァイの周囲は騒がしくなりそうだ、と面白そうに笑ったエルヴィンに小太郎が反応する。


「やはり、言い聞かせるの、無理か?」
「ん?いや・・・・あぁ、いや、違わないな。」


どっちだ、と小太郎が眉を寄せる。


「あの様子だとリヴァイの機嫌は暫く良くならないからな。周囲の事を考えたら大変そうだ、と思ったら、不謹慎だが・・・」


最後に笑いを噛み殺す。


「とりあえず、彼女のことを頼む。」


最後に肩を二回軽く叩いてエルヴィンは部屋を出て行った。


>>

2013.11.07 執筆